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【泰先生メモ32】済生学舎の野口英世 [2010年10月09日(Sat)]

言わずと知られる野口英世。
各国の有名大学で博士の称号を次々と獲得した細菌学の権威。今でも日本医学会きっての英雄として知られます。
野口がその生涯を捧げた細菌学。その出発点が「済生学舎」にありました。

<唐沢信安先生の著書「済生学舎と長谷川泰」を元に書かせて頂きます。〜今日まで済生学舎時代の野口像は想像で書かれる事が殆どだったそうですが、現在、唐沢先生はじめ日本医史学会による研究にが進められています。唐沢先生は、残りの生涯を野口英世研究に使いたいと情熱的にお話されています。>


猪苗代の貧しい農家に生まれた野口清作(幼名)には、官立の医学校で学ぶ事はできませんでした。
そこでまず、当時の「医術開業試験」に合格し医師になることを目指します。
その為のチャンスがあったのが、当時すでに全国に名を知らしめていた私立の医師育成予備校「済生学舎」でした。
時代は日清戦争終結の翌年。この時、清作19歳。
貧しさを支えた母親・シカさんへの愛情の深いことは有名ですが、辛い別れとなったことでしょう。

既に故郷福島の会津若松の渡部鼎(かなえ)医師に医学の基礎を学んでいた清作は、前もって開業試験の前期試験に合格した後、済生学舎に編入。前期分の基礎講習は省き、実習を学びました。
支持者の血脇守之助からの仕送りに頼っていましたが、必要な教科書を購入すると生活費は殆ど残らないような、切り詰めた生活を送っていたようです。

そして済生学舎で清作の熱意に火を点したのが「顕微鏡科実地演習」「黴菌学」など、細菌学に関わる講義だったわけです。
当時の担当講師は、ドイツミュンヘン大学への留学帰りの「坪井次郎」でした。
--長谷川泰校長は、かつて坪井の父に蘭学を学んだことから、特に親しい仲だったそうです。
--坪井次郎は長谷川泰が開校の議案を衆議院で提出した「京都帝国大学医科大学」の、初代学長になった人です。
清作が習った講師は他に、内科/長谷川順次郎(泰の弟)外科/田代義徳(明治外科学の泰斗)、丸茂文良(済生学舎で世界初のレントゲン医療実験)等々です。
同時期には青山胤通、入沢達吉ら、帝大出身の若きエリート講師の姿もありました。
後に野口英世は当時の講義の思い出を、臨床講義は愉しく、目に焼き付いて忘れられないと語っています。

さて、野口清作の名は済生学舎の卒業生に向けた定期試験のリストにありません。
これは清作が「短期間で独自の勉強法を駆使した」とされています。
講義で会得した知識を独自に組み立てて、後期試験にスピード合格したわけです。まさに天才野口英世ならではのエピソードではないでしょうか。

卒業の後、野口は順天堂に勤務して済生学舎出身の「菅野徹三」の指導を受けています。
更に細菌学の研究を進める中、「日本細菌学の父・北里柴三郎」に憧れを抱いた野口は、菅野徹三、血脇守之助、川上元治郎(当時日本医事週報社社主/長谷川泰の元書生)らの後押しを受けて伝染病研究所の助手に転職しました。
菅野徹三はその時発行された順天堂の会誌で、野口へ向けてあたたかい祝福の言葉を述べています。
伝染病研究所では、これも済生学舎出身の「浅川範考」の指導の元で働いています。
こうして見ると、青年野口清作は、実に多くの支持者に囲まれていることが分かります。
努力と、そして人間的魅力の成せるものであったと思われます。

このような経緯を経て青年野口清作は、皆さんご存知の世界の野口英世へ成長を遂げるのでした。

<こぼれ話>
野口清作は済生学舎在学中に、同郷の女学生に初恋をしていました。
清作はラブレターを届けましたが、彼女の熱意は恋愛よりも医業に向いており失恋。
〜夏の夜に 飛び去る流星 誰か之を追ふものぞ 君よ快活に 世を送り給え
これは、清作が「僕はもう追いかけません、どうぞお元気でという」失恋の哀しみを詠んだ歌です。
男女共学の済生学舎ならではの、甘酸っぱいエピソードでした。
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