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2018年08月27日

退職後、定年後の旅行計画、タイミングと行先

退職後にしたいこと事の一番に誰もがあげるのが、旅行です。特に海外旅行
会社員時代、長く休めるのは、お正月・ゴールデンウイーク・お盆休みです。しかし、責任のある地位にいたり、 休暇が連続して取れなかったり、航空券・ホテル・パックツァーは一週間違っただけで、倍近い値段もしたりして、 退職したら、時間はたっぷりあるし、退職直後の一年間くらい、好きな所に、好きなだけ、好きな時に行けると ほとんどの人はそう考えます。

しかし、現実は・・・

団体主催旅行いわゆるパックツァーは皆が休める時期は人数が集まり催行されるのですが、退職者が狙う、一番安い 料金設定の時期は、最低催行人数に達せず、中止になるケースが多いのが現実です。
退職したら何時で行ける・・と思うのは退職直後の数年です。
退職後の年金収入しかない生活が続く数年後になると、退職直後の一人数十万の海外旅行がとても大金に感じられて きます。
勿論、ゆとりある老後設計している人には織り込み済みですから、問題はないのですが・・・
そして、お金の問題の次に来るのが、健康・体力問題です。
自分の頭の中には、退職直後の体力とか好奇心がそのまま継続していますが、齢をとるにつれて、一般の人でしたら 100%減衰していきます。その代表例が現在の私なのですが。

今、行きたいと思う国は多少無理しても行って置かないと後悔します。
myn02.jpg先週のテレ東の「未来世紀ジパング」はアジア最後のフロンティアと云われるミャンマーでした。定年後のロングステイを考え始めた時から、候補地の条件的な問題は有りますが、仏教世界遺産の 国ミャンマーで のんびり・グータラに過せたら良いなー、と考えていました。
東南アジアの仏教国で ありながら、インドと国境を接しているため微かに南アジアの香りを残す、魅力的な国。そのミャンマー観光がノービザになるって!! 未来世紀ジパングでの報道でした。
初めて、ミャンマーを訪れたのは1995年、ミャンマーがまだ軍事政権で、入国時に悪名高い強制両替があり、 中国やキューバと同じ外国人用の二重貨幣制度が残っていた、文字どおり、半鎖国状態の秘境の国でした。
当然ながらビザは必要ですし、観光ビザの発給条件も独特なものがありました。
それは2008年に起きた日本人ジャーナリスト殺害事件に端を発しています。
この方は、日本のミャンマー大使館 発給の観光ビザで入国し取材活動をしました。
この事件以降、職業証明書つまりジャーナリトではない、と云う証明や現地保証人の欄がうるさくなっています。
普通に日本発の団体観光旅行でしたら、主催する代理店が全て一緒にビザ申請をしてくれますから問題 ないのですが、退職リタイヤして、暇は十分にあるが金がない私たちは、自分手配のチケットで入国し ミャンマー内は、現地の旅行社を使って節約しているのですから、ビザ申請も当然ながら自分でしてきました。
そのミャンマーが日本人に対して、観光ビザを免除・・なんて変れば変わるものです。

myn01.jpg私たちは、昔の日本が鎖国から開国し、江戸から明治に移っていった時代・世相を見つめていた 西洋人と同じように、独裁軍事政権下・アウンサースー・チーさんの自宅軟禁時代・改革開放の始まりを 20年近くづっと見続けて来ています。
でも、もうミャンマーには行きません。
理由の一つは、昔あれだけ親切・丁寧だった現地旅行会社のほとんどは、観光関連の営業をやめ、進出して くる外資のコンサルタントに変身してしまいました。
そして、ホテルの値段の高騰、10年前20ドルだった国営ホテルは200ドルです。
観光旅行者よりも、ヤンゴンにやってくる外資の社員を相手にしていたほうが、効率良いのです。ヤンゴンでは外食に苦労していましたが、今や和食レストランや、ファストフードがどんどんでき来ている そうです。
そしてTV画面でびっくりしたのが、工場労働者の賃金の高さです。
稀なケースだと思うのですが、日系企業の現地縫製トレーナーの給与が700ドルと云うのです。
番組では日本のHISが現地に旅行代理店を開設していました。
もう、秘境でもなんでもありません。
ミャンマーの国民が豊かになっていくのは、喜ばしいことですが、古稀を迎えた私たち夫婦がこの国を 旅することはもうないでしょう。
これまで何回か行ったミャンマー旅行については、本サイトの仏教世界遺産の国 わが愛するミャンマーに 詳しく書いています。但し ミヤンマーの旅は2012年に行ったガイドブックにないミャンマーの旅 カレン州・パアンとモン州・モーラミャインが最後ですので、改革開放が進む2018 年現在とは、航空券・ホテル・レストラン情報もかなり違っていますのでご注意下さい。
http://www.tt.em-net.ne.jp/~soy7686/myanma.html

■ 今、行っておくべき国はラオスです
経済・人材のグローバリゼーションが進む世界で、もはや秘境と呼ばれる国はほとんど見当たりません。 昔は、ブータンが「ヒマラヤの奇跡・秘境」「幸福度世界一の小国」と呼ばれていましたが、 国王制の廃止以来、もうその面影はありません。押し寄せるグローバル化の波、世界中を駆け巡る ネット情報、インド・中国と云うアジアの大国の挟まれた小国は、否が応にも多様性文化、資本を受け入れないと やっていけないのです。

今、行っておくべき国「ラオス人民民主共和国」
数年前、ワシントンポスト紙による今行くべき世界の観光地にも選ばれています。
さらに、ワンダーレスト・トラベル・マガジン誌では古都ルアンパバーンの街を2006〜2008年まで3年連続で世界中で のトップ人気の街と紹介しています。
ラオスはインドシナ半島の内陸国で、アジア周辺国からの直行便がほとんどない航空事情と、社会主義国と云う 政治情勢で、インドシナ半島のなかでは、もっとも観光客の少ない国です。
それ故に、仏教徒の日本人が求めるものが沢山残っています。
早く行かないとミャンマーやブータンのように、観光業者やアメリカ資本が溢れた何処にでもあるような 観光地となってしまうでしょう。
もしか、するともうなっているかも知れません。
私たちが最後にラオスを訪れたのは2009年です。それ以降行っていません。理由は・・・
首都ビエンチャンに中国系のコンビニが出来たからです。
ビエンチャンの市民の財布とは全く関係ない値段の品々が冷房の効いた店内に溢れてきました。これを見て もう、ラオス詣出は止めようと決めました。
ラオスについては、本サイトの アジアで一番敬虔な仏教国 ラオスの旅に書いています。
http://www.tt.em-net.ne.jp/~soy7686/laos.html

これまで同じような経験をしてきています。
ケ小平の改革・開放が始まる前の中国へは、シルクロードを中心に何度も行きました。 そして、或る光景を目にしてから、もう中国を卒業しようと思いました。
1993年でした。中国が市場経済政策を取り入れた一年後。まだ兌換紙幣時代です。敦煌からの帰りに 西安に泊まりました。西安は昔の唐の都長安です。昔の長安のシンボル大雁塔が見渡せる大通りに 何と、「赤い灯・青い灯」のネオンの大看板が出現していたのです。
もう、中国は卒業と、あれ以来一度も行ってませんし、興味も有りません。 行くべきタイミングは各々の事情がありますが、今、行きたい時が、ベストタイミングでしよう。
posted by 西沢 at 08:15| Comment(0) | TrackBack(0) | シニアライフ
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