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ボウリングのピン1本が残る感じ [2014年04月07日(Mon)]
この春に小学校2年生になる息子が、最近どういうわけかボウリングに興味を持ち出して、どうしてもボウリング場に行きたいというので連れて行った。
ボウリングなんて、もう10年も15年もやったことがなかったが、ガーターなしのファミリーレーンというほのぼのした場所で、子どもの方は、かなりボウリングの楽しみを味わっているようだった。
自分はというと、3レーンぐらい左の人たちが、次々とストライクを決めるプロ並みの雰囲気でプレーするのを横目にしながら、自分と子どものプレーのパターンのようなものを観察していた。

子どもの方は、まだ気持ちを落ち着けることが上手ではなく、ちょっとうまく行かないことがあったり、負けそうな点数になってくるとたちまち癇癪を起してしまい、ボールを雑に扱って落としてしまったり、ボールが曲がって端の方をかすめてボールが落っこちてしまってますます不機嫌になったり、といった、ある意味子どもらしい短気っぷりを示していた。時折短気ですぐに癇癪を起してしまう性格があるところを、ボウリングという競技はあたかも助長するかのようだった。

それに対して、自分によく起こったのが、とにかく、8ピンや9ピン倒しておきながら、1ピン必ずじっと居座るのが出てしまう、というパターン。これが本当に多かった。「パパのは必ず1個残るね〜!」と子どもが指摘するぐらいだ。

わりと当たっているところはいい場所で、全部倒れそうな気がするのに、前の方のピンは倒れても、右真ん中後ろあたりにあるピンが残る。そんなプレーが連続する。かといって、スペアがしょっちゅう出るほどのコントロールも持ち合わせていないので、2投目にはゼロを意味する「−」が記録される。

ボウリングでは、スペアやストライクを続けてとると、スコアがどんどん上乗せされて大きな点数になるが、1ピン残ると、まるでそうした恩恵にはあやかれない。この1ピンが残るかどうかというのは、勝負の大きな分かれ目なのだ。

癇癪を起こしやすい子どもの性格を表すかのような子どものプレーとともに、こうして、そこそこのいい線まで行きながら1ピン残してしまう自分のプレーも、なんだか、今の自分の状況を表しているような気がした。

最近の自分のメモ帳を見ると、やることのタスクがいろいろ並んでいるのだが、いつも何件か作業が残っている。別のページに新しくタスク一覧を書きだしてみると、また7割、8割ぐらいまではチェックが入るが、やはり、少し残る。その繰り返し。全部のタスクを消し去るというところまで行かない。

たかがボウリングなのに、そんなことまで考えなくてもいいのだろうが、過度に内省的になってしまうという時点で、ボウリングに向いていない精神状態だったのかもしれない。外に向けて何かを発信する、その合間には、時折こうした状態が訪れることもある。自分の周期のようなものと付き合っていくことも、長く活動を続けていくためには、大事であろう。
Posted by サービスグラント at 23:04 | 代表ブログ | この記事のURL | コメント(0) | トラックバック(0)
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