会場内で配られていたNGOのニュースレター「ECO」に、
「THANK YOU SOUTH AFRICA!」と題した
コラムが掲載されていました。
効率的な会場輸送、フレンドリーでテキパキとしたスタッフたち、
充分な数のコンピュータやミーティングルームを備えるとともに
気分をリフレッシュさせるアウトドアスペースがある会場など、
ホスト国である南アフリカの配慮に対する賞賛の記事です。
会議が長引いた8日の夜、
会場とホテル等を巡回するバスの運転手が
私たちの宿泊先のあるBALLITOの町を知らず、
江刺家さんが必死に道案内をするという
信じがたいハプニングがあったものの、概ね賛同できる内容です。

そうした会場のスタッフたちや
街角のボランティアのほとんどは黒人が占めているようでした。
わずか数日、見たことだけで即断することはできませんが、
白人が支配層の主流を占めているという
事前の私の思い込みとは異なり、
少なくとも、ダーバンでは、人口の多くを占める黒人たちにより
都市の運営や街づくりが進められているように思われました。
一方、宿泊先のあるダーバン郊外のBALLITOの町で感じたのは、
現代的な大型ショッピングセンター、
緩やかな起伏のある丘に点在する
緑豊かで広々とした敷地を持つ住宅など、生活の豊かさです。

しかし、日本と異なるのは、敷地のセキュリティの厳重さです。
電気を通した鉄線を張り巡らし、立ち入ることを拒絶しています。
開放的に見える緑の丘も、ところどころに「××Estate」というサインが掲げられ、
ほとんどは大手デベロッパーにより所有されているようです。
ショッピングセンター内のしゃれたカフェでは、
市の中心部では見かけることが少なかった
白人の親子が楽しそうに過ごしていました。
広大な敷地を持つ住宅に住んでいるのは、一握りの富裕層で、
その多くは白人なのかも知れません。

さて、COPの会場となったICCという施設の前に、
Kwa Muhle Museumという博物館があり、
CEDRIC NUNNという写真家による
ダーバン周辺はじめ南アフリカの“現在”
とくに貧困に焦点を当てた写真展が開催されていました。
そこには、我々の短い滞在では目にすることがなかった
貧困地区の住宅などの写真が展示され、
アパルトヘイト終了後も貧富の格差など
社会の矛盾は縮小していないとのキャプションがありました。

この博物館は、かつて、ダーバン市への人口流入を抑制するため、
労働者を選別する施設として使われていたそうです。
現在は、人種差別の歴史に関するアーカイブとしての機能と、
抑圧されてきた人々の誇りを取り戻すことを目的とした
展示等の施設として使われています。
高い失業率や治安の問題など様々な課題を抱えていると知りつつも、
ダーバンの人々について真っ先に思い浮かぶのは、
街角で見かけた、高校生と思しきCOPのボランティアたちの
明るくフレンドリーな笑顔です。
世界中から訪れた多くの政府関係者やマスコミ、NGOのメンバーが、
ダーバンに好印象を抱いたことは間違いありません。
彼ら若者は、それを誇りに思う資格があります。
ダーバンは海水浴を楽しめるビーチと貨物船や旅客船が停泊する
ノスタルジックな古い港を併せ持つ魅力的な町です。
今回はゆっくり見ることはできませんでしたが、
もし、次回、来る機会があるとすれば、彼ら若者の活躍により、
さらに素敵で安全な都市になっていれば良いなと思いました。