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安藤雄太の“風に吹かれて旅がらす”

ボランティア&市民活動の熱血伝道師・安藤雄太が、飲んだくれながら全国行脚。
愉快な人々との出会いや、旨いもん、旨い酒について、語ります。


こんにちは。安藤雄太のブログへようこそ!
野次馬代表のあべっち&まるこです。

飲むほどに酔うほどに絶好調の安藤さんの話がとても愉快で、「これを一人占めにしてはモッタイナイ」と、雄太ブログを始めることにしました。

安藤雄太の思いはもちろん、いろんな野次馬やゲストも交えて、居酒屋みたいなライブ感あふれる場にしていけたらと思います。
Let's enjoy!!

おつぼねの赤裸々日記

[2011年03月01日(Tue)]
こんにちは、お久しぶりです。野次馬代表まるこで〜すまる

新潟県、柏崎市社会福祉協議会の職員、大塚真光子さんの好評ブログ「おつぼねの赤裸々日記」に、安藤さんが登場しています。

おつぼねブログ、とてもパワフル!! 読んで元気が出ますよ〜。
ぜひお訪ねください。

だんだん春めいてきましたね!
春にはオフ会花しようなんて話も、安藤さんと相談中ですので、皆さまお楽しみに!!
その際には、ブログでご案内します。

生涯一陶工! 河井寛次郎 その2

[2011年02月22日(Tue)]
「暮らしが仕事 仕事が暮らし」 なるほど哲学だな?!?!?!

今回の展覧会では、京都の記念館で観ることのできなかった素晴らしい作品が多くあったが、いずれの作品も生活の中からこれほどに感情を表現できる(まあ、それが芸術家なんだよな)、そのエネルギーを観てまた自分が感激している。

河井寛次郎がよく、「驚いている自分に驚いている自分」と言っていたそうだ。
また、とてつもない哲学的表現だが、凡人から見れば素直に感激しているといってもいいのだろう。暮らしというか生活というか、その力強さに感激していたのかもしれない。

そんなことを考えているうちに、「ボランティアが仕事、仕事がボランティア?」 駄洒落だがそんな言葉が頭の中を横切って行った。


芸術作品など観ていると時間があっという間に過ぎてしまう。今回も瞬く間に過ぎてしまった。本当はゆったり過ごしてもおかしくないのに、と思いながらも出口へ向かった。

さあ!今度は何処へ行こうか?

(生涯一陶工! 河井寛次郎の巻  )

<2011.1.17 日本橋高島屋にて by 安藤雄太>

生涯一陶工! 河井寛次郎 その1

[2011年02月20日(Sun)]
立春が過ぎました。そう旧正月がとっくに過ぎました。
心新たに?今年こそはと何を誓うか。
今頃言うなんて少し間が抜けていますね??? 

実は、宮島以降も、京都の三大祭の一つの時代祭や奈良の正倉院展、紅葉の善峯寺等々の素晴らしい壮麗な様子をお届けしようと思いましたが、この調子だとアッという間に1年過ぎてしまいそうなので、直近の出会いに一気にワープすることにしました。(と言いながらこの原稿もすでに一カ月を過ぎようとしています。)

きっとまた出かけると思いますのでその時にということで、今回のズルは勘弁、勘弁。

生涯一陶工を貫いた河井寛次郎展を観てきました

さあ、気持ちを新たにして、そう、河井寛次郎展に行ってきた。もちろん東京。
日本橋・高島屋で開催しているのをメモしていたが、なかなか行けずついに最終日。わずかな間隙を縫って駆け足で観てきた。

さすが「土と炎の詩人」、生涯一陶工を貫いた陶芸家というのだろうか。


実は、以前に京都へ行った時、河井寛次郎記念館に立ち寄ったが、それも偶然というか、清水寺の坂を下りた交差点を渡り、細い横道に入りこみ、ふと前に現れたのが京都の昔からの普通の町家。
その看板に、河井寛次郎記念館と記しているではないか。

早速、中に入ると居間というか、囲炉裏の周りにも座れ、太い梁を通して2階まで吹き抜けになっている。民芸調の椅子や家財に、観光客も座りながら雑誌や作品に見入っている。

何か記念館というよりも、生活感を感じさせるホッとした居酒屋かな?



奥に行くと、居心地のよい中庭がある。
季節によってさまざまな顔を見せるのであろう。

さらにその奥に、登り窯や陶房がある。

****************************

今回は、日本橋・高島屋という場所での展示会であるため、雰囲気は大きく異なるが、作品は観ていて飽きない。

展示会のテーマは、生誕120年「生命の歓喜」。

気骨のある陶芸家とでも言おうか。何せ、文化勲章も人間国宝も断った、無位無冠の陶芸家なのだから。

私のように芸術がわからない者でも、その作品からは何か力強さというか、今の流行り言
葉でいえばパワースポットとでも言えるのかもしれない。

作品の多くが生活に馴染むものがみられる一方、中には実用性ではないものも多い。その中でも実用性がありそうな『狛犬脇息』(左写真)は、私自身のお気に入りでもある。

解説によると、家を建てるときに余った木材を利用して自ら作成したものだそうだ。

京都の記念館では、日本間の畳の上にいつでも使えそうに置いて(展示してというべきだが)あったのを思い出す。(もしかしたら置いてあることで安息感が得られる‘実用性’か?)

生涯一陶工! 河井寛次郎 その2 へ続く・・・)

<2011.1.17 日本橋高島屋にて by 安藤雄太>

よし!日本三景 宮島に行くぞ!の巻 その4

[2011年02月05日(Sat)]
霊験あらたかな不消霊火

昼までには時間がある。
ガイドマップを取り出し見ていると、宮島の名峰弥山までロープウエイが行っているではないか。歩くわけではないので、行ってみることにした。

紅葉谷公園ロープウエイ駅に着く。15分位揺られて終点獅子岩駅で降りる。
天候が良くない。
観光マップだと大して歩かなくても良いように見えたが、とんでもない。山道である。下ったと思ったら登り道。
修行している人は毎日この道を往来してきたのだと、「修行修行」とつぶやきながら本堂へ。

この弥山には七不思議があるらしい。
その一つに「消えずの火」がある。
弘法大師が修行に使った火が、1200年たった今日でも消えずに燃え続けているそうだ。



比叡山にも不滅の法灯があったが、ここにもあった。
この火を絶やさずに見守り続けてきた人は大変だったろうと改めて思う。その努力に頭が下がる。
この霊験あらたかな火は、広島の平和公園の「平和の灯」の元火になっているとのこと。

弥山本堂をあとにして、くぐり岩、展望台、舟岩、疥癬岩など奇岩を見ながらロープウェイ駅に向かって下山する。
天気が良くなく、晴れたら瀬戸内海が一望できるんだろうなと、機会があればまた来て見たいと思う。

さあ、急いでビールで穴子飯を食べに行こう。

(よし!日本三景 宮島に行くぞ!の巻  )
<2010. 9. 27 By 安藤雄太>

よし!日本三景 宮島に行くぞ!の巻 その3

[2011年02月01日(Tue)]
荘厳な厳島神社。感じる感じる 歴史の中にいるぞ

翌日、朝食を済ませ昨日歩いた参道へと向かう。
商店街を抜けて大鳥居へ、だがもう満々とした海水の中に立っている。



早速、厳島神社へ入る。海中に浮かぶ世界遺産に登録されているだけに、歴史と荘厳さを感じるところである。
平清盛が絶対的権力を持って保護してきた想いの中には、永久的権力維持と安らぎがあったのだろうなと思いながら、神殿をゆっくりと見て歩く。
 
入口に入ったときから雅楽が聞こえてくる。
まあ神社だしと思いながら近づいていくと、大勢の人だかり。

正面の高舞台に近づくと、舞楽が舞っているではないか。
さらに近づくと白無垢の花嫁衣裳を中心に留袖姿、着物姿が着座している。

そうか、結婚式なんだ。
平安時代から舞ってきた古代ゆかしい伝統芸能の前での結婚式。二人にとって忘れられない記念になるだろう。




今日は時間があるので千畳閣、五重塔、宝物館、大願寺、大聖院、清盛神社・・・。
残念ながら宮島水族館は改装中のため見学できず。残念。

(よし!日本三景 宮島に行くぞ!の巻 その4  へ続く・・・)

<2010. 9. 27 By 安藤雄太>

よし!日本三景 宮島に行くぞ!の巻 その2

[2011年01月26日(Wed)]
焼き牡蠣の 店の前にて 歩が止まり

醤油が焦げたいい香りがしてきた。店先で牡蠣を焼いているではないか。
「ひとつ下さい」
何のためらいもなく食べながら、再び参道を歩き始めた。

と、すぐに宮島の大杓子、
何とでっかいことか。

8メートルはありそうだ。

そういえば、宮島杓子は観光土産として何処の店にも売られている。

感心してみていると
時間はどんどん過ぎて行く。

表参道の商店街を抜けると、大鳥居が目前に入ってきた。





砂利道を急ぎ足で岸辺まで近寄ってみる。
何と海水が引いている。
鳥居の下まで行けるようで、多くの観光客が鳥居の下で記念写真を撮っている。

それならばと、そばにある石段を降り鳥居まで、と言っても下はぬかるんでおり海水の溜りがいたるところにある。
ついつい下を見ながら注意深く歩くことになった。


岸辺に上がるともう空は暗く、予約していた宿の食事の時間が過ぎているではないか。
「これは大変!」と宿に連絡し迎えに来てもらうことにした。
どうも大鳥居の近くだと思っていたのが間違いで、そこから車で20分位かかるところであった。どうやら反対側の漁港のところである。

迎えのマイクロバスに乗り、「宮島シーサイドホテル」に着く。
早速、部屋に案内されるが
「お食事すぐでよいですか」
と聞かれても、やはり風呂に入ってからでないと美味しいビールが飲めない。
食事時間を大幅に遅れてきたのがいけないのだが、それでも30分で風呂に入ることにした。

風呂から上がってくると既にご馳走が待っている。
早速、地酒「弥山」を注文する。美味い酒である。



よし!日本三景 宮島に行くぞ!の巻 その3 へつづく・・・)

<2010. 9. 26 By 安藤雄太>

よし!日本三景 宮島に行くぞ!の巻 その1

[2011年01月09日(Sun)]
よし!日本三景 宮島に行くぞ!

9月25、26日の2日間にわたって開催された「全国ボランティアフェスティバルひろしま」
広島から来年の開催地東京にバトンタッチのセレモニーが終わり、会場を出た。
何やら「広島や次期開催地の関係者などの打合せらしきものがあるので寄らないか」と誘われたものの、丁寧にお断りしながら駅に向かった。

広島へは何かと全国会議等で来ていて、平和公園や原爆ドームなど名所旧跡や観光施設は何度も足を運んでいる。
ところが行っていないところがあり、機会があれば是非行ってみたいと思っていたのが、そう、日本三景“宮島”である。そんなわけですでに夕食付の宿を予約。
ここで打合せなるものに寄っていると間に合わなくなることがはっきりしているのだ。

いつもは宿を予約したりすることはなく、ぶらり寄り道の旅をするのが多いのだが、そんな時に誘われれば、「まあ少しだけ」と言ってそのまま呑み続けて東京に帰ってきてしまうであろう。予感が働いたのである。

広島駅から山陽本線に乗り、1時間程で宮島口駅に着く。ここから連絡船に乗り継ぐ。たいして待たずに出航。10分程の船旅である。

夕暮れの中に、真正面から大鳥居が迫って来る。

下船してみたものの周りは大したものはない。観光地図を見ながら先程の大鳥居に向かって歩く。

ところがである。
参道に沿いながら歩き始めると、お土産屋が軒を連ねているではないか。
食べ処というか、呑み処も結構ある。


「穴子飯いかがですか。美味しいですよ」
 
そうだろう。美味しいだろうな。つい暖簾をくぐりたくなるものである。
しかし、今は穴子飯食べている時間がない。

とは言え、こういう雰囲気はついつい何かを食したくなるものである・・・・・・


よし!日本三景 宮島に行くぞ!の巻 その2 につづく・・・)

<2010.9.26 By 安藤雄太>

お誕生会&今年もお世話になりました

[2010年12月31日(Fri)]
こんばんは。野次馬代表まるこまるです。
6月から始まった安藤雄太ブログ。
おかげさまで、大晦日の今日までのアクセスが2000を超え、
多くの皆さんにご覧いただき、とてもうれしく思います。

さて、安藤雄太の誕生日は?
なんと、12月25日!! そう、あの方と同じ星 世界中の人々がお祝いするあの日なのです!!

今年もお誕生日に、
安藤さん行きつけの居酒屋「あまくさ」でお祝いしました乾杯
土曜日のクリスマスというのに、集まってくださった皆さんに感謝です。


























おいしい焼酎をプレゼントされ・・・
バースデイケーキとシャンパンで嬉しそうな安藤さん。
来年も元気に全国飛び回るぞ、と言っています。

このブログを読んでくださった皆様、
今年も本当にお世話になり、どうもありがとうございました。
来春は、花見でオフ会をしようか、なんて計画もしています(^_^)/
どうぞよいお年をお迎えください!
(安藤雄太&野次馬たちより 2010.12.31)

三宅島帰島5周年 その3

[2010年12月30日(Thu)]
やっぱりくさやは島にかぎる
三宅島帰島その2より続く)

記念式典が平野村長の挨拶で始まる。
来賓の祝辞、式は順次すすんでいく。
会場のなかに飾られた大漁旗が風にあたり揺れるものの、ものすごく暑い。いや「熱い」だろうと思う。サウナ状態で。会場内にある氷柱もほとんど役に立っていない。


そんななか三宅高校生徒3人の感謝のメッセージは、何か三宅島の明日の希望を持たせるものである。やはり若さのオーラだろう。

式典が終わると、場面転換を図るため暫し休憩となった。外のほうが涼しい。

2部の交流会は、郷土芸能をはじめメッセージ、御馳走に当然くさやと明日葉(あしたば)、何ともいい香りである。
余談だが、くさやは都心では食べ難い。というより、焼けないのだ。あまりにも異様な臭いのために。
よく瓶詰め臭わないくさやが売られているが、私から言えば邪道である。やはりくさやは、島で食べるのが美味しい。

懐かしい伊豆郷土芸能保存会の天陣太鼓、神着郷土芸能保存会の木遣太鼓など、久々に聴くリズム。何となく元気がでてくる。
全島避難していた時、島民ふれあい集会で、この太鼓のリズムがどれだけ勇気を与えたか図りしれない。

名残り惜しいが、交流会を終え宿舎へと向かう。島内の民宿に分かれた。
昨日の船旅の疲労(というより呑み過ぎだが)、昼間のサウナ状況が重なり、食事まで一休み。
三宅島社協の寺本会長、「あじさいの郷」水原施設長をはじめ、関係者と旧交を温めながらの焼酎「雄山一」は、やはり美味しい。

翌朝の島内視察を終え、東京に向かう「かめりあ丸」の出航時間までは少し時間がある。
すぐ近くにある三宅島の温泉「ふるさとの湯」へと向かう。露天風呂からの一望は絶景。湯につかりながら寝てしまいそうだ。
といっても出航時間には間に合わせなければならない。やむなく湯から出て錆港に向かう。


島の関係者が見送ってくれる。
太鼓の音が続くなか船体はゆっくりと岸壁を離れ、雄山がゆっくりと小さくなっていく。
ぜひ近いうちに再島したいものである。

<三宅島帰島5周年の巻 
(2010.9.5 By 安藤雄太)

三宅島帰島5周年 その2

[2010年12月29日(Wed)]
三宅島の天候よし! 晴れ男に転向


三宅島に近づく頃になると猛スピードで空が明るくなる。岸壁には三宅島の人たちが大勢で迎えに出てくれている。もちろん平野村長もいる。
集いに参加する関係者は、数台のバスに分乗して避難センターに一時休憩のために向かう。無事に上陸できたのである。


三宅島の社協(社会福祉協議会)の方からは、「安藤さんが島に来ると天候が悪いんだよな」と、本気だか冗談かわからないがよく言われる。そう。帰島してから何回か支援で入ったが、着岸を調整したり、着発することが度々あった。
「船が着くのか心配だった」と言われたが、今日の天候はすこぶる穏やかである。

避難センターで仮眠し朝食をとった後に、島内視察をしながら「風の家」に向かった。
「風の家」は、帰島後の島民の居場所として日本建築学会(島に伝わる伝統的な木造平屋建築)からお借りしている。囲炉裏があったり土間があったりして心和ませる造りだ。東京災害ボランティアセンターの三宅島での拠点でもあった。

ここ「風の家」で、災害ボランティア活動に関わった人たちと、島民の人たちとの久々の再会と、簡単なセレモニーをおこなった。


もちろん当時の三宅島災害ボランティア支援センターの代表の一人であった山崎美貴子先生もいる。
当時の状況を振り帰りながらの関係者の話は、今では懐かしさを感じるところもあるが、三宅島社協の寺本会長が、思い出しながらところどころ声を詰まらせた時は、私自身もついつい涙腺が弛んでしまった。人は歳のせいだともいうが?

本会場は、風の家のすぐ近くの(仮)三宅村役場。
徒歩で移動する。


外は暑い。体育館が会場である。

三宅島帰島5周年 その3 へつづく・・・)

(2010.9.4  By 安藤雄太)