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«願望成就の「9」、“金貨”と“聖杯”の違いは? | Main | 「霞の館」は、何業? と聞かれ…「修業」と答えちゃった。»
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「棒」と「剣」の「9」は、さらに厳しいっ! [2009年03月08日(Sun)]
超マジメなタロット解釈のお話が続いているね…
昨日は、「願望」だった。 今日は、同じ願望でも、かなりシビアな「9」の2枚。

「剣の9」は、まるで“ムンクの叫び”っちゃうかな? TVの受売りやけどそんな気もする。
エドヴァルド・ムンクいわく、自然が叫んでいるのを聞きたくないから耳をふさいでいるって…。
暗い部屋に9本の剣が人を刺すように配置され、眠れない人が起き上がって顔をふさいでいる。
真夜中に、孤独になると襲ってくる、後悔や死にたくなるような恐怖…。
「剣」は、葛藤自分自身に勝つことだと思う。 生き抜くための赤裸々な適応機制だ!

「棒の9」は、背後に8本の棒が立ち並び、最後の棒を手に取る人物は、明らかに負傷している。
あきらめない、不屈の精神力! もう、彼の眼には何も見えないかもしれない。
ただ、理想とするものだけを見つめて、崩れないように、力を振り絞って立っているのだ。

“生命の樹”の「7」や「8」から「10」へと発展する中での「9」と、“四大元素”を交叉してみるといい。
※ “生命の樹”とはカバラ思想であり、ウエイトはその謎を解くためにタロットを編纂したという。
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コメント
最近、いろんなスピリチュアルの方からお誘い受ける機会があって、大変勉強になります。
タロットも、スピリチュアル以上のスピリチュアルだと思います。きちんと勉強したくなりました。
Posted by: わーるど  at 2009年03月10日(Tue) 22:08

うぅむむむぅ〜ぅ、深いですねぇ…
タロットを学ぶことで何を観てもどんな経験をしても、何らかのカードが浮かびますね。
人生のあり方や価値は、人間が決められるものではないと思います。
右を向いて「最後まであきらめない!」って、神に向かって心の中で叫んでいるんですよ。
たとえ目の前に死が迫っていてもね。
Posted by: kasumi  at 2009年03月10日(Tue) 00:16

昨日の四神記でキハが「私の人生は何だったのか。その人に試練を与える為の薪に過ぎなかったのか・・・。」って。四神記は、BS韓流ドラマですけど。人に試練を与える為に命を燃やして人生を生きることがどんなに寂しくて無為なことか。今、私は不本意にも誰かに試練を与えてしまって、自分が傷つくより痛い経験をしている。これを乗り越えた時に、自分に与えられた試練も終わると確信しています。棒は木、燃やして灰になれば大地の豊かにし。炭になって、お湯をわかしたり、料理をつくったり。etc。もう、結果は見えているのにまだ、誰かを睨み続けますか?勝敗に命を削るより足下の大地を耕して種を蒔きましょう。って、そんな事を教えてくれているような気がします。命を有り難う。素直に思える今日この頃です。長くなりました。こだわりを捨てて、欲しい物だけを引き寄せたいものです。
Posted by: わーるど  at 2009年03月09日(Mon) 23:08