• もっと見る
特定非営利活動法人 プロジェクトK
『特定非営利活動法人 プロジェクトK』のBLOGです。
現在は、「健康」を柱に、子どもから大人までを対象に、いのちや身体についてのお話を通して、「生きる力」を育むサポートを行っています。
ここでは、活動予定や活動報告などを随時更新中です!
« スタッフのつぶやき☆ | Main
<< 2020年12月 >>
    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31    
カテゴリアーカイブ
最新記事
最新コメント
くるまや
忘れてはいけないこと (01/22) 特定非営利活動法人生活支援プロジェクトK
お盆休みのお知らせ (08/17) ほった
お盆休みのお知らせ (08/13) ほった
はしかみ保健室始めました。 (05/13) 孝道山 うつしかわ
写経を体験してきました! (10/09) りんこ♪
博多で活動報告してきました。 (09/19) はこちゃん
早く出て来い、ゴーヤの芽! (05/24) たきし
早く出て来い、ゴーヤの芽! (05/22) にしお
【定休日】のおしらせ (05/11) さいじょう
悲しみを繰り返さないために。 (04/11)
<ご支援ありがとうございます!>(順不同)
☆宮城県 匿名様 ☆東京都 伊藤様 ☆宮城県 鈴木様 ☆NPO法人 ウィメンズアイ様 ☆東京都 佐藤様 ☆宮城県 匿名様 ☆宮城県 中野様 ☆気仙沼市長磯原自治会シニア部様 ☆東京都 本橋様 ☆明石ホームケア協会様 ☆株式会社ラッシュジャパン様 ☆起生会 ほほえみの会様 ☆東京都 山脇様 ☆東京都 本田様 ☆東京都 中島様
階上の災害公営住宅が一部完成しました。[2015年05月04日(Mon)]
みなさん、こんにちは。
ナースMです。

ほんっとうに長い間ご無沙汰しておりました。

私事ですが、昨年12月に長男をぽこっと出産しました!
3月まで育児休暇をいただいて、完全復帰を目指しつつ4月から週に何度か出てきています。

新年度への切り替えでバタバタしていたり、久々の仕事でペースがつかめないこともあり、プロジェクトKのブログも滞っておりました。
4月は元スタッフの西尾さんの投稿だけだったし・・・。

気が付けばもう5月。
プロジェクトKや階上の動きをタイムリーに皆様にお伝えできるよう、がんばりたいと思います!

さてさて、今日は階上地区にできた災害公営住宅についてご報告です。
ほぼ1か月前になってしまいますが、4月の上旬に階上の長磯浜災害公営住宅の一部、平屋タイプの19戸が完成し、入居が始まりました。戸建てタイプの完成・入居は、気仙沼市内で初めてとなります。同時期に災害公営住宅の内覧会が開催されました。

P1070692.JPG

55u、65u、80uと3種類の広さの災害公営住宅が建てられたのですが、すべてのタイプを見ることができました。

P1070695.JPG

↑和室には、収納もついています。

P1070688.JPG

お風呂は仮設住宅のお風呂よりも大きくなり、追い炊き機能や手すりもついています。

P1070689.JPG

台所は、カツオなど大きな魚を丸ごとさばいたり処理できるように、流しが広い気仙沼仕様です。
仮設住宅の台所は狭い!という声をたくさん聞いてきたので、これはとてもいいなと思いました。

いきいき体操に参加してくださっている方の中にも、今回できた災害公営住宅に入居される方がいて、ちょうど内覧会の時におうちの中を見せていただいたりもしました。
仮設住宅で使っていた収納グッズなどの大きさが合わなかったり、照明やカーテンなどいろいろそろえなければならないものもあり、「大変よ〜。」とおっしゃっていましたが、仮設住宅をでてやっと新しい住宅に落ち着けるといううれしさが伝わってきました。

今年度中には、災害公営住宅や防災集団移転の造成が終わり、さらに多くの方が仮設を退去する予定です。住民のみなさんとこれまで作ってきたつながりを大事に、今後の生活で起こりうる問題や不安を少しでもキャッチできるように、今後も活動していきたいと思います!


3年ぶりの気仙沼訪問記![2015年04月18日(Sat)]
こんにちは!

以前、2011年10月〜2012年2月まで
プロジェクトKのスタッフとして活動していました、西尾です。
お久しぶりです!

IMG_3347.jpg

先日、3年ぶりに気仙沼に遊びにきて、
プロジェクトKでお世話になった方々と久しぶりの再会を果たしました。

少し古くなったトレーラーハウスでは、
さいじょーさん&ナースMさんが、相変わらずの素敵な笑顔で迎えてくれました。

「ただいま!」「おかえり!」と言い合える、
そんな温かさが階上の方々にもきっと安らぎを与えているのではないでしょうか。

さて、震災後4年を迎えた気仙沼、階上地域について
久しぶりに私の所感を投稿させていただきたいと思います。

===

3年ぶりに階上にきて、たくさんのことが変化したことを知りました。

あの頃、瓦礫がうず高く積み上げられていた海岸沿い。
今は瓦礫も焼却場も撤去され、台形に土が盛られ、整地され、新しい道ができ・・・
もはや、どこがどこだかわからないほどです。

国道では、土を担いだ大型トラックが列をなし、
海岸線では防潮堤の建設が進む。

震災後4年が経ち、これから新しい町ができていくのだと感じました。

IMG_3303.jpg
  (↑魚市場周辺に建設中の防潮堤)


人々の暮らしにも多くの変化があったようでした。

満員だった階上地域の仮設住宅からは
半分くらいの住民が退去し、新しい暮らしを始めようとしていました。

瓦礫の集積場だった場所には、戸建ての災害復興住宅が立ち並び、
自力で再建される方の土地も、造成が終わろうとしています。

(新しい住宅については、私がいた3年以上前から説明会等が開かれており
 「ようやくか、時間がかかったな」という気持ちもありますが
 今大切なのは、時間がかかったかどうかの評価ではなく
 これからどんな生活を始めるのか、という前向きな気持ちなのでしょう)


被災者の方々とも話をしました。
そこでも、私は大きな変化を感じました。

それは3年前と比べて、被災者の方々に
「次の一歩を踏み出す場所が見えている」のではないか、ということ。

もちろん悩みや心配は尽きないでしょうし、悲しみも癒えはしないでしょう。
法制度が変わり続け、住民が振り回されている現実も相変わらずです。

しかし、被災者の方々が語る言葉の中には
「確実な未来」が見える気がしました。

家を建てる土地が決まった、
数年間続けられる仕事が見つかった、
海産物の収穫が軌道にのってきた、
年末までには復興住宅に入れそうだ、、、etc

震災による影響が、時間の経過に比例して癒えていくわけではないと思いますが
それでも、時間が経過するというのはこういうことなのだ、と実感しました。

IMG_3329.jpg
 (↑階上では、イチゴのハウスが再建されていました!)

また、当時ともに自治会活動などに取り組んだ住民の方々を訪ね歩いていると、
多くの方々から
「仮設に移ってきたばかりで大変だった頃、
 プロジェクトKは一番最初から力になってくれたもの、
 忘れるわけないっちゃ〜!」と、笑顔で声をかけていただきました。

これも今後の生活に道筋が見えてきたからではないでしょうか。
笑顔で当時を振り返る方々を見ながら
笑って話せるようになって本当によかった、と思いました。
(もちろん、心中の複雑な思いまでくみ取ることはできませんが・・・)

===

「被災地を忘れない」「あの日を忘れない」
その気持ちは、とても大切だと思います。

でも被災者の方々は、あの日から確かに前進し、
気が付くと、同じ地平の遥か先の方を歩いているような気がします。

あえて言葉にするなら、
「被災地」で生きる「被災者」ではなく
被災した「地域」で生きる「住民」になった、と言えるかもしれません。

階上地域について言えば、そこにはプロジェクトKをはじめとして
地道な継続支援を続けた各団体の「縁の下の力」があったのではないでしょうか。

IMG_3344.jpg
  (↑住民の方が描いたW在りし日のふるさとW)

===

3年前、気仙沼の人が仰っていたことで、とても印象に残っていることがあります。

「マラソンに例えるなら、42.195キロを走るのは、われわれ市民。
 でも、疲れたとき、つらい気持ちになったとき、
 沿道で声援を送ってくれる人、給水所やゴールで待っていてくれる人がいると思えば頑張れる。
 支援者は、そういう存在だと思う」

( ↑うろ覚えです。)

過不足のないサポートとは何か。
私も支援者の1人として、今後、被災地から遠く離れた場所で
どんな風に支援していくことができるのか、考えていきたいと思いました。

気仙沼の、そして階上の人々に、
笑顔で過ごせる時間がどんどん増えていきますように。


2015年4月
元プロジェクトKスタッフ 看護師 西尾浩美


追伸。
 自宅に帰った後、住民の方に頂いた気仙沼のとれたて昆布で、しゃぶしゃぶをしました!
 (わかめのように見えますが、赤ちゃん昆布だそうです)

IMG_3379.jpg

 左が、お湯に投入する前。右が投入した後。
 鮮やかな緑に変わる、あの瞬間がたまりません!
 もちろん、味も歯ごたえも最高ですよ〜。(回し者ではありません。笑)
南郷地区に高層ビル現る[2014年10月16日(Thu)]
南郷地区に高層ビル現る

気仙沼市の中央を流れる大川を北上していくと、川沿いには桜の木が立ち並び、向こう岸には南気仙沼小学校がありました。周辺は閑静な住宅街でアパートなども多かったと思います。南気仙沼小学校はPTA活動が盛んで、おやじの会というお父さん方が参加する会があり親睦が深められていました。現在南気仙沼小学校は、気仙沼小学校に統合されていますが、その跡地を利用して平成25年11月から南郷地区災害公営住宅の建設工事が進められています。

公営住宅南郷.jpg
遠くから見てもかなり大きいなあと感じます。それは気仙沼に10階建てのビルが出現したのが今回が初めてだからでしょう。

NCM_0557 (2).JPG
近くで見るとより圧巻です。
もし、震災がなかったら・・・と今更ながら考えてしまいます。
10階建てが2棟と6階建てが1棟の合計165世帯が住むことになります。早い人では27年1月に、遅い人でも3月には全員が入居できることになっています。
敷地内には集会所があります。また1階が駐車場になっています。

NCM_0561 (2).JPG
気仙沼市で初めて完成する災害公営住宅です。
この住宅で皆さんがやっと落ち着いた生活を取り戻すことが出来ますように・・・。

                           さいじょー

災害公営住宅の受付開始![2014年10月01日(Wed)]
みなさん、こんにちは。
ナースMです。

いよいよ10月に入りましたね。
はしかみ交流広場の周りの田んぼでは黄金色の穂が実り、だんだんと稲刈りが進んでいます。
あぁ、秋だなぁと感じつつ、新米がとても楽しみな今日この頃です。

今日の三陸新報によると、階上地区の災害公営住宅の入居本申し込みの受付が、本日より始まったそうです。

階上地区では、一戸建てタイプ87戸、長屋タイプ19戸の計106戸の建設が予定されています。当初は75戸の予定でしたが、仮申し込みの時点で希望者が予定数を上回ったため、新たに増やし、土地の確保が進められました。

そのため、完成後の入居開始時期は同じ階上でも早い方では平成27年3月、遅い方だと平成27年12月の予定です。
今後、部屋割りの抽選会や入居者説明会が予定されているそうです。

市内では、南郷地区に続き2番目に早いのですが、入居予定のみなさんからすれば、「やっと!」という思いが強いと思います。
来年は住民の皆さんにとって、大きな動きのある年になると思います。

私たちも地区のいろいろな動きにアンテナを張り、住民の皆さんが悩んだり困ったことに少しでもお役にたてるようにしたいと思います。

「ツール・ド・東北」を支えたエプロン隊![2014年09月21日(Sun)]
みなさん、こんにちは。
ナースMです。

ここ数日、秋晴れの気持ちの良い天候が続いている気仙沼です。
風もカラッとしていて、さわやかです。

しかし、確実に朝晩の気温が下がってきて、日も短くなってますね・・・。
またあの冬がやってくると思うと、何とも寂しい気持ちになります。

さてさて、1週間前の話になりますが、先週の日曜日に「ツール・ド・東北」という大きなイベントが開催されました。
石巻から、女川や雄勝までの数十qから気仙沼までの往復220qまで、全国から集まった自転車好きの方々が走り抜けるというイベントです。

ところどころに休憩所が設置されたのですが、事務所の近くにある階上小学校もその一つでした。
各休憩所で、地元のものを使った食事が提供されたのですが、階上小学校では、以前プロジェクトKの郷土料理のイベントで大変お世話になった階上地区食生活改善講座のお母さん方が担当でした。これには婦人会や公民館スタッフも総出で協力し、プロジェクトKからもさいじょーさんがお手伝いに参加しました。

前日の土曜日の朝からさんまを150匹ほどさばいて煮て、当日は何と!朝の4時半から集まって500人分のおにぎりを握ったそうです。
手の皮がはがれそうな感じですが、お母さん方は朝から選手の皆さんのためにおにぎりを握り続け、9時半には出来上がり、小学校へ運び込まれました。

石巻を朝5時半に出発した選手の皆さんは、一番早い方で9時半ごろには階上を通過していきました。

P1060874.JPG

沿道には近所の方々が出てきて、続々と走ってくる選手のみなさんを旗を振りながら応援しました。朝早くからの大仕事をやり終えた食生活改善講座のお母さん方もピンクのエプロンをつけたまま、沿道から「がんばってー!!」と大きな声で応援していました。
お母さん方は、疲れも見せず、とても清々しい表情で応援されていたのが印象的でした。

選手の皆さんは、小学校でお母さん方の愛情たっぷりのお弁当を食べてエネルギーを補給し、気仙沼市内を折り返して石巻へ帰っていきました。

220qの距離を自転車で走り切った選手のみなさんと、ピンクのエプロン隊に大きな拍手を送りたいと思います!
イチゴ栽培が復活しました〜。[2014年09月07日(Sun)]
階上地区は、昔からイチゴ栽培が盛んな地域です。
40年程前にこれからの農業は新しい作付けが必要という高い意識をもって一部の農家が立ち上がり、勉強会や視察や実習を繰り返してきました。
そしてやっと階上地区の特産物と言われるほどになりました。

ところがあの震災により多くのイチゴハウスが倒壊して、その後は山間部に残った数軒の農家でしか栽培できなくなりました。
またイチゴハウスの資材等にはかなりの経費がかかり、以前の経費のローンを返済しつつ、また新たにハウスを作ることは二重ローンとなり大変なことです。
農家の高齢化であったり、次の担い手がいなかったり、震災でご家族を失い、イチゴ栽培をあきらめた方もいます。

しかしその中で、当初からのイチゴ栽培の中心的役割を担ってきたSさんは、いつかはまたイチゴ栽培をやりたいという強い思いで3年半を過ごし、やっと再開できたのです。
今日はイチゴハウスで苗を植える日だという連絡を頂いたので、私達は見学をさせて頂く事にしました。

P1060837.JPG

田んぼの間に見える白い大きなビニールハウスで佐藤さんは20センチほど成長した苗を運んでいました。

P1060834.JPG

この日がやっと訪れてどんなにうれしかったことでしょう。
彼のお話しをずっと聞いてきた私達も感激しました。

P1060835.JPG

広い室内は昔のやり方とは違い、水耕栽培と言ってヤシがらを混ぜた栄養豊富な土をパイプを半分に割ったような細長い容器に入れて、その上には細いホースが連なり、自動で散水するのだそうです。その容器が胸の高さでハウスいっぱいに並んでいます。
また日照や温度に特に敏感なイチゴなだけに、室内温度を保つために気象を感知して窓の開閉やビニールの開閉、ファンを回したりすべてが自動で行われるというハイテクなハウスでした。

P1060836.JPG

順調に育てば11月には待望の赤い甘い実が沢山実ることでしょう。
復興ではなく、再生でもなく、Sさんの新たな挑戦をプロジェクトKは今後も見守っていきたいと思います。
                               さいじょー
対岸からの気仙沼の風景[2014年08月31日(Sun)]
ご無沙汰しています。さいじょーです。

今日は早朝から所用で鹿折におりました。
鹿折といっても広いのですが、私が立っている所はその中の大浦地区というところです。
ちょうど魚市場の対岸になります。

東日本大震災の時には、沿岸の多くの家と住民が犠牲になり、鹿折大橋が寸断され、大浦地区の住民は孤立してしまいました。
さらに追い打ちをかけるように海に流れた油に火がつき、岬の松の木に燃え移り、そのまま山側へと燃え広がり、住民はさらに山の奥へ奥へと追いやられたそうです。
小雪の舞う寒い日でした。
人びとはもはや生き延びれないのではないかと覚悟したそうです。

そういうお話を思い出しながら
造船所や大浦漁港、浦島小学校付近に車を走らせました。
初めて訪れた人はきっと以前からあまり変わらない風景だと思うかもしれません。
でもそこかしこに大きな爪痕が残っているのです。

NCM_0429.JPG

岬の松の木は松の葉を燃やされながらも木自体は生き残っていました。

NCM_0433.JPG

造船所にはあの共徳丸のような大きな船がドック入りしていました。

NCM_0434.JPG

漁港は大分地盤沈下して海が内陸に迫ってきていました。
被災した民家は撤去されたり、修繕したり、またあらたな家やアパートが建ったりしていました。

知り合いの農家の田んぼには青々とした稲が育っていて、なんだかほっとしました。
そこの田んぼにはあの当時、車や船の破片、漁具や大木などが流れ着き、何日も手作業でガレキ撤去をしましたが。海水を被っただけでなく、細かな破片を手で拾わなければならず、当時大学生のボランティアさんに人海戦術で助けられました。でもこんなに荒れた田んぼがこの先再生するのには何年もかかるだろうと思っていたのです。

でも以前の生活の一部ではあるけれど、取り戻して作付けが出来たことはとてもうれしいことでした。
こうして少しずつ希望の種があちこちで実を結び、皆をもっともっと元気にしてほしいと思いました。
復活!海の市。[2014年08月20日(Wed)]
みなさん、こんにちは。
ナースMです。

気仙沼はお盆辺りは天気が悪く涼しかったのですが、昨日から暑さが戻ってきて、今日も30度近くまで気温が上がっています。
涼しいと「夏が短くて寂しい!」と思うし、暑いと「暑い!早く涼しくならないかなぁ。」と思い、何とも勝手な考えを反省しております。

さて今日は、7月19日にリニューアルオープンした気仙沼海の市を紹介したいと思います。

気仙沼海の市とシャークミュージアムは、震災前からあった施設で、2011年3月の震災で被災してしまいましたが、気仙沼の観光名所の一つだったということで、今回完全復活しました。

P1060669.JPG

1階は、気仙沼港で水揚げされたお魚や、加工商品、お菓子などのお土産品などがたくさん並んでいました。

P1060672.JPG

また、海鮮ものを扱う飲食店もあり、ちょっと小腹がすいた時に手軽に食べられるアイスや天ぷ、コロッケなども売っていました。

P1060671.JPG

2階に上がると、シャークミュージアムがあります。
ここでは、サメに関する展示のほかに、震災当時の映像なども公開されているそうです。
今では、気仙沼の街中で震災当時の様子を表すものはほとんどなくなってしまったので、その時の様子を知りたい方には一見の価値があるかもしれません。

P1060673.JPG

そして、その隣には気仙沼の観光協会のインフォメーションセンターがあり、ホヤぼーやがお出迎えしてくれます。

P1060674.JPG

ここでいろいろな情報を得ることもできます。

また、2階の通路を渡っていくと、隣にある魚市場に行けます。
見学者専用の通路を通って、市場の様子を見下ろすことができます。

P1060685.JPG

私たちは午後に行ったのですが、水揚げされたカツオがどんどん重さ別に箱詰めされ、ここから全国に運ばれていく様子が見学できました。
午前中ならもっと活気のある市場の様子が見学できるかもしれませんね。

どんどん見どころが復活している気仙沼。
これから初めて訪れる方も、リピーターの方も楽しめるのではないでしょうか?
ぜひぜひお越しくださいね。


気仙沼の災害公営住宅整備事業[2014年06月29日(Sun)]
みなさん、こんにちは。
ナースMです。

梅雨の中休みで気持ちのいい天気が数日続きましたが、昨日からまた雨・・・。
今日も朝からしとしと降り続け、すっきりしないお天気です。

さて、以前ブログを読んでくださっている方より、プロジェクトKの活動以外に気仙沼の街の様子、復興の進み具合も教えてほしい、という声をいただいたので、今日は災害公営住宅の整備状況についてちょっとご紹介したいと思います。

気仙沼市の災害公営住宅の整備は、今市内各地で進んでいますが、まだ土地の造成段階のところがほとんどです。
市としては平成28年3月までに全地区の完成、入居を目指してきたところですが、地区によっては建設予定地の土地の取得に時間がかかったりしたことで、遅れが出てきているところがあります。

先日、地元紙や市の広報でも全体計画を再検討した結果が出ました。
約6割はほぼ予定通りに完成する見込みですが、約4割については、完成・入居が遅れる見込みになったそうです。
完成・入居の遅れは3か月から1年、最大1年2か月というところもあるそうです。
早く仮設を出て恒久住宅に入りたいと待っている住民の方々にとって、1年の遅れというのは、さらに大きな不安やストレスになっているのではないかと思います。

私たちが活動をしている階上地区でも、106戸分の建設が予定されていますが、ここは当初の予定通りで、第1段階では平成27年3月、追加分も平成27年12月には完成・入居予定となるようです。

先日、建設予定地に行ってみてきたのですが、何やら深く掘って基礎を作っていました。これは災害公営住宅になるのか、集会場や別の建物になるのかはわかりませんが、工事が着々とおこなわれているようでした。

P1060546.JPG

道を挟んで反対側には、防災集団移転の整備が行われていました。

P1060545.JPG

以前見に行った時よりも、盛り土が整い、側溝用のブロックなども積んでありました。

P1060544.JPG

こちらは、ちょうど1年後の平成27年6月ごろに引き渡し予定だそうです。
そのあと、この辺りにも次々と家が建っていくのでしょう。

まさに一つの街が出来上がるのだなぁと実感しました。
また、折を見て進捗状況をご報告したいと思います。

事務局では、皆様からの「こんな記事が読みたい!」「気仙沼のこんなところが知りたい!」というご意見もお待ちしております!コメントやメールでどしどし送ってくださいませ。

プロフィール

特定非営利活動法人プロジェクトKさんの画像
特定非営利活動法人プロジェクトK
プロフィール
ブログ
リンク集
https://blog.canpan.info/sspk/index1_0.rdf
https://blog.canpan.info/sspk/index2_0.xml