「義援金」と「支援金」 [2011年03月18日(Fri)]
多くの方はご存じと思うが、「義援金(義捐金)」と「支援金」の相違について説明しておきたい。
東日本大震災への寄付が集まりつつあるが、テレビ局や共同募金会でおこなっているものは「義捐金」と呼ばれるもの。私が役員をしている市民キャビネットや市民協で行っている寄付は「支援金」だ。 「義援金」は、通常は日本赤十字社にすべて集められ被災者に分配する。阪神淡路大震災において最終的に配分されたのは震災から6か月以上後のことだ。 どうしてこのように遅くなるのかというと、「公平・平等」にしなければならないために被災者の総数、それも被害状況(全壊か半壊かなど)を把握しなければならない。これが容易なことではないのだ。今回も数千億円集まると思うが、たとえば2000億円集まって200万人に配分すると、1人当たり10万円がいまから6か月以降に支給されるというものだ。 だから、義援金に寄付をして、テレビに出ている被災者にわたっていると思うと大間違いなのだ。 これに対して「支援金」は、この大震災において活動しているボランティア団体・NPO、あるいはそうした団体が必要だと考える人びとに支給される。また、この現金はガソリンや食料品、おむつなどに変えて、必要な人に配られる。即効性を考えるなら、この支援金の方が友好な手段だ。 だが、「支援金」には公平性・平等性は担保されない。例えば、私が専務理事をしている市民協には「宅老所を全国に広める会」の事務局があり、当然のこととして「宮城宅老所連絡会」と関係が密だ。こうして宮城宅老所に義援金をおくるとそこの判断で資金は使われる。多分、宅老所の会員の困っているところへ重点配分されることになる。 いま、紙おむつを送れという悲鳴に似た要望が被災地の介護系NPOから寄せられている。これを現物で「義援金」方式で送るとどうなるか。県や市役所の倉庫に詰め込まれるだけだろう。なぜなら行政は「公平・平等」でなければならないから、紙おむつを必要とする人数の把握から始める。これが例えば、10万人いたとしよう。しかし、義援金方式できたものが5万人分だとする。この場合、後5万人分が来るまで配分を待つというのが「公平・平等」の考え方である。 このような「公平・平等」が必要なのは平時の時代のことであり、現在のような非常時は「不公平・不平等」こそ重要なのだ。これこそ支援金の意義であり、ボランティア団体やNPOが活躍する論理だ。 市民協にはすでに百数十〇万円の支援金があつまっている。これからもどんどん集まるが、「不公平・不平等」にできるだけ早く活用をしていくことになる。 |
Posted by
田中尚輝
at 12:16
日本国内はもちろん海外からも続々と、
東日本大震災で被害に遭われた方(被災者)へ寄せられている寄付金。
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