スタッフの川口です。
もう6月ですね。 昨晩はきれいな満月でした。昨日の満月はストロベリームーンというそうですね。 みなさんはご覧になったでしょうか。 さて、本日は、6月1日(木)に八幡沖公民館で行った 「多賀城みんなの地域学〜八幡沖区編〜」についてご紹介します。 今回は毎月開催されている沖区振興会の「おしゃべりサロン沖」に出前講座で呼んでいただきました。毎月、さまざまな講話や体操をしながらわいわいお茶をいただくサロンです。 町内会長さんや担当の方が来る人に声をかけていて、アットホームな雰囲気ではじめてくる方も安心して参加できるあたたかい場でした。 当日は若いご夫婦が赤ちゃんを連れて参加していました。 八幡沖区は東日本大震災で津波で浸水した地域なので、写真が流されて残っていない方が多いそうです。会場の公民館も泥が入り、みなさんで復旧されたそうです。 懐かしい多賀城の写真にみなさん興味深々です。 どこかわからない写真でも地元の人はすぐどこかわかります。 多賀城や仙台の30年代、50年代あたりの写真をみながら、当時の食事や風習などの思い出話からはじまりました。NPO法人20世紀アーカイブ仙台の方がみなさんの記憶を引き出してくれます。 お正月前の障子はりやワカメちゃんカットの髪型、フラフープあそび、ロクモンスというミニ野球など子どものころの思い出話で盛り上がりました。 沖区は現在産業道路をはさんで広がっていますが、以前は海軍工廠の機銃部ができるため、八幡に水田を埋め立てて集団移転した地域だそうです。 今は南側には工場地帯が広がっていますが、以前は一面田んぼでカエルの声がたくさん聞こえていたそうです。 契約講が3つあり、いろいろ助け合いが行われていました。現在も葬祭の時は助け合いが続いているそうです。 震災で泥をかぶった写真を旦那さまがきれいにして残してくれていたというお写真を、当日持ってきてくれた女性がいました。 若妻会という地域の集まりの写真では、「〇〇さんじゃないか」とか「うちの妻じゃないか」など大いに盛り上がりました。 住んでいるみなさんの記憶を若い世代にも伝えられていくことは、地域のおもしろさは地域の誇りにつながり、災害の記憶がこれからの防災につながったり、伝えていくことの大切さを感じることができました。 八幡沖区は深い昔ながらのつながりもありつつ、新しいつながりもある素敵な地域でした。 ○参加したみなさんからの感想です 「自宅の昔の写真があったことにびっくりしました。昔の良い所、良かった所を再確認しました」 「青春時代の写真を見せていただき懐かしかったです」 「子どもたちへの伝言の機会があれば…」 「多賀城に住んで6年ですが、地域の方との交流の場もあまりなかったので今回参加して皆さんとお話しできたこと、昔の写真の話を聞けたこととても良かったです!!」 みなさんの地域へも出前講座いたしますので、ぜひたがさぽへお声がけください。 多賀城みんなの地域学〜下馬編〜はこちら →https://blog.canpan.info/tagasapo/archive/3308 多賀城みんなの地域学〜笠神編〜はこちら |