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2026年01月28日

米の値段と葉の治療費 近づくインフレの足音

セイユーの米売り場に米が戻ってきている

新米2キロパックが店先に戻ってきた
コメ不足の話題でテレビ報道では盛んに、スーパーに並ぶお米の映像が流れていた。
私の住む鎌倉・大船には、大きなスーパーは「ヨーカドー」「ライフ」やら中小のスーパーは数多くあるが、一番の老舗、商店街の中心にあるのは「西友」です。
1973年に「西友大船店」として開業しています。
社名や経営形態が何度も変わっていますが、場所はそのままの場所に残っています。
私に思い出深い場所の一つなのです。
南米から帰国し、専門学校卒後、ブエノスの帰る予定がカミさんとの結婚で変更し、日本にとどまることになり就職した会社で、最初にやった仕事が、この大型スーパーの「電力省エネ企画計画と工事担当」だったのです。今から45年前のことです。
早期退職後、移り住んだ鎌倉市ですが、引っ越ししてきた当初、あの初めて担当した現場が、毎日、買い物にきている「あの時の西友」とは気が付きませんでした。
仕事の内容は「デマンドコントロール」でした。

デマンドコントロールとは、
工場やビルなどで電力の最大需要量(デマンド値)を監視・管理し、ピーク時の電力使用を抑える仕組みで、電気料金の基本料金を削減し、契約電力の効率的な運用を目指すものです。
30分間の平均電力(デマンド値)が設定した目標値を超えそうになると、警報を発したり空調・照明などの機器の出力を自動・手動で調整し、電力のピークカット・シフトを行うことで電気代の節約や省エネを実現します。


就職した会社が、日本の大型ビルオートメーションの先駆的会社の工事部門でした。
日本に唯一狭い分野の独占的企業で、私は早期退職するまで都内の超大型ビル建設を担当(都庁・六本木ヒルズ等・・)の現場を担当していました。
その思い出深い、「セイユー」の米売り場なのに、他店では米不足の時期、高くてもなんとかお米が少しでも並んでいたのに、セイユーのコメ売り場は空っぽでした。
そして、古古米騒動時にも、セイユーにはそれすら並んでいなかったのです。
セイユーは当の昔に西武グループほ離れ米ウォルマート傘下にありましたが、2025年7月、国内トライアルホールディングス(九州地盤のディスカウントストア)
になり、そのあたりから徐々ではありますが、お米が並ぶようになりました。

それにしても食料品物価の値上がりにカミさんは苦労してる

我が家のお米は2キロの袋
高齢のシニア退職夫婦の一ヶ月に食べるお米の量は多寡が知れていますが、しかし、それでも一ヶ月に2kでは足りません。
5Kは車を持たない私達にとって重すぎます。
2キロに拘るりのは、もしその2キロのお米で不味かったら、残りを捨てるのは日本人とし出来先ず、最後まで食べなくてはならないので、貧乏年金シニア夫婦ながら、お米は美味しいものを食べたいとの、カミさんの主張でこうなっていま77歳・74歳の老夫婦の一ヶ月の食費予算は、早期退職し鎌倉に越してきて以来22年、一ヶ月6万円でやってきました。
我が家の家計簿を振り返ると、40年前、横浜の新築マンションに引っ越してきたと時も一ヶ月の食費も6万円でした。

なんと、日本経済は我が家の食費を見る限りこの40年間、さしたる値上げがなかったのか、或いは40年前の現役当時からその後リタイヤ後の今、こと食費・食事内容が変わってきたのか?
確かに、現役当時は、今から思うと圧倒的に「外食」「出前」が多かった・・・時短の意味でも多かった。
もう、何年も旅先とは違って、地元鎌倉・横浜で二人で外食したことはありません。
カミさんは週一程度、お友だち鎌倉婦人と会食していますが、その費用は二人の食費からではなく、カミさんの自身の一ヶ月3万円のお小遣いから出ているようです。
私も、週一程度、カミさんのお使いで「セイユー」で買い出しをしますが、我が家の二人の食費6万円、一日にすると,2,000円では、とても収まりません。
そこで昨年の中頃から、我が家の食費を、40年ぶりに6万から7万に引き上げました。
他の外国からみれば、ひと家族の一ヶ月の食費予算を40年も同一で維持して来られたのは、奇跡なのかもしれませんが・・・日本の失われた30年のおかげ、そして
タイミングとして、団塊世代は子育て、住宅ローン返済を終え、終末期の人生に向かって、ゆっくりと歩んでいるせいかもしれません。

医療費も値上げなのかな

年末に失った前歯がようやく入りました。
写真は私の実映像ではなく、ネットのなかにあったものを拝借していますが、奇しくも私の失った箇所と全く同じ部分です。
40年以上のお付き合いの馴染みの歯医者さんと、打ち合わせの結果何とか、見た目もよく復活しました。
当初、私の欠けた前歯の両側もかなり傷んでおり、ブリッジでは負担がかかるのので・・・どうしましよう。との話し合いでしたが、無事にはいりました。
手法は良く聞いていなかったのですが、メインは接着剤だといいますが・・その割には何か両隣の歯に対して、ハンマーのような大工事の音、響きがしていました。
そして、ドクターからここ一週間は、前歯に負担がかかる食べ物、「骨付きケンタッキー」のがぶり食いなど、絶対に禁止と云われました。
構造的によく解らないのですが・・・ともかく、みっともない、年がら年中、マスク姿の前歯の欠けたみすぼらしいオジサンからは開放されました。

さてその費用はいくらほどか。
初診を含めて、四回の費用は・・は一割負担で前後の受診・再診療を含めて11,000円ほどかかりました。
自分の一ヶ月のお小遣い1/3程度の楽勝ですかこれが3割負担や、保険適用外だつたらと思うと、ゾッとします。
しかし、後から周囲のシニアに聞くと、かんり多くの老人シニアはこんな場合、インプラントにするひとが増えているそうです。
最近はインプラントの費用も下降気味と聞いていますが・・・それでも前歯一本の相場は総額30万円程度と聞いていますので、日本の保険医療様々と感謝しています。
後は何年保つかですが・・・少なくとも「病室での刻み食」は御免被りたい。

年金リタイヤシニアの一番の恐怖はインフレ


私はこのブログのなかで、昔、過ごした南米アルゼンチンのハイパーインフレについて、書いています。
実際にた滞在していた時はややインフレ気味でしたが、そんなに極度のインフレではありませんでした。
ただ、覚えているのは、友人が町の電気屋さんで新しくテレビを買う時に、日本なら当たり前の割賦販売という制度がなく、全て現金だけと知ったことでした。
経済の不安定な国では、当たり前こと、自国の通貨は信用出来ないということです。
よくある、嘘のような本当の話
アルゼンチンでは、年金支給日の朝早くから銀行の前に長蛇の列が発生する、全て年金が頼りのシニアです。
なんで、そんなに早くから並ぶのかと云うと、インフレが激しく、もらった年金を一刻も早く「物」にしておかないと、同じ金額で買えなくなるから。
ある兄弟、兄はしっかりもので毎月の月給から金額を貯金して貯めていた。
弟は飲兵衛で、全く貯金せずにビールを飲んでいた。
その国は経済政策の失敗でハイパーインフレになり兄の銀行預金は一時閉鎖され、解除後も価値は1/10になった。
弟は飲兵衛で貯金なし、しかし、飲んでいたビールの空き缶が貯まっており、売った所、兄の貯金の10倍になった。
これは、寓話、説話であるでしょうが、ハイパーインフレの国では本当に起きる話で、私は、退職後、頻繁に旅したミャンマーでは実際にクレジットカードは使えず大きな買い物は全て、現金か外貨USドルだけでした。
こうやって、海外のインフレ事情を知っている私達夫婦は、老後資金計画を立てる時、一番心配していたのが、インフレでした。、前にも書きましたが、比較的海外のインフレ状況を知っている私たちは、リタイヤ後のインフレ率を年2%と想定した計画を作りました。

大もとドルの国アメリカの経済・インフレ率は


退職後の老後資金蓄時の想定インフレ率の根拠は、日銀ではなく、長くお付き合いのあった、生保の対外向け資金運用率が2%だったからです。
運用りプロが見据えている日本経済の膨張・伸び率を2%とていると判断しました。
しかし、このプロの判断はこと、日本国内では間違っていました。
そう「日本の失われた30年」だったのです。
その時、私が早期退職した2003年からのアメリカでは、日本の保険会社のプロが推察したとうりのほぼ2~3%の成長とそれに伴う物価の推移できており、ここコロナ禍以降はかなりの物価高となってきています。
この曲線の伸びは、少なからず日本の物価に反映してくるのは、目に見えていますが、ではどうしたら良いのか。
私達、団塊リタイヤ世代はどうしたら良いのか?
素人の私達、ある程度の老後資金を持つ私達は・・・焦ってはいけない、敢えて増やそうと思わず、残された年数を考えて、守りにはいるしかない、後残された日数、ほぼ10年と、残されたカミさんの分を考えると、積極的に出てはいれないでしょう。

本当のインフレの怖さを知っている日本人は減っていく

ソビエト崩壊直後のモスクワのハイパーインフレーションをこの目でみています。
世界のハイパーインフレは、ドイツ(戦後)、日本(戦後)、ジンバブエ、ベネズエラなどで発生し、政府の極端な財政赤字や通貨の乱発が主な原因で、物価が毎月50%以上も急上昇し、通貨価値が暴落する現象です。
過去には戦後の混乱期、近年では経済政策の失敗や政治的混乱が背景にあり、現在もベネズエラで深刻なハイパーインフレが続いています。

ジンバブエ: 2000年代後半、経済政策の失敗と通貨供給の急増により、2008年には1000万%を超えるハイパーインフレを記録し、通貨発行停止に至りではなくました。
ベネズエラ: 2000年代以降、経済崩壊により世界最悪レベルのハイパーインフレが続き、数百万%から1000万%(2019年予測)に達するなど、深刻な状態が10年近く続いています。
アルゼンチンで経験したのは、若い頃の滞在中ではなく、5年おきぐらいで友人を訪ねていった時に経験しています。行く度にアルゼンチンペソのデザインが変わっており、ついには古いお札の印刷コストにお札の価値が追いつかず、旧札にスタンプの判子の時代もあり、
随分外国人観光客が古いペソ札を掴まされていた時期がありました。

私の記憶に残っているのはソビエト連邦が崩壊して、ロシアとなった時期のモスクワのキエフ駅の裏にある市場の風景です。
大勢のモスクワに住む年金生活者お年寄り女性が、手に手に洋服や、靴のまでを持っている姿でした。1998年、ペレストロイカ後、若干落ち着いたロシアを日ソ旅行社のパックで旅しました。
モスクワのホテルは当時の最高級のウクライナホテル。
一階のバーには、着飾ったロシア美人が大勢たむろし、ボーイは男一人旅の私の部屋に入れ替わり何度も現れ、お誘いしてき、断るとチップを要求してきました。
ホテルを出ると、ある年老いた女性が完璧な英語で、100ドルを呉れと詰め寄ってきます。

「貴方に、外国人にとって100ドルはされほどの金額ではないだろうが、今の私にとって、100ドルは人生を大きく変える金額だ、恵んでくれではなく、西側から観光にこれる豊かな青年は、この国の年寄を助ける義務がある」と、とうとうと演説するのです。
可哀想ですが、あとから来る西側観光客の迷惑になるので、無視して遠ざかりました。
もしかすると、私の老後も日本政府のミスで、こんな風になる可能性もゼロでないとおもったりしました。

新聞広告紙面は、今年の海外旅行のお誘い満載


2026年のお正月も開け、新聞紙上に多くの海外旅行の案内広告で溢れています。
旅行代金をみていると、私達夫婦が旅した30年前とさほど変わらぬ料金設定の旅先もありますが、多くは私達の旅の経験からしたら倍近い料金のツァーが目立ちます。

今年65歳の定年を迎えて、夫婦二人でスペイン旅行10日間を予定している御夫婦のお話を聞いたことがあります。予算は二人で100万円と云います。
私たちの予算感覚の倍以上です。
先ずは航空機の実際の値段は格安航空会社の登場でさほど値上がりしていませんが、燃油サーチャージの部分やら、ホテル代の高騰、ドル高円安、そしてEU国内、バルセロナにしても、以前はほぼフリーで訪れた、サグラダ・ファミリアは事前ネット予約の上、入場料(ガイド付き):40ユーロもかかるようです。
海外旅行卒業まで毎年、年に二三回滞在していた、ハワイ・ワイキキに至っては、円安・ドル高で夫婦と子供二人で最短の三泊5日程度でもツァー料金だけで80~100万、
滞在費を考えるとひと家族四人でトータル100万円はオーバーするでしょう。

つくづく、老後の生活費、生き方は本人の自覚や、ポリシーよりも日本・世界の情勢によって大きく変化するものだと、最近、つくづく感じています。
 
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posted by 西沢 at 07:00| Comment(0) | TrackBack(0) | シニアライフ
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