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2022年07月13日

週の始まりは何曜日なのか、手帳が月曜日始まりの理由は

令和4年も早くも半年が過ぎ、部屋のカレンダーを捲った時、ふと気がついた。
私の部屋のカレンダーは日曜日始まりなのだが、なぜかもう、必要はないのに、新しい年の為に購入し、手書きで予定を埋めている手帳は月曜日始まりです。
何故か・・・暇ですからネットサーフィンしながら考えてみました。

一週間は何曜日から始まるのか?
目についたのは、日本では「月月火水木金金だったはず」の意見とか
月水地火木土天海冥」と的違いの回答とか
英語では「サンデー、マンデー、チューズデー」と習ったとか楽しい、投稿を拝見しました。

世界のカレンダーは
どちらかをはっきりさせたいと調べていくと、どうやら宗教的要素が強く、カレンダー・月・曜日という概念を持ち込んだ、ヨーロッパ・ユダヤ教、キリスト教文化圏では、神は6日かけて天地を創生し、7日目に安息したとされ、その最初の日を日曜日としたからと云う説が西欧社会では一般的で、明治以降に日本にはいってきた暦から日曜日という概念が。東洋仏教世界にひろがったと云います。

しかし、ユダヤ教では金曜日の夕方から土曜日の夕方までが"シャバド"、西語の"サーバド"、英語の"サタデー"で安息日、日曜日は仕事始まりの曜日とされており、イスラエルでは、週末は金・土、一週間の始まりは日曜日です。
同じ一神教のイスラムの国のカレンダーは土曜日始まりです。

日本の手帳が月曜日始まりの訳は
手帳メーカーの「能率手帳」開発者によると、ウィークリータイプの手帳では日曜日始まりが普通でした。
転機は1990年、週休2日制度の定着です。
土日を休息日にし、旅行や家族との団らん日や、自分の予定をセット記入したいと云うビジネスマンのアンケート結果から一週間の始まりを月曜日にしました。
国際取引の規格「ISO」でも一週間は月曜日始まりとなっています。
現在、月曜日始まりと日曜日始まりの手帳をつくり続けてきており、85%は月曜日始まり、日曜日は15%だそうです。
但し、マンスリータイプは85%が日曜始まり、月曜始まりは15%で、男性はウィークリータイプを女性はマンスリータイプを好む傾向があるようです。
つまり、自分個人のそれも仕事に直結する用途には月曜日始まりのウィクリータイプのもの、その他、一ヶ月、一年間のロングスパンの予定、計画ではマンスリータイプ、日曜日はじまりのカレンダータイプを選んでいるようです。

私の場合は卓上カレンダー、日曜日タイプです。

団塊世代、昭和の時代のモーレツサラリーマンの典型的タイプは日曜日始まりです。

確かに、仕事優先で考えれば月曜日始まりが理にかなっているのでしょうが、前述の「能率手帳」開発者のコメントを見るまで、月曜日始まり・日曜日始まりの違いなんて考えてもみませんでした。
ずっと世界中同じ、違う暦を使うのは、アジア奥地の少数民族か北朝鮮ぐらいだろうと思っていました。

2002年、韓国・日本共同開催のサッカーワールトカップが開催されていた頃、韓国の北、平壌では対抗して「アリラン祭り」を開催しており、辺境の地好きの旅行会社社員と一緒に新潟からウラジオストック経由で平壌のホテルに入りました。
その部屋に飾ってあったカレンダーを覚えています。
月曜日始まりかどうかは忘れましたが、年だけ違うのに気が付きました、当時2002年ですが、恐らく北朝鮮の暦、年号で金日成の生誕か、建国元年からなのか、あるいは遥か昔の高句麗のころからなのか、分かりませんが、西暦とは違う数字ん゛書かれていました。
これは、明治期に来日した西洋人も同じように感じていたことでしょう。
暦と云うものは、その土地に根ざした歴史によって存在しているもので、何も、一年が12月、一週間が7日でなくてはならない必要生はなのでしょう。

世界のカレンダー事情


カレンダーは其の国々の生活に必要な情報が掲載されているケースを多く見かけました。
メキシコにはマヤ暦マヤ文字が現代のカレンダーと並んで書かれているのを目にしました。
何に使うのか聞いてみると、農業に役立つと云ってましたし、イラン、イラクを旅したした時に見たカレンダーは必ず、月の満ち欠けが掲載されていました。
これは、我が家の私の部屋のカレンダー、アジアの貧しい国々を支援する団体が資金援助の為に日本国内向けに作り、援助するアジアの団体にも一緒に届けている大型カレンダーと同じ意味を持ちます。
月の満ち欠けカレンダー
太陽暦ではなく、月の満ち欠けは、今でも農業を行うのに大切な情報なのだからです。
特に農業をやらなくても、月の満ち欠けの情報は、田舎、海、山岳地帯の電気通ってのない場所に暮らすには必須なのです。
若いバックパッカーで南米を旅していた頃、現地の若者に教えられました。
今日は満月だから、灯りがなくても歩いて行けると云われて、郊外のお店方向に歩きました。
今まで街で暮らしで、街灯がたよりの生活をして月の灯りの明るさを感じ取れませんいましたが、この時初めて月の明るさを身にしみてかんじました。
そして、昭和時代の流行歌の本当の意味を悟りました。
「月がとっても 青いから遠廻りして 帰ろ、あのすずかけの 並木路は想い出の 小径よ・・・」

人生、夜空の月や、星を見上げる時間が必要なんだ・・・と


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posted by 西沢 at 07:00| Comment(0) | TrackBack(0) | シニアライフ
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