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2024年02月06日

デザート世代という言葉を聞くと思い出すこと

フォクーソング歌手のイルカ は私と同じ60歳以上の方を、
人生の“デザート世代”と呼んでいます。


若い頃に頑張って、ある程度蓄えも時間もあって、一番いいデザートをもらえる世代。
その中には音楽とともに歩んできた人生があると思うので、日曜朝のラジオ番組『イルカのミュージックハーモニー』で当時の音楽にときめいてもらい、その気持ちを元気に変えてもらえたらと、語っています。

昔、ヨルダンを旅した時、ガイドがこれから「デザートロード」に入りますに云うと、一緒のツアーの女性が、「どんな道なんでしょう、甘いお菓子の道って」という言葉に笑ってしまいました。「砂漠」のdesertと「美味しい食後お菓子デザート」はdessert。ともに発音は似ていますが、スペルは「s」の数が違うだけで全く違う意味になってしまいます。

2月、イルカの名歌「なごり雪」の季節になりました。
関東南部、比較的温暖な気候に恵まれたこの地でも、一冬に一二度雪が舞いますが、今年の冬はまだ一度もありません。
この2月になると昔、青春時代住んでいた上野・池之端に住んでいた頃を思い出します。

上野駅は、東京のターミナル駅「東京」「新宿」と違って東北・北信越から上京してきた人間にとって、故郷と繋がる、第二の故郷のような場所なのです。
その地、でカミさんと一緒にアパートに住むようになって、散歩の範囲の上野公園、不忍池周辺を歩く度に、この唄を口ずさんでいました。
あれから50年になり、風呂に入る時、読む本がない時、ウォークマンで昔、流行った懐かしくのフォークメロデーを聞く機会が増えました。
昔の唄を懐かしがるのは、歳をとってきた証拠とカミさんは云います。
ウオークマンのフォルダーには私の好きな曲を入れています。

タイトルフォルダー「あの時代・あの音楽」
・旅の宿 吉田拓郎
・岬めぐり 山本コータロー
・木綿のハンカチーフ 太田裕美
・青春時代 森田公一
・東京ララバイ 中原理恵
・異邦人 久保田早紀
・あずさ2号 狩人
 等など・・・ 私たちの青春時代を思い起こす唄を風呂のなかで聞いています。

このなかで、青春時代の甘い思い出とは少し違った曲が含まれています。
それは、東京ララバイ、都会的な唄です。



この唄を聞く度に、夜景に浮かぶ東京タワーの姿が目に浮かんできます。
時は不動産バブルの真っ只中、私は赤坂・六本木界隈の最先端開発ビル群現場にいました。
仕事は途切れることなく、幾つも現場を掛け持ちで夜遅くまて都会のど真ん中で働いていました。
仕事が一段落して、職人さんグループが帰った後、現場のビルからは東京タワーがよく見えました。
この頃、法律で残業時間の制約があったものの、全くお構いなし、ただただ、現場の竣工に間に合わせることだけの毎日でした。
久しぶりに、横浜に買ったマンションに帰ろうと路上にでると、一万円札を手にしてタクシーを拾う人々でいっぱいでした。
帰るのをあきらめ、ポケベルで家で待つカミさんに、今日も帰れない、新橋まで歩いて、カプセルに泊まるとつげた日々を思い出しています。

そして、いつも最後に聞く曲が「あずさ二号」です。

当時、会社の事務所は新宿・甲州街道にあり、新宿駅を使っていました。
すでに結婚ししていましたので、この唄のような、男女の別れの経験がないのですが、中央線のホームをみる度にいつも思い出していました。


舞台の八ヶ岳には、関連会社の別荘があり、一時期よく利用ました。
東京から八ヶ岳に車でいく時、当時ユーミンのヒット曲「右手には掲競馬、左手にビール工場」の中央ハイウェーを度に、都会で働く自分を誇らしげに思っていたことを思いだしています。
ある夏の日、別荘を予約していたのですが、カミさんが、休みにきているのに、別荘での食事造りや、後片付けが嫌なので、たまには敷地内にあるプリンスに泊まりたいというので、泊まることにしました。

泊まった二日目、ホテルに当時総理大臣になったばかりの「海部俊樹総理大臣家族」がバカンスで同じホテルになり、大勢の政府関係者やSPが、同じ棟の二部屋先となりました。
すると、ホテルスタッフが部屋にやってきて、「海部婦人がご迷惑をおかけします」とホテルのクッキーを持ってきました。
さすが、政治家の奥様と感心したのを覚えています。
時は1989年、バブル前夜のことです。
あの時のプリンス八ヶ岳の二泊のルームチャージは8万円でした。

海部さんは当時58才。私は41才だった。

あれから35年、海部さんは2022年、91才でなくなった。
私は今年76才になろうとしている今、鎌倉の自宅の風呂に浸かり、「あずさ二号」を聴きながら、野辺山の鉄道日本最高地点がカミさんと一緒に撮った写真を、鎌倉の自宅で眺めて、昔の思い出に浸る日々を過ごしている。
とても、海部さんと同じ91才は無理だろう。

きっと最後はあの指名手配逃亡犯が最後を迎えた、総合病院の一室で、過去の思い出に浸りながら・・・或いはそれらを全て忘れてしまってて・・逝くことだろう。
C'est aussi la vie Así es la vida それも人生さ


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posted by 西沢 at 07:00| Comment(0) | TrackBack(0) | シニアライフ
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