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ボトックス治療を始めるまで(後編) [2010年08月01日(Sun)]


ボトックス治療を始めるまで(後編)
まぶたは下がり ショボショボと ドライとなって 痛みまぶしく


9月4日記事を追加しました。文字色が薄い青色になっています。



2004年(H16)、3、63
総合病院膠原病リューマチ内科N先生で最終シェングレン症候群のチェックを行い、唾液量が2.71gと少ないがシェングレン症候群ではないと再度確認されました。
ただ自分でも身体が乾燥しているのは分かっていました。年をとると、木が枯れるようにそうなるものかと思いました。
ゴルフ解説者が、僅差で優勝を決める選手の緊張を話していたのを思い出します。”もう、口の中はカラカラになって、唇をなめたり水を飲んだり、身体は動かなくなって・・・”まさにそんな乾燥を感じていました。

2004年4、63
眼科G先生から、両目とも傷がつくといわれました。
私が鍼灸師のI先生から、薬を使わないと指示されて薬量を減らしていたせいです。

2004年5、63
眼科G先生から、セルシンは眼瞼けいれんの原因になっているので、止めるように言われました。一方、ボトックス治療を薦められました。
この頃、ドライアイ用サングラスを特別注文しました。
眼の奥から後頭部にかけて痛みが続くようになっていました。眼瞼けいれんは右だけだったのが、何時からともなく両側になっていました。
眼科G先生、神経内科M先生および鍼灸師の3本立てで通い続けたが効果は全く見られなかった。
瞼は閉じる、ショボショボする、眩しい、痛い、乾く、眼が凝る(眼の奥の緊張感、ウズウズする不快感、気が滅入る不快感)、眼の奥から後頭部に至る頭痛などで悩まされた。日常的に首や肩のこるようになった。

体力的にも落ちていたので、健康回復すれば必ず治る、きっと1年で元に戻ると信じて毎日歩く、体操する、腰痛防止体操する、ゴルフに熱中する等を続けていました。

2004年5、63
健康診断で胃潰瘍で胃に穿孔があると言われました。
当時下痢が多く、腹痛も多かったのでヤッパリそうかと思う一方、これからどうしようと可なり深刻な気持ちでした。

2004年5、63
総合病院で胃の詳細な診察を受けた結果、胃潰瘍程度でそう心配ないとの判断でした。一件落着で取りあえず安心しました。

2004年5、63
雨で暗い散歩のとき、あまりに体調が悪いので通りがかった漢方薬局に入ってみました。血圧は150mmHg弱と通常の50%増と大変ショックをうけました。
じわじわと効く漢方も良いと思って、過去の経緯を説明し質問も受けました。その後体重計のようなもので計測して薬を出してくれました。
一週間分のカッコンカレイジュ(漢字ですが書けません)、を主体としてポリフロン(ドライアイ向けビタミンA)、ジンクロアイ(眼の栄養剤)、サービとしてレバコールS50mLを受け取ってかえりました。随分高価で8、000円位でした。
帰宅して服用したところ、すぐに効果がでました。あんなに下がっていた瞼が開きました。ところが、眼の奥の不快感は全く変わらないのです。眼はカッと開くのですが、不快感は却って激しく増すばかりで、眼は逆に興奮状態に入ってしまい。あの苦しさは忘れられません。
思わず薬局に電話をかけて、漢方薬らしくないのでおかしいと不満をぶつけました。
その後処方を変えながら試みましたが、高額な商品を買わされているような気がして止めました。

2004年(H16)、8、64
眼科G先生にお願いして、再度ツムラ麦門冬湯をいただきました。懸念された副作用の湿疹はありませんでした。1日3回です。

2004年(H16)、10、64
眼科G先生より、涙の量は健康な人の左1/2、右は1/4位との事でした。
この頃私の眼玉がコロコロと固い感じがすると申し上げたら、まだ高めだが非常に高いわけではないとの事でした。ただ、次回は眼の検査を行うことになりました。

2004年(H16)、11、64
総合病院神経内科M先生は待ち時間があまりにも長いので、近所の心療内科の開業医P先生にお願いしました。
処方はテグレトール錠100mg、2回/日、けいれんを抑えて興奮を鎮める薬
デプロメール25mg、2回/日、意欲低下を改善し、気分を落ち着かせる薬
一週間後に眼の緊張が緩んだ感じがあったので、どちらの薬が効いたか確かめることにした。
12月からテグレトールのテストした。

※ 眼科G先生から眼に傷が・・・・・
  この月は女房の誕生日祝い・・・・・
の部分は時期を間違えましたの訂正します。

この月は女房の誕生日祝いでレストランへ出かけました。普段は気楽に入れないのですが、奮発したわけです。会食後、きれいな海岸に出かけましたが、丁度西日が強くなる頃でした。濃いサングラスをかけても全く効果なく、眩しさに空だけでなくその場所に居ること自体が出来なくなりました。女房に助けて貰いながらバス通りを行くと、これまた狭くてバス1台通るのが精いっぱいです、ぼんやりすれば事故に巻き込まれそうな恐怖を感じながら停留所につきました。ゴルフ場でも西日が差すときはこんな感じになります。
しかし、この眩しさはちょと異常な経験でした。一人だったら、立ちすくむだけだったのではないかと思います。

2004年(H16)、12、64
眼科G先生から目に傷があるので薬を十分使うように指示されました。
眼底検査で左眼の視神経に気がかりな点があるので、来年眼底検査をすることになった。

2005年(H17)、1、64
心療内科P先生と相談してデプロメールのテストをしました。

2005年(H17)、1、64
眼科G先生にて
左眼視野検査の結果。
視野の上半分に上瞼が垂れ下り、視野を遮っている。
視野の左下30度の一部に、弱い光で見えない所がある。
視神経が心細くなっている。

眼圧測定
右21、左17mmHgで右眼圧が高い。

処方:デタントール0.01%点眼液、5mL、両眼とも朝夕12時間毎。効能は眼圧を下げる緑内障の治療薬。

大変ショックでした、一体自分の眼は何処まで悪くなるのか、視神経は回復するのか、失明してしまうのか。先を考えると不安一杯でした。友人が緑内障で大変不自由をしている事を知っていたので尚更でした。

この後日、夜眼が覚めると非常に痛く、白目の部分の血管が一本一本浮き上がって、白い部分全体が濁っていました。眼科G先生の代診の先生に予定外で診て頂きました。
特に病状は異常なく、G先生の後日の判断まで待つことになりました。

2005年(H17)、2、64
心療内科P先生。テグレトールを使うことにして、就寝前か起床時か最低限の使用量にするようテストをしてみることにした。


2005年(H17)、2、64
眼科G先生。
1日、眼圧右18、左15mmHg  14日、眼圧右22、左15mmHg
右眼の眼圧が再び上昇し始めた。
処方:右眼のみエイゾプト、1%点眼液、5mL、2回/日、
効能:眼圧を下げる、眼房水の産生を抑える。
この月を最後に鍼灸師I先生へ施術は終えました。効果が何も無かったからでした。(この行追加)

2005年(H17)、3、64
眼科G先生。
1日、眼圧右19、左15mmHg  28日、眼圧右16、左15mmHg
眼圧は正常範囲に戻った、エイゾプトを左眼に使っても良い、これからは月1回の通院で良い。
この時点で処方は次の5種類となった
ヒアレイン0.3%、4mL、1日6回、両眼
効能:ドライアイ等による眼障害、角膜障害の改善薬

タビリッド軟膏0.3%、3.5g、夜1回、両眼
効能:細菌を殺す働き

デタントール0.01%点眼液、5mL、朝晩1回、両眼
効能:眼圧を下げる、緑内障治療薬、

エイゾプト、1%点眼液、5mL、2回/日、両眼
効能:眼圧を下げる、眼房水の産生を抑える

ツムラ麦門冬湯エキス顆粒、126g、1日3回食前
効能:咳を抑え痰を切る薬です。気管支炎・喘息の薬です。
    ドライアイの症状を改善します。

(注)効能は処方箋薬局発行の薬の説明書によります。

2005年(H17)、4、64
眼科G先生
13日眼圧右17、左11mmHg、 
27日左眼上部に打撲のような痛みがあって診察を受ける。
ドラアイの傷が強いので、タビリッド軟膏を十分塗るようにと指導された。

2005年(H17)、5、64
眼科G先生
眼圧右16、左12mmHg
処方は継続した。

2005年(H17)、6、64
眼科G先生
眼圧右19、左12mmHg
処方は継続した。

2005年(H17)、6、64
健康診断実施

2005年(H17)、7、65
健康診断結果
γ−GTP 101>0〜70IU/ℓで要注意
肝臓の検査で、アルコール量と関係が深いと指摘された。
そんなに酒を飲んでいないんで、処方箋薬局で飲み薬で調べたところ、テグレトールとツムラ麦門冬湯エキスが関連することが分かった。
心療内科P先生と眼科G先生ともに影響することは承知でした。年寄りの私ですから、余計な負担を身体に掛けないように中止しました。ただ麦門冬湯エキスは微量で影響はないととのことでした。両方の薬とも殆ど効果を感じなくなっていたのも事実でした。
従って、診療内科P先生の治療は辞める事になり、眼科G先生のみの治療になりました。

2005年(H17)、7、65
眼科G先生
11日 眼圧右17、左11mHg  23日右13、左10mHg
経過を比較するとデーターがばらつくのは眼瞼けいれんのせいではないかとのことでした。
眼圧がかなり下がって眼が楽になったが、敏感な人は感じるとのことでした。

2005年(17)、8、65
眼科G先生
8日 眼圧右15、左13mmHg  
処方は継続しました。

2005年(H17)、9、65
眼科G先生
2日 眼圧右11、左10mmHg
眼圧は良好、処方も継続しました。
この頃には、眼の固さコロコロ感がなくなりました。これで緑内障への不安は無くなりました。

2005年(H17)、10、65
眼科G先生
7日 眼圧右13、左12mHg
眼圧は良好、処方は継続しています。
18日G先生にこの1年半位の様子をまとめて話ました。
@眼の奥から後頭部にへの頭痛と肩コリがなくなった。
A涙の乾き、唾液の量、身体の乾燥が少し良くなっている。
B眩しさとヒステリックに眼を閉じることはやや楽になっている。
C右眼の瞼が弛んで下がってしまい、視界の邪魔になる。先生は手術で治せるとのことでし  た。
D視野に糸くずのような物が見えることがあった。先生は眼底検査をするとのことでした。
E左眼の瞼の充血が続いている。
  等を報告しました。






2005年11、65
眼科G先生
9日
(1)この1年間で視力検査では変化がないようだが、実際2段階位悪くなったことを伝えました。
(2)瞼が下がって視界を遮るので、上瞼を短縮する手術について準備を伺いました。
事前の準備は不要、昼休みに手術する、手術後2日間眼帯をする、1週間後に抜糸する、
費用は3割負担で23,000円、片眼が治ったら反対側の眼を手術する、とのことでした。
(3)眼圧を下げる薬エイゾプトで出来るカスが睫毛や瞼の縁、瞼の裏側に残って邪魔になっていたので、代替眼薬トルソプトに替えた。
トルソプト点眼液1%、全5mℓ、両眼、3回/日、効能:眼圧を下げる
この薬はカスが出来ないのですが2回/日から3回/日に増えました。
(4)左眼を開くとき、異物が下から上へ移動して消える。いつも見えるわけではないか気付かない旨を話ました。後日検査。
薬の説明は処方箋薬局の説明書によります。

眼圧右14、左10mmHg
処方、ヒアレイン、デタントール、トルソプト

21日
眼底検査の結果:視神経が少し駄目になっているが、実害はない。
左眼に飛蚊症がある。老化現象で硝子体剥離おこしているが年をとれば白髪が出てくる程度で悪性ではない。

2005年12、65
眼科G先生
5日、眼圧良好、右13、左11mmHg

12日、右眼の瞼短縮手術を行った。老人性眼瞼下垂の手術となっていたが、止むを得ない診断名でしょう。
処方:ニコラーゼ錠10、10mg、全12錠、3回/日、毎食後4日分、 効能:炎症や腫れを抑える、痰の切れをよくする
セブンカプセル100mg、全12錠、3回/日、毎食後4日分、 効能:最近の感染を抑える
ポンタールカプセル 250mg、全2個、疼痛時1個/回、2回分
効能:炎症や痛み・熱を抑える
薬の説明は処方箋薬局の説明書によります。
17日抜糸
19日まで毎日消毒に通った。この間痛みが残ったが眼瞼けいれんは治った感じでした。
処方:ヒアレイン0.3%、
20〜26日で眼瞼けいれんは元に戻ってしまった。


2006年1、65
眼科G先生
眼圧:右16、左10で右の上昇が続く、左は良い
処方:ヒアレイン0.3%、デタントール、トルソフト

2006年、2、65
眼科G先生
1日眼圧右17、左10mmHg、
処方:ヒアレイン0.3%、デタントール、トルソフト
22日 処方:ヒアレイン0.3%、デタントール、トルソフト、タビリッド軟膏0.3%

27日左眼瞼の短縮手術を行った。
処方:右眼と同様

2006年、3、65
眼科G先生
3日間消毒、
6日抜糸
10日眼の調子がおかしくて、見て頂いたところ角膜に眼ヤニがくっついていたのをとりのぞいた。

以降毎月眼圧と角膜の傷のチェックを主体に視力検査をつづけました。
眼圧は右眼でも20mmHgに達することもなく推移しました。
処方もヒアレインミニ0.3%、タビリッド軟膏0.3%、デタントール、トルソフトを継続しました。



2006年、8、66
眼科G先生
眼鏡の右が合わなくなった。夏の陽射しが強くて眼の負担が大きい。自然とヒアレインミニの使用量が増えている。などを申し上げました。

この頃の日記には辛いのが当たり前の毎日ですから、そのようにいちいち書いてありません。酷ければ氷嚢で冷やすしか、出来る事はなかったのです。
それでも、ゴルフは続けていました。緊張するパットになると眼が閉じる、痛むでラインを読むなど出来ず、いい加減にやっていました。それでも人生のお付き合いを続けようと必死にやっていました。

健康診断の再検査で、大腸ポリープが発見され10月には入院して内視鏡手術を行った。このときの麻酔が気持よく、一時的に眼瞼けいれんが止まりました。本来の正常な眼はこんなにすっきりとしたものだったかを思い出しました。
麻酔はオスピタン35mgとのことでした。

2006年、10、66
遠近用の度付きサングラスをつくりました。透過率10%で夜間運転不適合でした。

2006年、11、66
年末に向かい、湿度が下がるにつれ角膜に傷が付く事が多くなりました。
特に治療法もなく、定期的に眼のチェックをして眼薬をつけるだけになってしまいました。
ボトックスが効かない以上我慢して凌ぐしかないと、生涯これで行くしかないと思っていました。インターネットでいろいろ捜すのですが、これと言った治療も見つかりませんでした。

2007年、1〜12、67
眼は悪い状態が連日続いていました。4月にインターネットで眼瞼・顔面けいれん友の会の存在をしり、6月には始めて同例会に出席しました。その後まもなく同委員会に入ってボランティアのお手伝いをしました。その中でもう1回ボトックス注射をしてみようと考えるようになりました。ダメ元でもやってみるかと。
私にとって、過去の2回で全く効果が無かったショックは大きくて、高価で効果の無い注射はしたくないと思っておりました。年金生活で生きてゆく残りの人生で無駄なお金を使える余裕など無いとも思っておりました。日常生活に多少危険はあるが、生死には関係無いので我慢できる位に考えていました。
今になって思いだすと良く我慢していたものだと思います。

2008年3、67
クラッチ眼鏡を採用したが、肝心の悪い状態には瞼を抑える力はなく殆ど実用になりませんでした。

眼科総合病院のQ先生に診察を受け、ボトックスの相談をしました。
日を替えて、前にボトックスの注射をしていただいたF先生の診断が下りボトックス注射をすることが決まりました。

2008年4、67
22日、Q先生にボトックス注射をしていただきました。このとき事は実に鮮明に記憶しています。なにしろ注射をし始めるや否や、眼が良くなって行くのを感じました。そんな馬鹿な事があるのか、前の2回は何だったのか、何ですぐ効き始めるのか、兎に角驚きと喜びで注射の痛さなどは忘れてしまいました。
後で友の会の方から、注射のショックで一時的に即効性がでる場合があるとききました。
帰宅は周囲の景色を見るのが嬉しくて、皇居や霞が関を通り新緑の日比谷公園にゆきました。このブログの見出しの写真はその時のものです。その後は新橋まで足を延ばしてから電車で帰りました。

以上がボトックス注射をするまでの経緯です。



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