すぐやる本1「人間、考えすぎるから不自由になる」余語翠厳老師著 [2008年09月01日(Mon)]
拙著「すぐやる!技術」に最も欠けている部分を補って余りある本は、
これまで私が出会った師の中でも「最も大きな存在」であり続ける恩師、 大雄山最乗寺山主 故余語翠厳(よごすいがん)老師の一冊です。 ![]() 人間、考えすぎるから不自由になる 〜思い込みにとらわれない生き方〜 大和出版刊(絶版ただしamazonに中古あり) 今から十年以上前、偶然参加した最乗寺の夏期禅学会。 そこで余語老師の法話に触れて以来、 私の人生観も生き方も一変してしまいました。 一言で言うならば、大いに「楽」になったのです。 そして、前よりも安心して「見る前に跳ぶ」ことが できるようになりました。 |
なぜ、楽になったのか、安心できるようになったのか、
この本の扉には、こんな一節が引用されています。 「思い込み」にとらわれると、生きるのが窮屈になる 自分は、この夢の実現に命をかける、この仕事を必ずやり遂げる.... という信念や意気込みを持って生きるのはいい。しかしその夢は、 かなうことがすべてではない。かなわなくても、それでいいと考える のが本当だ。「確固たる信念をもって生きる」というと立派に聞こえ るが、実は、はた迷惑なもの。信念などつまらないものだ。 ひょっとしたら、自己実現志向が強く、やる気まんまん。 で自己啓発本を何十冊も読んでいるような方からすれば、 首をかしげたくなるような言葉かもしれません。 あなたの人生に無意義なことはひとつもない 人間の本源は絶対の自由者であり、本来、何者にもしばられること なく生きるものである。この世の中には「しなければならないこと」 などひとつもない。考え過ぎては不自由になるばかりだ。もっとラクに あるがままに生きよう 拙著「すぐやる技術」の数ある欠点の中でも最たるものは、 一見すると「誰もがすぐやるべき・すぐやる人になるべき」 という主張しているように見えることです。 もちろん、私はそんな偏った考えをしたこともなければ、 無理に「すぐやる」ように勧めているつもりもありません。 「すぐやりたい人がいれば、やったらいい」 「しかし、すぐやるからといって偉いわけでもない」 「すぐやりたいことがあるなら、やったらいい」 「しかし、すぐやりたい時もあれば、やりたくない時もあろう」 すぐやる人ばかりの世の中だったら せわしなくて争いも絶えないかもしれません。 どんな元気な人も、いつもすぐやっていたら 身も心も壊れてしまうでしょう。 ![]() 余語老師の本の表紙には、こうも書かれています。 人生には「正しい道」も「誤った道」もない 他人の評価にとらわれずに、のびのびと、 「自分らしい人生」を生きなさい。 言い換えるなら、「すぐやるべきだなどという本の 余計な勧めにとらわれずに、のびのびと生きなさい」 ということになるでしょう。 それでも、この不自由な「すぐやる技術」を書いたのは たまたま、明治大学商学部の講師を勤めた際に、 ベンチャービジネスの起業に興味がありながら、 すぐやることが苦手で自分を変えたいと思っている 学生を前にしたからです。 こうした気持ちのある人には「すぐやるのも一興」と 背中をちょっとだけ押しても、差し支えないと思ったのです。 しかし、安心して「見る前に跳ぶ」ことを望むなら、 余語老師の肩の力が抜けた言葉に触れていただきたいのです。 「良い悪い」で悩む心をゆったり解きほぐして 「自ら動こうとする心」ばかりでなく 「自ずと動いてしまう体」の声にも耳を傾け もっとラクに、あるがままに生きていこうと 私も思っているのです。 ▼人間、考えすぎるから不自由になる〜思い込みにとらわれない生き方〜 http://www.amazon.co.jpdp/4804713603/ 久米 信行拝 |