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キャラクター案「外山寅太」 [2010年11月29日(Mon)]

同い年の多一と一緒に耳取村の青鬣館(せいりょうかん)で学んでいた頃の寅太。7歳くらいでしょうか。
軽雲外山翁伝によれば、口数少なくたいへん真面目に勉強する子でした。
一方、長谷川泰翁小伝によると、その頃の多一は腕白でガキ大将だったそうですから、二人はとても対照的です。



青鬣館を出ると、寅太は河井継之助との運命的な出会いを果たし押掛け書生となりました。
多一と継之助を会わせたのも寅太でした。

その後の寅太(外山脩造)は、河井継之助から「武士の世の中は終わる、寅は商人になれ」という有名な遺言を受け、大阪で実業家として成功し、阪神電鉄やアサヒビールの創始者になります。
外山脩造もまた、長岡藩の心を持って活躍した人でした。

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「多一と寅太」
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