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2024年04月11日

円安ジャパン 海外イメージバージョンUPしなくては

3月26日NY外為市場で円は続落となった。
ドル・円は151円13銭から151円54銭まで上昇し、日中の円最安値を更新。
この値段は銀行間為替取引の値段であって、私達個人が海外に行く場合の、キャッシュ両替の値段ではありません。
今週、市中銀行窓口で円をドルに両替すると相場は1USDは154.40円、そして帰国して余ったドルを日本円にすると時は1ドルは148.40円となります。
つまり、両替手数料は片道3円、行って来いで6円かかります。

同じ日の他国通貨キャッシュは
オーストラリアドル  買い 108.17 売り 89.17
タイバーツ      買い   4.64 売り  3.68
韓国ウォン(100)   買い  12.74  売り  9.74
台湾ドル       買い   4.73 売り  不明


ポスポートを更新せず、海外旅行を卒業したのは、退職後10年、65才、2,013年の時でした。
この年、春3月のドル銀行間は86.88で窓口感覚では90円弱と記憶しています。
円ドル相場史上最高値は この二年前の2011 年 10 月に記録した 75 円 32 銭でした。
私夫婦が早期退職した時、2003年のドルキャシュは122円程度でした。



団塊世代の退職時ドルが一番安い時期だった
私達は一般的な団塊世代よりも5年早くリタイヤ生活にはいりましたが、一般的な団塊世代の当時の退職年齢は60才、つまり2007〜2009年年当時、或いは定年後5年在職しても2013年、戦後最も円高・ドル安の時に退職し、海外に行きやすくなっていた時代だったのです。

世間で、退職後の海外ロングステイブームとなり、メデイアでも多く取り上げられており、ハワイでは、バケーションホテルタイムシェアが日本人に飛ぶように売れていた時代で私達と同世代の方々の多くも、購入している姿を見ました。
年に一週間から10日間、ヒルトンなどの豪華なホテル2LDKに宿泊出来るサービス、しかも、不動産価値扱いで転売も可能、投資物件にも、そして時代は超円高ドル安時代ハワイに飽きたら転売も出来るという条件でした。
しかし、不動産扱いですから、税金もそして管理費もかかるのですが、それよりも一一般日本人庶民が一年に一度か二度、憧れのハワイにロングステイ出来る「夢」の強さのほうがその辺の細かい計算よりも勝りました。

この当時、一番集客力のあった旅行会社があの「テルミークラブ」でした。
2003年、55才で退職した私達夫婦は、当初のロングステイ予定地の「沖縄石垣島」「オーストラリアゴールドコースト」「タイ、バンコク・チェンマイ」と下見・調査をしてたどり着いた先が、「インドネシア・バリ島」と「ハワイ・ワイキキ」でした。

私達は観光がメイン目的ではなく、住みやすい・暮らしやすい場所探しですから、特段の豪華さは必要なく、安全・親しみやすいスタッフのパジェットホテルを求めていました。
ワイキキではメインの西にある元日系アパートを改装してホテル「アンバサダーホテル」がテルミー扱いで「7泊9日 成田・ホノルルフライト・ワイキキまでの送迎込」で最初の2003年当時89,000円でした。私達夫婦の総予算は7連泊して、自宅・成田空港往復電車代までいれて楽勝25万円で収まっていました。当時燃油サーチャージはなかったかもしれませんが、その当時感覚ではハワイ7日間、滞在費コミコミ、1ドル100円の世界、で二人で最大30万以内がまかり通っていました。
これが、私達二人の定年後の海外ミドル・リピートステイのベース基準価格となっていました。
アメリカ・ホノルルで出来るのだから、アジアのチェンマイ、ベトナム、ラオス、ましてやミュンマーやカンボジアなら尚更出来るのが当たり前という感覚を持って旅してきました。
それが、狂いだしたのは、2013年頃、徐々に対ドル相場は上昇し、燃油サーチャージの登場、テルミークラブのホームページに私達が利用していたホテルの名前が消え、ハワイの世界のリゾート地のパックを扱いはじめ、急に豪華な旅行パンフが届くようになり、これまでの経験から、「怪しい」「ヤバそう」と手をひくことにしました。
この時点で私のパスポートの更新が半年後でしたが、パスポートを持っていると、ついつい出かけてくなる自分を知っていますので、カミサンと相談して二人とも更新をやめて、65才以降は、国内旅行に専念することにしました。
あの年から、メディアの外国為替数字が全く気にかかることがなくなりました。


先月の、ほぼ同世代の「池上彰」の番組では
「インドの人はカレーを手で食べる」「ケニアと言えばキリンとライオン」「テキサスと言えばカウボーイ」…
アナタのイメージはもう古い!、池上解説で最新にアップデートSPをやっていました。
私達団塊世代の常識、「タイの物価は日本の半分くらい」は完全に古い・・・
確かに、もう何十年もタイ・バンコク・チェンマイに行ってませんが、最後にタイに行ったのは、チェンマイもバンコクも水浸しの年2011年10月のことです。

1980年代から何度もタイ・バンコクを経由する旅をしていますので、当時、外国通貨の予備としてタイバーツを持っていたことがありタイバーツ3円という固定観念がありました。
二人でタイを旅していても、ランチは二人で150バーツあれば十分という感覚・常識を持っていました。
しかし、池上解説では大違い、1バーツ4.5円だって、私の知っている頃の1.5倍
バンコク市内至る所に巨大・綺麗なショッピングセンターが立ち並び、館内には日本と見間違うような、ファストフード店、日本食レストランが立ち並び、日本ま地方都市からくれば即、東京みたいな場所となっている。

バンコクのホワイトカラーの平均な月収は42,000バーツ16万6000円という
ちなみにタイ全国平均は27,300バーツ、11万2000円だって、確かに日本の雪が見たいと東北・北海道にくるタイの観光客の多さを実感する。
私達の知っているタイと大違いなのだ。


同じことは他の国でも同じこと
「ケニア」と聞くとアフリカのサバンナ、キリマンジャロと動物、マサイ族を連想し、熱い、汚い町中、やや治安が悪い・・・
でもそれは、昭和のおじさんたちの持つイメージ、ナイロビは高層ビルが立ち並び、買い物は全て銀行を通さないキャッシュレス、マサイ族は一家に二台のスマートフォンを持っているという、そう所謂社会資本が遅れていた国は、IT化で戦前の日本からいきなり令和の時代にショートカット・スリップした状態になっているという。
日本の低迷した経済の30年の間に世界はどんどんと変化しているという。

映像のなかで、成田空港で出張にいく男性の大きな荷物の話題になった
この40台の男性は、これからアメリカ西海岸に三週間の予定で古着の買付にいくという。
大きな荷物のなかは、買い付けた古着を入れて運ぶ大きな布袋だが、その中には、3週間分の日本のインスタント、レトルト食品が山ほどは入っていた。
彼は「ご存知ですか、LAで昼ランチでラーメン屋さんに入り、座って食べると、日本円で5,000円はするんですよ、チップ・州税こみで」
昔はアメリカの買付で、美味しいステーキが食べれたけど、今や日本からの持ち込みでないと、赤字になるし、買付したものも、出来るだけ自分で機内に持ち込むと云います。
うーん、昔の南米からの出稼ぎ日系人を思い出すエピソードてした。

退職して20年も経つ団塊シニアおじさんは、やはり少しづづ世間との関わりが少なくなると、ついていけないほどのギャプを感じるようになるのでしょうか
特に、子供も孫もいない、夫婦二人だけの生活では日に日に、そんな思いが強くなってきています。


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posted by 西沢 at 07:00| Comment(0) | TrackBack(0) | シニアライフ
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