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2018年08月08日

安楽死について、定年後シニアの掲示板で語られています。

退職後年金シニアの掲示板は、15年前作成当時は、団塊世代のリタイヤ時期と重なり当時のトレンド「海外ロングステイ」関連の情報が主流でしたが、団塊世代が古稀を迎えるようになると、体力・気力・好奇心が減少し、老いて自分を客観的に見つめ直す、投稿が目立ちます。
http://wwweb.sakura.ne.jp/bbs/yybbs.cgi
昨日の投稿では、初めて「安楽死」・「尊厳死」に関する投稿がありました。
直ぐに、この投稿に対するレスとして、安楽死が認められているアメリカ・カリフォルニア州にお住まい、日本人の方から投稿が寄せられています。

anrakusi.jpg何時かは、この「安楽死」・「尊厳死」について、この掲示板で論議される日がくることは予想されていました。日本人男性平均寿命が80.98歳となったと云っても、健康寿命72.14歳ですから、団塊世代私たちは、何かの不調を感じながら生活しており、何時かは誰かの、世話になり、本人が望まなくても家族、社会に迷惑?、負担をかけながら生きて行かねばならないことを、今から憂いているのです。勝手に自分の都合での「安楽死」・「尊厳死」は許されないもの、避難されるものと解っています。

そこで登場するのは、脚本家橋田寿賀子さんです。
昨年の著書『安楽死で死なせて下さい』にあれだけの反響があったというのは、とりもなおさず、高齢になった時の「死に方」について色々と考えている日本人が多いということがわかりました。
私には、家族も心を残した人もいませんから、寝たきりになったり、重度の認知症になったりして、人に迷惑をかけてまで生きていきたくない。ただ単純にそれだけです。
自分の死について考え始めたのは、88歳ぐらいからです。それまでは、自分が死ぬなんて思わないで、一生懸命仕事をしていました。
だけど、そのぐらいの年齢になると、自分の体がしぼんできちゃうんですよ。それを見て「ああ、もうすぐ私も死ぬんだな」と実感しました。
そうなるまではせめて元気でいたいと思って、週に3回、1時間ずつトレーニングしたり、お医者様に通ったりしています。
その代わり、「もういよいよだめだ」というときに、「お願いです。もう精いっぱい生きたんです。死なせてください」と言ったら「はい、いいよ」と楽に死なせてくれる仕組みがあるといいな、と。それが、私の考える「安楽死」です

しかし、日本ではどんなにご本人がそのような状態で、「安楽死」・「尊厳死」を望んでも認められません。医師の良心とか、宗教上の問題とかではなく、殺人罪として訴追されるのは、日本の法律で解っているからです。
その後、橋田さんこう語っています。
「無駄な延命はやめてください。お葬式はいりません。しのぶ会もやめてください。マスコミにはだまっててください」と書いていますから。
みんなにもそう頼んでいます。
現実問題として、日本で安楽死は難しそうだから、今は専門の在宅医にお願いして、安楽死に近い尊厳死をさせていただきたいと思っています。
熱海にもそういう方がいらっしゃるんです。その方に「ご飯が食べられなくなったら、すり身にして食べさせたりさせないでください。
もちろん胃ろうなんてやめてください」とお願いしたい。「ご飯を食べないで、老衰で死ぬ」のが一番いいなと思っているんですけど。
安楽死はもうあきらめました。


年、私は実兄の死に立ち会いました。
ステージ4の末期がんを宣告されて、8か月後にホスピスで逝きました。
ガンの治療はせず、動けるうちは、自分らしい生活を自宅アパートで、兄弟と行政と訪問介護の支援を受けて暮らし、最後の2週間はキリスト教系の終末ホスピスに入院し、痛みの緩和ケアと、自分の口から入る栄養分だけで生き最後の3日間は意識はありませんでした。

現実的には、橋田寿賀子さんが望む逝き方でした。
兄がもっと積極的な治療を望んでいたのか、どうかは知りません。
何もかたらず、何も残さずに死んでいきました。
72才でした。

私もこのような逝き方を望ん、カミサンに伝えています。
posted by 西沢 at 07:42| Comment(0) | TrackBack(0) | シニアライフ
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