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2024年04月01日

路線バス乗り継ぎの度、12年前の蛭子さん 今どうしてる


東京首都圏では毎週BSテレ東では昔懐かしい「ローカル路線バス乗り継ぎの旅」の再再放送をやっています。
太川・蛭子の異色コンビにちょつとピークを過ぎた女優がマドンナと参加する旅バラエティです。2007年からスタートして2017年まで全25回、なかには台湾までの特別企画もありました。

終了後第2シリーズとして別のコンビ芥川作家の羽田圭介と俳優の田中要次という異色のコンビにマドンナという形で「ローカル路線バス乗り継ぎの旅Z」として再スタートし。22弾までいって負け越して終了。

そして現在シリーズ第三段、
柳の下のドジョウとして2023年、新たに女性メンバーのみによる新シリーズ『ローカル路線バス乗り継ぎの旅W』がスタートしました。
旅をするのはの3人の女性!元アナウンサーの赤江珠緒・三船美佳コンビニにゲストとして「ももクロの高城れに」の三人。
第二弾のゲストは「たけのうちほのか」だった。
しかし評判・視聴率は悪く、第三弾は現在未定のよう。
現在、「ローカル路線バス乗り継ぎの旅」シリーズは、BSテレ東で太川・蛭子コンビの旅は毎週火曜日、二時間番組として再々再放送、三度目を放送中です。

私がこの再々放送番組が好きで、見続けている理由は
17年前の何度も見て、結末を知っているのに関わらず・・・
蛭子さんが同じ団塊世代であること、そして旅先バスルートがこれまで、私達夫婦が乗ったことのあるバスであったり、泊まったことのあるローカルの地であることが共感を呼び、自分たちの旅した思い出をトレースてきることです。

この番組がは始まった2007年、蛭子さんは同い年の59才、でした。
番組当初は、バス路線がない所はタクシー利用ができましたが、回を追うごとに条件が厳しくなり、タクシー利用はできなくなり、歩いてバス停をつなぐ距離は徐々に増えていき、20弾2015年の旅ではルートして北海道の映画「鉄道員」のロケ地「幾寅」で最終バスを乗り継ぐために20キロを歩くようになっていました、この時蛭子さんは68才です。
私も、同じ頃、この「鉄道員」のロケ地「幾寅」を目指したことがありました。
普通なら富良野から根室本線で行けていたのですが、土砂災害で不通、で手前の「東鹿越」からJRバスが運行していたの乗車した思い出があります。

先週のBSテレ東の再々放送は四国一周

2011年で、ゲストは「えんくみ」遠藤久美子でした。蛭子さんは64才でした。
一日目の徳島から室戸岬へはバスが繋がらず、16km歩くハメになっていました。
不通の散歩程度のスピートで歩くと、4kmは1時間ですが、64才の蛭子さんは、太川陽介のスピードに何とか食らいついて3時間で歩いて、夜遅く何とか室戸岬にたどり着き、その日のうちに「安芸」にたどり着いています。
今回の再々放送をみながら、自分が64才の時、16km歩けていられたかを思い出してしいました。
これまで、私達二人旅で一日に歩いた最高距離は3万歩を経験しています。
京都の旅であくまでもスマホの歩数計ですが、私の一歩は0.77mてすから、23km歩いたことになります。
バス・地下鉄を乗り継いで、市内のいろいろなお寺を回った時です。
2011年の時ですから、私は63才のとき、ちょうど蛭子さんが四国の16kmを歩いた時と同じ時期です。団塊世代の60代前半は、このくらい距離は歩けるのだ。
しかし、後期高齢者70代半ばとなると、先ず歩けないでしょう。

このテレ東の人気番組「路線バス乗り継ぎの旅」第一シリーズが終わったのは2017年
テレ東の最高視聴率を稼いだ人気番組が終わった要因の1つが、蛭子さんの高齢化でした。
そうでなくても、出来るだけ歩きたくない番組ですが、回を追うごとにルートは難しくなり、毎回の歩きは番組として必要であったのでしょうか、終了する2017年、蛭子さんはこの年「古希」70才を迎えていたのです。
この2017年の同い年、団塊世代の私は、既にパスポートを更新せず、海外旅行を卒業していました。
自分の旅記録を見るとこの年は
1月  青森ストーブ列車
3月  尾道、倉敷
5月  長野 桜
6月  鬼怒川温泉旅行
7月  京都祇園祭
8月  松本、安曇野
10月 大糸線の旅
11月 三陸鉄道の旅 宮古
12月 伊豆伊東 温泉旅行
・・・と鉄道とバスの旅が多く、唯一しっかりと歩いたのは、京都祇園祭の時だけでした。
京都の春・秋のシーズンやお祭りの時期の京都市内は大渋滞が続き、歩いたほうが早いのです。
定宿の三条・河原町のホテルに泊まっていると、清水寺までバスでいくよりも、ぶらぶらと歩いたほうが早いのです。
街なかをゆっくり歩いて3km、40分程度ですから、京都滞在はいつも歩く距離は増えます。

あれから、7年、蛭子さんも私も後期高齢者二年目76才

右膝に不安をかかえて、サポータが必要となってきて、歩けるけど長い階段、坂は遠慮したい年齢です。
蛭子さんは、「路線バス乗り継ぎの旅」を降りた大きな原因は、もう歩きたくない、歩けないと、番組内でいいだしていました。
そしてそれ以上の危惧が「認知症」の疑い、兆候が見られるとの診断でした。
蛭子さんは2014年夏(67)で軽度認知障害と診断された蛭子さん。
病気は徐々に進行し、2020年(73)、認知症と医師に告げられています。
認知症の有病率は年齢とともに急峻に高まることが知られています。
現在、65歳以上の約16%が認知症であると推計されていますが、80歳代の後半であれば男性の35%、女性の44%、95歳を過ぎると男性の51%、女性の84%が認知症であることが明らかにされています。
発病の原因のひとつが、奥様の突然死でないかとの思われています。
2001年、前妻の貴美子さんが肺高血圧症でなくなりました51歳でした。蛭子さんはその時54才でした。
そして67才で19才年下の現奥様と再婚しています。
ここで蛭子さんは語っています。

今の妻は僕の中でとても大きな存在です。前の妻が亡くなったときにあんなに悲しんでいたのに薄情なと思う人もいるかもしれません。でも、前の妻との結婚生活が素晴らしかったからこそ、「もう一度結婚したい」と思うようになったんです。死んだ妻もきっと同意してくれると思い、アクティブに再婚相手を探しました。再婚して、とてつもない孤独から立ち直ることができました。「孤独を打ち破ることができるのは、自分自身の力だけなんだ」ということを身をもって体感しました。


現在、私が関わっている「認知症グループホーム」では18人の方々をお世話しています。
このうち、男性はお二人、普通に接しているとこの方が認知症であることは、やや高齢者お年寄りにありがちな、同じことの繰り返し程度と思われますが、施設長によると、記憶力の低下、物忘れ頻度上昇、自分の部屋が分からくなったり、やはり家族は一人暮らしは危険と判断し、このようなグループホームでお世話するようになるようです。

蛭子能収さんとマネージャー森永さん 認知症と共に生きる2人の関係性

2020年、番組内で認知症(レビー⼩体型認知症とアルツハイマー型認知症の合併症)であることを公表した蛭子能収さん。
現在も少しずつ症状が進行していますが、本人の希望から、漫画連載や絵の仕事などを続けています。
そんな蛭子さんを支えるのは、19年間マネージャーを担当している森永真志さんです。
休日も一緒に過ごすほど仲が良く、今も漫才コンビのような関係だと報じられています。

最近の蛭子さんの様子はあまり伝わってきていません。
テレ東の旅番組、そて再放送を見るたびに、地方から上京してきた長年東京首都圏で暮らす、団塊世代の男性の現況を思い起こしています。

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posted by 西沢 at 07:00| Comment(0) | TrackBack(0) | シニアライフ
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