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2019年03月11日

治療を自分の意思で中止、死亡しても担当医師は法的責任が問われるのか?

新聞・TVメディアで、腎臓病患者の四十代女性が人工透析治療をやめた後に死亡していた、医師が透析継続と中止の選択肢を示したところ、女性は中止を選択し、死に至った。これを行政が病院に立ち入り検査を実施し、日本透析医学会は、調査委員会を立ち上げたと云う。

自分の意思で、治療、投薬、延命を拒否出来ないのか?
古稀を超え70代になると、このようなニュースに敏感になる。
今週、4か月に一度の前立腺がんマーカー検査を受けた。
値は10年間ずっと高値安定、値としてはかなり濃いグレーンゾーンなのだが、変化がないのでそれ以上の検査を拒否している、自分から進んでガンを探しに行く必要はない。

理想的なのは、ガンと解った時点で手の施しようのないステージ4。
以降は、積極的な治療はせずに緩和治療のみとし、残された日々を自分らしく生きる、最後は3週間のホスピスで逝く、決して自宅で亡くなるなど自己満足で、家族に迷惑をかけたくない。

しかし、問題は担当医が患者の私の意見・考えを尊重してほっておいてくれるかだろう。
60代前半の頃このPSA検査を最初に受けた時点でかなり許容値をオーバーしており、痛い生検を何度も受けた
経験があります。いずれもがん細胞は検出されなかつた。
この時、私はドクターにもし見つかっても治療はしません、前立腺がんの進行は遅いのでほっておきます。
ドクターは「もしがん細胞が検出された時は、転移の確認検査だけはやらせてもらいます。」
「治療するしない、その時に判断してください。」
「骨への転移は、相当の痛みが伴いますから、大変ですよ」と10年来のドクターに驚かされました。

今回の透析中止のケースは?
医師も患者も透析を中止すると死に至ることは理解していたでしょう。
では何が問題なのですか?
医師の自殺への補助でも、本人の自死でもないのに。

新聞の解説によると

透析学会の提言では、透析を中止もしくは始めないことを検討できるのは、患者がガンなどを合併していて、全身状態が極めて悪いか、透析によってかえって患者の生命を損なう危険性がある場合に限られる。
見合わせるかを決めるには、患者本人や家族の意思決定が適切に行われることが前提で、医師単独ではなく、医療チームが患者や家族と話し合うように提言は求めている。


そうか、今回の行政の立ち入り検査はそのようなものだったのか!
でも、自分の寿命は自分で決めたい。
60代の頃は、そんなことを考えもしなかったが、70代にはいると、真面目に考えるようになる。

カミサンは医療関係者だったのに、或いはそのせいか、全く検査というものをしない。
胃カメラも、大腸カメラも、胸部レントゲンも、ましてや脳MRIも全くしない。
身体に何の問題もなく、自覚症状もないのに、自分から悪いものを探しに行く必要はない、と云うのが持論である。
どう考えても、私が先に逝くのは99%確実なので、それはそれで良いのだろう。

今日は、夕方からファミリードクターの医院で一年に一度の定期健康検査
胸部レントゲン、腹部超音波検査、血液検査があり、昼抜きです。
特別、自分で病気を探しに行かなくても良いのですが。
それでも、出来るだけ早い時期に発見して、周辺整理をゆっくりやって逝きたいから。
posted by 西沢 at 08:27| Comment(0) | TrackBack(0) | シニアライフ
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