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2024年05月17日

外出の用事は一日一件に、家でラジオ体操第三まで

■ 後期高齢者となったこと
■ これまでの、NPOボラを卒業したこと
■ 体力・筋力の衰えを自覚し始めたこと
■ 右ひざが不調気味であること

後期高齢者二年目になり、これらがいち時にやってきて、次第に外出が億劫になってきました。

歩かなくていけないと云う強迫観念

たいした用事でもないのに、外に、半強制的に歩いて出かけ、筋力の衰えをカバーしなくていけない、という脅迫観念が湧いてきます。
それと云うのも、次第に町中で、近所の昔のNP0ボラや、スポーツ・趣味のクラブの友人・知人をみかけることもなくなり、無理して歩いているようなお年寄りの姿をみかけます。
歩く一歩の幅は小さく、よちよち歩き、体は前傾のつんのめり歩き、を見て、いつか自分もあんな老人になるのではという恐怖。
ともかく、原則として一日一回は自宅の桃源郷のような自宅の書斎から、多少お天気は悪くても、外出し、最低4,000歩、3km、それは絶対条件。
本当はスマホの設定は7,000歩なのですが、自宅からターミナル駅を超えて、商店街をすこし多めに歩き、スーパーでお昼を買って自宅に戻るとこんなもんなのです。

要件は一日一件とする

この日、駅向こうのスーパーの先にかかりつけの眼科医院があり、5月の「視野検査」の定期検診の予約を取らなくていけないのですが、あえていきませんでした。
そもそも、昨年までは年に二度の眼科検診の予約は、電話で済ませていたのですが、今年からわさわざ、外出する用事を造って医院の受け付けまで行くことにしています。
一日一件の用事、外出しなくてはいけない、用事を作らないと、居心地の良い桃源郷の自分部屋に居座ることになっていまうのです。

思い出すのは、全東京都知事「石原慎太郎」の晩年の姿です。
80代半ば頃だったでしょうか、自宅から出で息子長男の伸晃氏にかかえられて、車に乗り込む姿をみて、あの反中若手タカ派「青嵐会」をリードした石原慎太郎の足元は一人で立っていられないのてす。お顔にはまだ反骨の意気がいくらか感じられましたが、ひとりで歩けない、哀れな老人になっていました。
この姿をみて、歩けなくなったら、人の手を借りての生活は絶対に避けなくてはならない。と思うようになり、足腰の筋肉を鍛えなくてはと思うようになりました。
一回の外出で用件はひとつ、また明日やればいい用件は明日にする。
明日、たったひとつ、銀行に行くだけの用件だけでいい。まっすぐ行って返ってくると4,000歩にも満たないことがあるかもしれないが、自分の足で歩くこと。
別に長生きをしたいのてなく、自分の足で用をたせないような老後にしたくない、だけ。

一番良い外出は、自宅に帰ってきての処理・宿題があるような用事
今までは、特にそんなことを意識しなくても、必要にかられての外出でした、サポート団体との打ち合わせとか・・
あれだけ多くあったWebサポートの団体は今は2団体だけです。
外出してから自宅に戻ってすることは。映像の処理と、ブログ掲載記事の準備です。
今の76歳の日々のワークは、日課となっているwebサイト関連です。

先週の外出はご近所のお寺の庭の花がテーマ

カミさんのお友達から電話がいつも、春にたけのこの季節の早朝、このお寺「龍峰寺」さんの境内竹林のなかで早摘みされたちょうどよい大きさの「筍」の数本、本堂の階段下に並べにれます。
ご近所の皆様へと云うわけで、このお寺さんのご近所のカミさんお友達「鎌倉婦人」は季節になると見に行って、「今なら何本残っているわよ」とスマホに電話が入り、私も何度かいただきに行ったことがある、近くのお寺さんです。
「筍」の季節が過ぎて、今回のラインの連絡は、「お寺のお庭、今が見頃よ」というものでした。

このお寺は、小田原北条氏系の玉縄北条氏の菩提寺

鎌倉市の現在は大きく二つに分かれており、旧鎌倉幕府のあった地域と、後に小田原北条氏が収めた頃、交通の要所としての相模の国鎌倉に分かれています。
私が住む地域は名は北条氏ですが、後の世の小田原北条氏の出先の砦的お城があったところで、秀吉の小田原攻めのさい、徳川方が陣を敷き,降伏を求めた地です。
私の家の裏手の高台がその城趾で、現在大手進学中高一貫校と、キリスト系女子校となっています。以下と近所、近くなのですが、旧鎌倉時代のお寺と違ってあまり有名ではありませんが、地元のお寺ですから、拝観料は必要ありませんし、お寺境内は広く、一年中お花で溢れている、散歩コースの帰りにトイレにお借りして、境内にある幼稚園の子供の姿を見ながら休憩しています。

それでも外出したくない時はラジオ体操第三まで



毎日女性だけのスポーツクラブ「カーブス」に通っているカミさんからは、スクワットを勧められていましたが、せいぜい10回で辛くてやめていました。
その頃から、雨で外出したくない時は、自宅内リビングで、外の公園の緑をみながらネット上のラジオ体操を二人でやっていました。
ラジオ体操は現役時代、建設業界の現場施工管理の監督業でしたから、否がおうでもやってましたから、普通のホワイトカラーサラリーマンよりは抵抗なく出来ます。

和室が苦手な体系・体質に
それをやってきていても、日常生活が椅子に座ってばかり、おまけに10年前に、鼠径ヘルニアの手術をしてからというものの、極端にかがむ動作が苦手となりました。
テレビ路線バスの旅で、蛭子さんが旅館の和室が苦手というのは良くわかります。
そしてまだまだ一回り若い「出川哲朗」が先日、カーリングに挑戦した時やはり氷のレーンに屈むことが出来ませんでした。
お腹がてでいるのと、足腰の筋力不足でストーンを投げる姿勢が出来ないのでした。
これは「ヤバい」。出川よりひと回り上だけど、今カミさんからこれでは思いやられる。するとカミさんは、おともだちから聞いたと「ラジオ体操第三」を持ち出しました。
初めて聞くラジオ体操第三、ともかくテンポが早くてついていけません。
もうYouTubeの画面どおりでなくても良いから、最後までカミさんの後ろ姿に食いついています。

果たして、後5年、自分の足で旅しているだろうか

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posted by 西沢 at 07:00| Comment(0) | TrackBack(0) | シニアライフ
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