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安藤雄太の“風に吹かれて旅がらす”

ボランティア&市民活動の熱血伝道師・安藤雄太が、飲んだくれながら全国行脚。
愉快な人々との出会いや、旨いもん、旨い酒について、語ります。


比叡山 修行?の巻〜ボランティア活動に通じる? その2

[2010年09月13日(Mon)]
比叡山 修行?の巻 その1 より続く>

ボランティア活動に通じる
〜1200年も「不滅の法灯」が続いた理由〜



中心となった根本中堂。さすが国宝である。靴を脱いで廻廊を通ってなかに入る。
仏堂のなかは薄暗い。どこの仏堂もそのように造られているのだろう。修業のためあまりにも明るくては落ち着かないかもしれないし、威厳を保つのにも効果的かもしれない。
                       
中陣では僧侶が比叡山延暦寺について説明をしている。早速、内陣近くまですすみ正座して聞くことにした。

僧侶曰く、
「今説明を聞いている中陣と、内陣に坐す御本尊薬師如来とが、同じ高さの位置にある。仏様と庶民は常に同じ目線で、仏に使える僧侶たちは、約3メートル程低い内陣から仏様を見上げる位置で修業することになる。」

そうか、同じ目線の立場から関わるボランティア活動と同じかな。

薬師如来の前には、3基の厨子に薄明かりが瞬く「不滅の法灯」が。
1200年間消えたことがないという。それだけに貴重な文化財なのだろう。
それにしてもきっとどこかで消えているに違いない。たぶん織田信長の焼打ち事件の時など火の管理はできなかったのではないかと疑念を持ちながら聞いていると、
僧侶は、

「油継ぎは誰が行うことはないのです。気がついた者が油を足していくのです。
誰かの役割にすると、その人が忘れると途絶えてしまう。
誰でもが油を注ぐことができれば誰でもが気にするものです」

そうだよな。偉い人が考えることは人の心理に精通している。

兎角、現在の組織管理は誰かの責任を決め、何かあればその人だけが責任を負うことになる。それがマネジメントだと思っている。
ボランティア活動は、気がついた人が率先して行動を起こすことを大切にしてきた。そう、それに通ずるな。

何かわかったような気になり、大急ぎで釈迦堂に行かなくては、と思いながらも、そうだ、腹が減っているな、その上、喉も渇いているし、まあ、ビールかな!

急ぐ旅でもないが、夕方にはこの巨刹(おおでら)を降りなくては東京に帰れないな。

<戒壇院>


<比叡山 修行?の巻 完>

(2010.7.18 By 安藤雄太)
 
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