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安藤雄太の“風に吹かれて旅がらす”

ボランティア&市民活動の熱血伝道師・安藤雄太が、飲んだくれながら全国行脚。
愉快な人々との出会いや、旨いもん、旨い酒について、語ります。


郡上八幡ぶらり旅 その2

[2010年10月28日(Thu)]
鰻と美人との出会いの巻
郡上八幡ぶらり旅 その1 より続く・・・>

散々歩いて見て回るとさすがに空腹を覚えるものである。
そう言えば、さっき通った処に使わなくなった窯を利用して小さな食べどころがあったのを思い出した。急いで戻ろう。

店の前まで来ると大きく「うなぎ 中村屋」と看板が出ている。コレコレと言いながら店内に入る。昼食時間を外しているので営業しているのかが心配であったが、どうやら営業しているらしい、というより先客がいた。

6畳ほどの小さな店であるが、その隅の方に先客は注文したものを待っているらしい。髪は肩ほどまでだが30代前半であろうか、背は高い方だろう、スラッとしたなかなかの美人である。
一人旅なんだろう?ガイドブックを読みながら、これから行くところであろうか、それともすでに歩いてきたところを振り返っているのかわからないが、ときどき頷いたり合点がいったような仕草をしている。

そんな彼女を見ているところに店の女将が注文に来た。
「何にしますか?」
「まずは生ビールをお願いします」

注文を待っている彼女のところにはうな丼が運ばれてきた。髪の毛を後ろに束ねてから食べ始める。食べるための臨戦体制である。

生ビールが運ばれてくる。まずは一口。
「うま〜い!」
ついつい声が出てしまう。彼女が下を向いて笑っているようである。

さて、注文だが迷っている。蒲焼を肴にビールを呑むか、一匹うな重にするか。
気持ち的には一匹うな重に魅かれているのだが。
そんなに長居するわけではないので、
「一匹うな重をお願い!」
「少し時間がかかりますよ」
「いいですよ」

そんな会話をしているうちに瞬く間にビールが空いてしまった。
「ビールおかわりお願いします」
2杯めのビールを呑みながら待っている間に、どうやら彼女は完食したらしい。
声をかける間もなく清算して店を出ていった。清算している会話からイントネーションが関西のようだ。これから何処へくのだろう。
そんなことを考えているうちにビールグラスは空になっていた。
おかわり3杯目を頼んでいるうちにようやく一匹うなぎが登場してきた。
 


「デカ! 器からはみ出ているぞ」

さあ、これから海鮮問屋「瀧田家」跡を見てから郡上八幡に向かおう。
もしかして彼女に出会うかもしれないな?               

郡上八幡ぶらり旅 その3 へつづく・・・>

(2010.8.15 By 安藤雄太)

郡上八幡ぶらり旅 その1

[2010年10月27日(Wed)]
八幡おどりのまえに少し寄り道〜常滑の旅

今朝のテレビを見ながらのんびりとしていると、と言っても原稿が溜まっているし極力考えないようにしていることが心の落ち着きを得られるからだ、と言い訳しながらのんびりしていると、ニュースキャスターが「今日は郡上踊りをレポートします」と話し始めるではないか。

何々、耳を傾けるとなかなか賑やかな踊りの笛、太鼓の音が聞こえてくるではないか。
「なるほど郡上おどりか」

すぐにインターネットで郡上八幡のキーワードを叩く。
もう、気持ちは郡上八幡へドラえもんのどこでもドアとなっている。
早々に新幹線に乗り名古屋で下車する。相変わらず大勢の人がコンコースを往きかっている。

郡上おどりは別名徹夜おどりと言われているだけに、このメインの3日間は夜に見にくるのがよいのだが、水の都とも言われている城下町を見学しに行くかと思いながらも、どういう訳か常滑焼が思い浮かび、「そうだ、一度も行ったことがないな」とつぶやくや、名鉄常滑線に飛び乗ってしまった。

焼きものは好きなだけに近くに工房があれば寄ってきたが、この常滑は一度も来たことがなかった。どちらかと言えば温泉のある内海には美味しい魚介類があるので何度か訪れているのだが。

今回も何とも無計画な旅である。まあ、旅とはそんなもんであろう。

常滑駅に降り立ち、キョロキョロしていると、自転車に乗った年配者が気軽に声をかけてくれた。指示された通り交差点を渡り緩やかな坂道を登ろうとすると「おー!」と声をあげてしまった。

そこに大きな猫が手招きしているではないか。もちろん焼き物である。
ここは「とこなめ招き猫通り」。

ここから歩道の片側に焼き物のオブジェが飾られてある。さすがに焼き物の町である。

これまでも笠間焼、備前焼、九谷焼、益子焼、清水焼、松代焼・・・・・などの窯元を見させていただいた。それぞれの歴史と趣きを味わわせていただいた。
ここの常滑もそうである。



街の中の路地に入っていくと急坂があったり焼き物が置いてあったり、窯元があちこちにある。

さらに路の奥に入っていくと大きな登り窯に出会った。

現在では使われていないが、この登り窯は陶栄窯ともいわれ、8つの室をもつ窯で明治20年に建造され、昭和49年の窯出しを最後に保存されことになった。

ふむ、ふむと説明文を読みながら窯の中を覗いてみるとやはりすごい!

お店の中を覗いてみたが、どういう訳かすぐにビアカップ、徳利、お猪口、片口の器など呑むための作品の前に行ってしまうが習性なのだろうか。

郡上八幡ぶらり旅 その2へつづく・・・>

2010.8.15 By 安藤雄太