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2025年04月18日

退職後の住まい、クラスメートの住まいは?


故郷の中学校のクラス会名簿住所録をみていて、関東首都圏周辺に住む同級生の住所に多いのが「○○台」という表示が多く目立ちました。
私の住む鎌倉でも至る所にその「○○台」ばかりです。
「○○台」とは・・・
「○○台」のいう住まいは、起源は大阪府の泉北ニュータウンなどの住宅地で、千里ニュータウンにならって名付けられたものが最初のようです。
泉北ニュータウンは大阪府が開発した住宅地で、千里ニュータウンにならって「〇〇台」で統一されました。
ニュータウンとは、新築住宅を建てるために新しく開発して宅地造成・分譲しているエリアで、いわゆる「新興住宅地」です。
国土交通省の定義によると、ニュータウンの定義は「過密化対策として郊外に建設された新しい市街地」となっています。
地名の由来は、その土地の地形や、特産物、生息する動植物、幕府や藩の行政機関、神社や城といった建物、住んでいた人々の職業身分、出来事などいろいろなことに由来していることが一般的です。
大規模住宅地開発の歴史には、都市部の住宅不足の解消や高度経済成長期の人口増加への対応など、さまざまな要因が絡んでいます。
第二次世界大戦後の深刻な住宅不足を解消するため、公共団体によるRC造りの集合住宅が数多く建設されました。
日本住宅公団(現UR都市機構)が手がける公団住宅(団地)も登場しました。

高度経済成長期の人口増加への対応
1950年代の高度経済成長期、都市部への通勤がしやすく土地代が安い郊外に住む人を増やすべく、ニュータウン構想が開始されました。
千里ニュータウンは、1962年〜70年の8年間で一挙に開発・入居が進められました。

都市近郊の住宅地開発
大都市への人口集中に対応するべく、郊外住宅団地(ニュータウン)が急速に建設されました。
武蔵野鉄道沿線でも、昭和初期にかけて練馬区大泉学園都市の宅地開発が行われました。
つまり、今回団塊世代の古希を記念してのクラス会に出席している同級生は、この日本経済の急速な発展と共に歩んできているのです。

今回のクラス会に参加したメンバーの住まいは
東京周辺に住む、中学の同級生数名のお住まいは、千葉県・埼玉県・茨城県・東京三多摩地区のいずれも、40〜50年前に大手デベロッパーが開発した大型の戸建ていわゆる「閑静な住宅街」に住んでいるのです。
いずれも自宅から職場まで片道1時間30分程度の距離といえるでしょう。
団塊世代が家を持つようになる年齢・・・は、私の場合、大規模駅前開発の高層住宅を購入したのが35歳でした。
同じクラスの東京首都圏に住む、高学歴・高収入団塊世代はもうすこし早かったかも知れません。
一般的に〇〇台という住宅地が開発されていったのは昭和40年代で、私達団塊世代がこれら、地域にはいっていった頃にはすでに完成度が高かったと思われます。

今の〇〇台はどうなっているのか?

鎌倉周辺だけでも〇〇台と名の「閑静な住宅地」はすぐに5つや6つ、名前を上げることが出来ます。
これらの住宅地を購入された方は、私達団塊世代よりも若干上の現在80代前半から半ばの方々が多いです。
現在、お子さんたちと同居している世帯は格段に少ないです。
その一番の理由は、都内、横浜への通勤の不便さです。
湘南の海が見え、富士山も見える住宅地は、大規模工事で丘や森を削って造られた場所にあります。
自宅は広く駐車場もありますが、最寄りの駅、江ノ電・モノレール・JR駅まで、開発した当初は路線バスもあったのですが、子供たちが大きくなり、利用者が減っていくうちに本数は減り続け現在は失くなってるのがほとんどです。

購入した一家の大黒柱の通勤は、奥様が駅まで朝夕、車で送迎していましたが、退職後は「私は家族の専用運転手ではない」と拒否する家庭がほとんどとなりました。
やむを得ず出かける時は、山を降りた先の月極駐車場を借りてそこに駐車しているそうです。
毎日のお買い物も近くに歩いていけるお店はなく、大型スーパーは大船地区或いは、藤沢駅前に行かないとないありません。
特に、退職して後期高齢者となる大きな病院にいく機会も増えます。
買い物・医療機関・銀行・役所などなど、子供おり、夫が現役の時には気づかなかった不便さを実感していると云います。

逗子市の有名な桜並木の名所「逗子・鎌倉ハイランド」に行ってみました
この地の開発は、西武グループによって1970年に開発がスタートしました。
今から55年も前です。
その当時に植えられた桜の並木は20数年前には桜のアーチとなり、分譲開始から50年、「かながわのまちなみ100選」にも選ばれましたが、今や桜の木は老木化して見る影もありません。
住宅街は道路も整備されて綺麗ですが、車がないとどうにも動きがとれない場所になっています。
住宅街のメイン道路では、鎌倉と逗子を循環するバス便は生きていますが、本数は年々減っており平日1時間に2本、土日は一本に減っています。
買い物はこの開発住宅地は西武グループが建設した手前、現在でも「セイユー」は健在です。

〇〇台は環境に恵まれた閑静な高級住宅地といわれているが・・・

閑静な住宅地?・・確かに「閑」とは
閑かさと静かさの違いは何ですか?
「閑か」は「閑」という字に「門」が使われているように、「門を閉じて作り上げたような」しずかさを意味しており、「ひっそりしている」というような意味を持ちます。
「静か」は「落ち着いている」「あらそいがなく、安らか」「動かない」
「音がしない」などの意味があり、その通り、ほとんどの〇〇台は「閑静」の場所のようです。
しかし、子供たちはみんなこの親の家・場所から出ていきます。
そして、定年退職した親夫婦この地を去る人が増えて行ってます。

この逗子ハイランドに限って話ではなく、鎌倉の〇〇台と名の付く閑静な住宅地に共通した問題なのです。
閑静・・・朝起きた時リビングのカーテンを明けて目に入る風景は、少し離れたお隣の家や駐車場というのが、日本の閑静な住宅の地典型です。
自宅の土地面積が小さい日本の開発、分譲住宅地では欧米のような、中庭・裏庭がなく、お隣との境界も小さいので、プライバシーの面でかなり劣り、退職後余りある時間は
自宅内で過ごすか、ほんの少しのお隣との空間にやすらぎの場を求めるしかない状況なのてす。
それでもマンションよりもマシと思っているかもしれませんが。

老後の住まい 理想とはとgoogleに聞いてみた
老後の理想の住まいは、無理のない住居費で維持でき、バリアフリー仕様で、災害に強いなど、生活スタイルや希望に合った条件を満たしていることが大切ですと云います。
条件
・住居費が無理のない範囲であること
・交通の便や周辺環境が整っていること
・災害に強いこと
・広すぎず狭すぎないこと
・段差が少ないバリアフリー仕様であること
・断熱性が高くヒートショックが防げること
・生活スタイルに合わせてリフォームできること
・適度なご近所付き合いがあり防犯性が高いこと
・高齢者への自治体の支援が手厚いこと
住まいのタイプ
・平屋は階段がないため、足腰への負担が軽減し、転倒や転落のリスクも減らせます
・コンパクトマンションは、2人世帯や一人暮らし向けの広さで設計されており、
 価格が安い傾向にある。
住む場所
・気候や交通の便、周辺の医療機関や商業施設の充実度などを考慮することも大切。
・都市部に住むと生活の利便性が高いですが、物件価格や家賃が高いのがデメリット。
現実的には
・あまり閑静な住宅地にこだわらない
・すべての日常生活に不便でないところ
・公共交通、買い物、医療機関、大型ショピングモール、役所、公園
・適度な周りとの人付き合い

今回の中学のクラス会に集まってきた元仲間・・同じ77歳シニアリタイヤ

googleマップで見る限りはも皆さん、「閑静な住宅街」にお住まいのようです。
実際にある地方に住んでいる同級生の〇〇台とい場所は一度バスで通ったことがあります。
その地方都市の郊外にある博物館に行くときに目にしており、今回クラス会名簿住所録で発見したのです。
地方都市の郊外のバスルートの定番は「病院」と「イオン」なのです。目的に博物館に行くバスに乗ったとき、「〇〇台入口」というバス停の記憶がありました。
今回それを思い出しました。中学時代の優等生、進学校から東京の六大学に進み、超一流企業に就職した彼の住まいは、ここだったのか。
そして、今回初めて同席した女生徒の住まいもわかりました。
なんと、渋谷区の駅チカ商店街と解っていましたが、御本人からお聞きしました。
上京して結婚したお相手は渋谷の商店街の「米屋」の長男、今は米屋はやめて、ビルを建て不動産業の様子でした。
この時期、あの辺りの渋谷のビル持ちの固定資産税は大変なんだろうな。
我が家のような駅チカの中低層共同住宅でさえ、〇〇台の戸建ての何倍もするのたから。

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posted by 西沢 at 07:00| Comment(0) | TrackBack(0) | シニアライフ
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