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安藤雄太の“風に吹かれて旅がらす”

ボランティア&市民活動の熱血伝道師・安藤雄太が、飲んだくれながら全国行脚。
愉快な人々との出会いや、旨いもん、旨い酒について、語ります。


生涯一陶工! 河井寛次郎 その2

[2011年02月22日(Tue)]
「暮らしが仕事 仕事が暮らし」 なるほど哲学だな?!?!?!

今回の展覧会では、京都の記念館で観ることのできなかった素晴らしい作品が多くあったが、いずれの作品も生活の中からこれほどに感情を表現できる(まあ、それが芸術家なんだよな)、そのエネルギーを観てまた自分が感激している。

河井寛次郎がよく、「驚いている自分に驚いている自分」と言っていたそうだ。
また、とてつもない哲学的表現だが、凡人から見れば素直に感激しているといってもいいのだろう。暮らしというか生活というか、その力強さに感激していたのかもしれない。

そんなことを考えているうちに、「ボランティアが仕事、仕事がボランティア?」 駄洒落だがそんな言葉が頭の中を横切って行った。


芸術作品など観ていると時間があっという間に過ぎてしまう。今回も瞬く間に過ぎてしまった。本当はゆったり過ごしてもおかしくないのに、と思いながらも出口へ向かった。

さあ!今度は何処へ行こうか?

(生涯一陶工! 河井寛次郎の巻  )

<2011.1.17 日本橋高島屋にて by 安藤雄太>

生涯一陶工! 河井寛次郎 その1

[2011年02月20日(Sun)]
立春が過ぎました。そう旧正月がとっくに過ぎました。
心新たに?今年こそはと何を誓うか。
今頃言うなんて少し間が抜けていますね??? 

実は、宮島以降も、京都の三大祭の一つの時代祭や奈良の正倉院展、紅葉の善峯寺等々の素晴らしい壮麗な様子をお届けしようと思いましたが、この調子だとアッという間に1年過ぎてしまいそうなので、直近の出会いに一気にワープすることにしました。(と言いながらこの原稿もすでに一カ月を過ぎようとしています。)

きっとまた出かけると思いますのでその時にということで、今回のズルは勘弁、勘弁。

生涯一陶工を貫いた河井寛次郎展を観てきました

さあ、気持ちを新たにして、そう、河井寛次郎展に行ってきた。もちろん東京。
日本橋・高島屋で開催しているのをメモしていたが、なかなか行けずついに最終日。わずかな間隙を縫って駆け足で観てきた。

さすが「土と炎の詩人」、生涯一陶工を貫いた陶芸家というのだろうか。


実は、以前に京都へ行った時、河井寛次郎記念館に立ち寄ったが、それも偶然というか、清水寺の坂を下りた交差点を渡り、細い横道に入りこみ、ふと前に現れたのが京都の昔からの普通の町家。
その看板に、河井寛次郎記念館と記しているではないか。

早速、中に入ると居間というか、囲炉裏の周りにも座れ、太い梁を通して2階まで吹き抜けになっている。民芸調の椅子や家財に、観光客も座りながら雑誌や作品に見入っている。

何か記念館というよりも、生活感を感じさせるホッとした居酒屋かな?



奥に行くと、居心地のよい中庭がある。
季節によってさまざまな顔を見せるのであろう。

さらにその奥に、登り窯や陶房がある。

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今回は、日本橋・高島屋という場所での展示会であるため、雰囲気は大きく異なるが、作品は観ていて飽きない。

展示会のテーマは、生誕120年「生命の歓喜」。

気骨のある陶芸家とでも言おうか。何せ、文化勲章も人間国宝も断った、無位無冠の陶芸家なのだから。

私のように芸術がわからない者でも、その作品からは何か力強さというか、今の流行り言
葉でいえばパワースポットとでも言えるのかもしれない。

作品の多くが生活に馴染むものがみられる一方、中には実用性ではないものも多い。その中でも実用性がありそうな『狛犬脇息』(左写真)は、私自身のお気に入りでもある。

解説によると、家を建てるときに余った木材を利用して自ら作成したものだそうだ。

京都の記念館では、日本間の畳の上にいつでも使えそうに置いて(展示してというべきだが)あったのを思い出す。(もしかしたら置いてあることで安息感が得られる‘実用性’か?)

生涯一陶工! 河井寛次郎 その2 へ続く・・・)

<2011.1.17 日本橋高島屋にて by 安藤雄太>

比叡山 修行?の巻〜ボランティア活動に通じる? その2

[2010年09月13日(Mon)]
比叡山 修行?の巻 その1 より続く>

ボランティア活動に通じる
〜1200年も「不滅の法灯」が続いた理由〜



中心となった根本中堂。さすが国宝である。靴を脱いで廻廊を通ってなかに入る。
仏堂のなかは薄暗い。どこの仏堂もそのように造られているのだろう。修業のためあまりにも明るくては落ち着かないかもしれないし、威厳を保つのにも効果的かもしれない。
                       
中陣では僧侶が比叡山延暦寺について説明をしている。早速、内陣近くまですすみ正座して聞くことにした。

僧侶曰く、
「今説明を聞いている中陣と、内陣に坐す御本尊薬師如来とが、同じ高さの位置にある。仏様と庶民は常に同じ目線で、仏に使える僧侶たちは、約3メートル程低い内陣から仏様を見上げる位置で修業することになる。」

そうか、同じ目線の立場から関わるボランティア活動と同じかな。

薬師如来の前には、3基の厨子に薄明かりが瞬く「不滅の法灯」が。
1200年間消えたことがないという。それだけに貴重な文化財なのだろう。
それにしてもきっとどこかで消えているに違いない。たぶん織田信長の焼打ち事件の時など火の管理はできなかったのではないかと疑念を持ちながら聞いていると、
僧侶は、

「油継ぎは誰が行うことはないのです。気がついた者が油を足していくのです。
誰かの役割にすると、その人が忘れると途絶えてしまう。
誰でもが油を注ぐことができれば誰でもが気にするものです」

そうだよな。偉い人が考えることは人の心理に精通している。

兎角、現在の組織管理は誰かの責任を決め、何かあればその人だけが責任を負うことになる。それがマネジメントだと思っている。
ボランティア活動は、気がついた人が率先して行動を起こすことを大切にしてきた。そう、それに通ずるな。

何かわかったような気になり、大急ぎで釈迦堂に行かなくては、と思いながらも、そうだ、腹が減っているな、その上、喉も渇いているし、まあ、ビールかな!

急ぐ旅でもないが、夕方にはこの巨刹(おおでら)を降りなくては東京に帰れないな。

<戒壇院>


<比叡山 修行?の巻 完>

(2010.7.18 By 安藤雄太)
 

比叡山 修行?の巻〜ボランティア活動に通じる? その1

[2010年09月11日(Sat)]
そうだ 祇園祭 行こう! 鉢巡行の巻3 より続く>

ボランティア活動に通じる? 「一隅を照らす人になる」

昨日までの祇園祭、横目で観てはきたが宵山から巡行までの2日間。歩いた、歩いた、熱中症との戦いのなかで。満足度は高い。そのうえ、万歩計は「あなたはスポーツマン」と表示。当然とつぶやきながら、自らご褒美として延泊を与えてしまった。

とはいえ、朝食とも昼食ともわからぬ食事。いや、美味しくないわけではない、時間の問題であって、そんな中途半端な時間から、今日はどこに行こうか。
京都駅前に立って周りを見回しているうちに、足はバス停に進んでいた。きっと歩き疲れた無意識が乗り物に向かわせたのだろう。

ふと比叡山方面という文字が目に入ってきた。他にも観光名所の神社仏閣行きがあるのだが、なぜか比叡山の文字に誘われるように、出町柳までバスに乗る。

出町柳からは叡山電鉄で終点の八瀬比叡山口へ。
途中、鞍馬方面に乗り換えて貴船の川床へとも思ったが、貴船はやはりゆっくりと泊まりで来るべきもの。そのまま終点まで行き、比叡山山頂に向かうロープウェイに乗りこんだ。日曜だけに観光客も多く、ロープウェイのなかもいっぱいである。

<風情のある八瀬 比叡山口駅>

バスセンターまでは徒歩だ。平坦な道を7〜8分歩いただろうか、山頂バス停から東塔バス停へ移動。これが結構時間がかかった。以前来た時はものすごく近くに感じたものだがと思いながら、車窓からは琵琶湖が間近に見える。絶景!絶景!

東塔バス停から参道を通って大講堂へ。参道もそうだがこの大講堂にも法然、栄西、親鸞、日蓮など歴代の高僧の肖像画が掲げられていた。知っている僧侶も多いが知らない僧侶も。多くの宗派がこの天台宗比叡山延暦寺から分派している。なるほどなるほど。

<大講堂>

ふと気がつくと、院内や境内あちこちに
「個々が思いやりの心をもって一隅を照らす人になる」
と書いた塔や掛け軸が見受けられる。
これに似た言葉は、よくボランティア活動関係や福祉関係でも使われているが、いずれにしてもボランティアの理念に似ていることだ思った。

1200年前の開祖最澄の教えだそうだ。

<比叡山 修行?の巻 その2 へつづく・・・>
(2010.7.18 By 安藤雄太)