今日は明日の入院・手術についても先週も渡された各種書類・承諾書に目を通し、記入・署名・捺印をしなくては行けません。

その書類の多さとは・・全てA4用紙
●手術・処置・検査に向けた大切なお願い
●前立腺生体検査へ受ける方への3日間の流れ説明 これだけA3
●経会陰式前立腺生検について説明 承諾書
●湘南鎌倉総合病院 手術・侵襲的手技同意書
●麻酔同意書
●麻酔説明書
●入院申込署兼誓約書 身元保証人署名
●入院セット利用申込署
●転倒・転落アセスメントシート
●臓器提供意思表示について
●オンライン資格確認システム同意署
●その他入院案内冊子
湘南鎌倉病院の入院はこれまで6回ありました。
前立腺生体検査は過去に四回、今回で5度目です。
最初は10数年前、そして最後の4回目は2019年てすから、今回は7年ぶりの生体検査です。
昨年2015年の3月には、長年の懸念でした胆石発作の原因の胆嚢摘出手術をやりました。
2015年11年前には、鼠径ヘルニア2箇所の手術もここでやっています。
ですから、家も近いとあって、入院という環境には慣れています。
私は過去に1ヶ月以上の入院生活を3回経験しています。
一回目は病名ははっきり覚えていませんが、中学三年生の時、学校で男子生徒と馬跳び遊びをして落下した時に背中を強く強打したことによる後遺症でした。大したことがないので、町中の接骨院に通っていたのですが、その後経過が悪く、また接骨院の治療不備があったのか、背骨まで達したようで、父親が結核を患い、私が小学校に入る前の年に、市郊外にある国立結核療養所に入院・手術し、治療し、自宅に帰ってきたのは、私が中学一年生の時でした。
この背骨の傷み,腫れに結核性カリエスを心配、疑った両親は、私をこの国立結核療養所に入院させ、結果ここで背骨に達した膿?部分を切除したようで、今でも私の背中には大きな手術痕が残っています。
二度目は二十歳すぎ頃、場所はアルゼンチン
ブエノスアイレスの大型公立病院に一ヶ月入院しました。
当時、アルゼンチンの医療レベルは日本よりもかなり高度に発展していた聞いています。
21世紀の現在でも、南米のその他国々と比べてアルゼンチンの医療レベルは高く、ノーベル医学賞を過去に二名受賞しています。
しかし、国民皆保険制度はなく、各々が保険会社と契約をしたり、移民の国ですから、人種別、出身国別に大病院を経営し、そこの株会員となり保険としています。
多くの日系人は「アレマン・ドイツ病院」の株主会員となり、利用していました。
私は、アルゼンチンにきて2年目の夏、異常な暑さで夏バテし体調を崩した時、その頃付き合っていた友人は、私がまだ何処の病院組織や健康保険会社と契約していない事を知ると、「アルゼンチンは医療先進国、問題ない、全て無料」と云い、郊外の大病院に連れていきました。
ここは、外国人でも全て無料です。
診察も検査も薬も入院も・・・
但し、最新の検査設備はなく、薬も特別な薬は自前となりました。
ドクターは自分で開業医院を経営していても、ある一定時間このような公設の病院で働く義務があったり、医師免許取り立ての新人一定時間働くことを義務付けられています。
私の場合、軽い夏バテ状態でしたが、新人の美人ドクターは、一週間ぐらい休めるのなら、ここに入院して体力回復したらと勧めてくれ、勤め先もちょうど夏のバカンスシーズンに入るので、四週間の休暇を得て、外国の病院に入院体験するのもいいだろうと入院しました
点滴と浣腸だけで一週間過ごし、体調は回復しましたが、ベットが空いてるので、埋まるまでいて良いよと言われ、三週間、公立ホスピタルで過ごしました。
アルゼンチンの入院患者は、色々不満を言って出ていく患者も多くいましたが、私は全く新しい経験として、半分楽しませてもらいました。
三度目の入院生活は三か月90日の入院でした。
1997年夏、私は一人中央アジア・ウズベキスタンを旅して、強烈な下痢を経験しました。ホテルで二晩、熱いお茶で水分対応しその後帰国して一週間、職場復帰。
しかし、駅の階段を登るのに苦労するほど体力は落ち、医者に行くと「夏風邪」と言われました。
自宅のトイレで異変、おしっこが真っ赤なのです、カミさんにちょっと変というと、大便はと聞かれ便の色を見ると真っ白です。
カミさんは直ぐさま、大病院の看護師長を務めている元同僚に電話すると、「今直ぐ、タクシーで私の病院につれてきて、今、直ぐよ。」
どうしたの?と聞くとカミさんは、「間違いなく急性肝炎、対処を間違うと死んじゃうわよ」
結局、夜中に遠く離れた国際病院に担ぎ込まれ、そこから三か月の長期入院となりました。
原因はウズベキスタンの下痢は「A型肝炎」だったのですが、日本で担ぎ込まれた病院の検査で、A型だけでなく、当時、騒がれていた「C型」にも感染していることが判明
感染元は前述の中学三年夏、国立療養所の手術の時の輸血だったのです。
ちょうどこの時、三年間の大型リニューアル現場を担当しており、直ぐに病院の会議室を借りて各職責任者を集め、最低三か月の治療になるから後は宜しくと、治療に専念することにしました。
もうこの頃、早期退職・海外ミドルリピートステイを考えていましたから割り切れました。
後の二回はここ湘南鎌倉病院です。
一回目は、かかりつけ医から指摘されて気がついた、鼠径部のでっぱり、鼠径ヘルニア手術
実際に外科ドクターから言われたのは左右2箇所てした。
そして次はやはり、かかり付け医との話し合いで決断した、持病の胆石発作の最終処置、胆嚢摘出
手術、昨年年の3月でした。
そして、泌尿器のPSA高値の為の生検はこれまで四回やっており、今回はラストしたい五回目です。
今回は慣れた検査入院の三日間です。
実際の手術初日の予定時間・部屋などは全て病院側のラインで伝えてきます。
今どき、スマホラインを使いこなせないと、入院も出来ない世の中なっています。
初日の前日の食事は24時まで水分は当日の朝6時まで
持ち物は・T字帯、生理用ナプキン3枚
・書類・承諾書など一式
・マイナカードと印鑑
・2日分の今服用している薬に
・その他 充電器等必要なもの ・・・などなど
この病院での入院は六回目なので、もう十分に解っています。
今回入院は二泊三日ですが、病室はホテルではないので、諸設備や部屋着のレンタル料金は3日分とられます。
例えば個室を希望した場合
特別個室27,500円洗面台、冷蔵庫、トイレ、バス、テレビ付(無料)
一般個室11,000円洗面台、冷蔵庫、トイレ、シャワー、テレビ付(有料)
一般個室の場合、二泊三日の場合、自費33,000円かかります。
昨年の胆嚢摘出手術の時は空き部屋がなく特別個室で無料でした。
富士山が良く見える大きなお部屋でした。
手術の希望日は問われ
今回の手術日の日程し当然ながら主治医の日程に合わせますか、ドクターから絶対ダメな日はあるか聞かれ、W杯試合中継が見れないような日は困るので外してくれと頼みました。これは、前回C型肝炎の入院中、日本代表のジョホールバルでの歓喜を入院中の深夜、一人病院の図書室で見てきた経験からです。
ジョホールバルの歓喜は、1997年11月16日、マレーシアのジョホールバルでサッカー日本代表が1998 FIFAワールドカップ・フランス大会のアジア最終予選のアジア第3代表決定戦をイラン代表と戦い、勝利を収めたことによりW杯初出場を決めたのです。
今回はこの手術予定日の前日の早朝5時オランダ戦、二泊三日の入院を経て帰宅する3日後、
日曜日のお昼、チェニジア戦、1週間後の朝8時、スェーデン戦ですから
ゆっくりと自宅で見れて、目出度しメデタシです。
あの肝炎入院中のジョホールバルから29年か・・・これが最後の入院であって欲しいものです。
生検の結果は7月の最初の週に解るようです。
まだ、その頃はサムライブルーは勝ち残っているだろうか。
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老後資金とは、公的年金などの収入だけではまかなえない、定年退職後の生活費の不足分や、医療・介護・ライフイベント(旅行や家の修繕など)に備えるための貯蓄のこと。
現在は大きな病気を患っても医療の進歩で延命しやすくなった一方で、死ななくなったということはその分医療費と介護費が嵩み、
■毎年人間ドックを受けている場合
■電力の契約がそのままである

私の生まれ育った信州・長野市、県庁所在地、そして善光寺のお膝元です。
カンヌ国際映画祭は、毎年5月にフランスのカンヌで開催される世界最高峰の映画祭です。
アカデミー賞は、米国の映画芸術科学アカデミー(AMPAS)が主催する世界最高峰の映画賞です。


一日400メーターしか歩かないし人は一日3.2キロ歩く人に比べ認知症のリスクが一転8倍になるとの報告
家族で一緒に考え
特にファンではない芸能人や有名人などの名前を忘れた場合、安易にネットの検索に頼らず思い出そうとする努力をすることが脳にある程度の心地良い負荷をかけることになり脳を活性化させる









博報堂生活総合研究所が2026年1月に発表した「生活元年」調査は、食事や趣味などの新しい生活行動を


前立腺PSA生検とは、血液検査のPSA(前立腺特異抗原)値が高いなど、前立腺がんが強く疑われる際に前立腺の組織を針で採取し、がん細胞の有無や悪性度を調べる確定診断のための検査です。
あれから、これまで四回、徐々に数値が上昇する度にPSA生検をやってきました。

PSA数値イコール前立腺がん陽性とは限らないのは、これまで4回の生検でわかったいました。
今時の「経会陰式(けいえいんしき)前立腺生検」は従来の経直腸式に比べ、感染症や出血リスクが少なく安全性が高いことから主流となっています。
1. ホルモン療法(内分泌療法)







事

歌手のイルカが提唱する「デザート世代」とは、60歳(還暦)以上の世代を指す言葉です。
なんと1950年生まれ、私より2つ年下なんた・・もっと上かと思っていました。
楠木 新(あらた)1954年うまれ72歳
夫婦はどちらかが一方的に老いていくのではなく、同時に年を取って行くことを忘れてはならない。
義務ではなく自分の意思で関わることの出来る場で、老後生活に余白与えてくれる貴重な要素となる。
会社中心だった人も定年後の生活圏は急速に地域内へと縮んでいく。
知的好奇心は単調になりがちな老後生活に大きな刺激になる。
地元町内会老人クラブのお役に。


私達夫婦が本格的に海外旅行をするようになったのは1984年、住宅ローン返済に目処がたった30代前半ごろでした。
メキシコから帰ってきた翌年からインドなどのアジア各国そして次第に世界遺産の辺境の地へと、2人の旅は変化していきます。
退職して、日本国内旅行に専念するようになり、新聞広告を多く目にするようになりまりました。