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怒涛の2月3月を越えて [2026年04月05日(Sun)]

この2月〜3月、おそらく最もチャレンジな状況でした。

2/6-7パリ滞在
2/8-12 モーリシャス出張:西インド洋・アフリカ島嶼国地域対話
2/13-18 サモア出張:太平洋科学アカデミー第1回総会
2/18 NZ滞在
(2/19 東京1泊)
2/20沖縄出張:沖縄環太平洋国際映画祭
2/21 鳥羽出張:地域密着型エコツーリズム笹川モデルの鳥羽インターンシップ研修
2/22-23ポンペイ出張:海上保安庁モバイルコーポレーションチームによる現地訓練
2/24 グアム1泊
2/25 ホノルル出張:安全保障関連会議
2/26 グアム1泊
2/27-3/1 沖縄出張:沖縄環太平洋国際映画祭

出張ではそれぞれロジや発表準備などもしながらとなりますが、この出張期間に、同時に3月の5日間にわたる3つの会議の準備、特に合計60名の招へいを含む、ロジ、サブロジ、サブの作業を実施し、移動中も作業を続け、平均4時間程度の睡眠時間という状況でした。

3/1に無事東京に戻り、その週末から始まる招へい者受け入れ準備、翌週の会議準備などに追われ、いよいよ会議開始。招聘者は、インド洋島嶼国、カリブ海諸国、太平洋島嶼国から各20名、国内の太平洋島嶼国出身留学生27名(うち11名がFLOWERS、Global Synergyに参加)、外部専門家10名。

3/9 太平洋島嶼国若手実務者フォーラム(東京)
3/10-11 FLOWERSミーティング(東京)
3/12-13 Island Nations Global Synergy Meeting(東京)

これらの会議は若手実務者を含む、実務者レベルによる議論をじっくりと行うものとしたため、ライブストリーミングや一般の参加者を受け付けないものとしました。しかし、映像記録を残しており、後日ユーチューブで配信する予定です。現在、編集作業に入っています。会議の結果についてもまとめ何らかの形で公開する予定です。大変面白い議論となりましたので公開までお待ちください。

3/14には招聘者とともに東京バスツアーで浅草、お台場、東京タワーを回りました。

そして、3/15から3/22がラパヌイ(イースター島)出張:イースター島映画祭協力。ヒューストン、チリ(サンティアゴ)経由で、乗り継げない可能性も発生しましたが、無事完了。大変勉強になり、オーストロネシア文化の広がりについて理解が広がりました。

3/22に帰国し、3/23に重要な会議。その日からは年度締めの作業に従事しましたが、時差ボケ対応と疲労回復のため、スピードを落としました。

その中で、嬉しい話も2つありました。

1つは、ニューカレドニアについて1章書かせていただいた書籍の完成・出版
「フランス語圏を知るための61章」
https://amzn.asia/d/0fJ8fN5Z

岩崎先生、小島先生のもとに、総勢55名の専門家が集まり、それぞれ執筆を担当しました。このようなプロジェクトに参加させていただくのは初めてであり、大変光栄でした。

もう1つは、グアム大学太平洋島嶼安全保障センター(PCIS)年次報告書の完成。私は昨年5月頃の対話会議に参加し、10月におこがましいですが日本の視点によるミクロネシア地域安全保障とミクロネシア諸国に期待する役割などについてまとめたものが掲載されています。
https://static1.squarespace.com/static/6991f4c0084726683b7f752c/t/69c14f97a969a849de9013ca/1774276504959/PCIS+Annual+Review+2025.pdf

4月に入り、体調もようやく回復し、年度締めの作業と年度初めの作業を鋭意進めています。

最大の難関であり、2月3月のほとんど不可能だった日程を無事クリアできたことで、私の方も許容量が多少広がった気がします。

4月5月も忙しくなりますが、頑張りましょう。
調子が良いのか悪いのか [2026年04月16日(Thu)]

4/14に7〜8年ぶりに会った人と飲み、その流れで1人で行きつけのバーに駆け込み、4時過ぎに帰宅。
4/15から出張のため、8時に起きて準備しつつも、自己反省モード。いくつになっても変わらないが、今回はもうダメかと思いました。

午後3時過ぎに空港に向かい、久しぶりの出張なのでちょっとぎごちない感じでしたが、夕方には食欲も戻り、いろいろ仕事しながら搭乗時刻。

深夜便なので寝て起きて寝てでトランジット。ラウンジでシャワーを浴びて整え、3時間あったので、プレゼン資料作りやさまざまな対応。

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来週以降の日程に変更があり、フライト情報を何度も調べて、最もまとまった仕事時間を確保できるものを選択。

それで午後10時にホテルにチェックイン。荷解きをして、明日からの活動準備。今回逃したら半年以上、機会を作れない状況でした。

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腹が減るくらいなので、体調はまずまず。
明日からうまくいきますように。
サモア・レペア村 2026年4月17日 [2026年04月18日(Sat)]

サモアで2018年以来ドアをたたき続けて、やっと1つの村が手を挙げてくれました。
アピア市内のレペア村。空港からアピア市内に向かう最後のあたりで青い屋根のファレが輪をつくっているあの村です。

今年の2月から偶然が重なり実現しました。

無知の強いところで、その村はサモアの伝統的な4大首長のタイトルを持ち、1962の独立前の平和的な独立運動のマオ運動に関わり、初代首相やフィアメ・ナオミ・マタアファ首相が生まれ育った場所。

政治的には伝統的権威が多い現在の野党HRPP側。普段平民は話もできないし、同じフロアで会うことができない4大首長の1人であるファウムイナ首長が村の皆さんとずっと一緒にワークショップなどに参加していただけました。
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ちょうど、数日前に3500年前ごろに始まったといわれる台湾からのオーストロネシア語族の人々の移動、1000年ほど前のイースター島までの移動の話をまとめていたので、いろいろと発見がありました。

ポリネシア文化とミクロネシアは言葉は大きく異なりますが、伝統社会の構造や様式が近い。おそらく根っこの部分に共通するものがあるのだと思います。以前よりもその近さがわかりました。

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今日はパパセエアで、いろいろ話を聞きました。その話も不思議で、精霊と今の人たちの実際の話。

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時間と予算の制約の中で、どこまでできるのかプレッシャーなのだけれども、託された思いに誠実にできるだけ対応したい。
予定では [2026年04月19日(Sun)]

予定では4/18夜10時前にサモアのアピアを出て、4/19午前1時過ぎにNZオークランド着。
次が午前10時頃のフライト、アピアで通しでチェックインできるので空港近くのホテルで朝7時過ぎまで寝て、8時30分頃チェックアウトすればよいというものでした。

出発時刻は20分程度遅れましたが、到着が午前2時過ぎ。何か到着ゲートが違うだのイミグレ要員がいないだので2時半過ぎまで降ろしてもらえず、やっとこさ降りていつもと違うイミグレと税関を通り、入国。でも何か違う。シドニーとかブリスベンとか記憶が混ざりつつ、リノベーションしてるから変わったんだなと。

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で、ホテルについてチェックインしようとするといつもと違う。フロントの人に「自分は今どこにいるのだ?」と聞くと「クライストチャーチ」。

オークランドの天候が悪かったため、クライストチャーチに代替着陸してました。

空港に戻り、地上職員に聞くと、あっちでオークランド行きの手続きして、といわれカウンターに行くも、4時くらいまで開かない。まだ3時。

聞いてみると成田までスルーだった預け入れ荷物もピックアップしなければならず、空港職員に説明して荷物を取り、もう一度税関を通る。

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4時半過ぎにカウンターで手続きを始めたものの、国内線〜国際線の乗り継ぎで、バゲージスルーでないと間に合わない日程だったので、スペシャル何とかデスクに移動させられ、カウンターのお姉さんと(朝から大変そうだったので)冗談を言いながら、チケット再発行。すでに5時過ぎ。

荷物を預けて、6時半発のクライストチャーチ〜オークランド便に乗る。

8時半頃につき、国際線ターミナルまで15分歩いて、普通に間に合いました。国際線ターミナルに着いた時刻が、ホテルに泊まる予定だった時間と同じで、ここで追いついた形。ニュージーランド航空ありがとうございました。

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セキュリティを通り、NZ航空ラウンジでシャワーを浴びて整えて、搭乗口へ移動。まさか帰りも空港でシャワーを浴びるとは。

同じ境遇でオークランドまで移動した人が100人以上いて、その中にはお年寄りも小さなお子さんもいました。みんな徹夜。でも誰1人文句も言わずに、しょうがないよねと。みなさん忍耐強いです。

結局、クライストチャーチ〜オークランド便で30分、オークランド〜成田便で30分寝ただけで、宿題に取り組んでいます。

明日からも綱渡りの日程なのだけれど、どこまで行けるでしょうか。
次の出張 [2026年04月20日(Mon)]

前々日、土曜、サモアのレペア村で、苦手な編み物体験をし、
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夜にサモアをたち、オークランドに向かうが空港出てみるとそこはクライストチャーチ。

結局、徹夜で手続きと乗り継ぎ。帰国便は予定通り。睡眠時間を削っただけ。成田に昨日の午後6時過ぎ到着。

帰宅が夜9時半。荷解き、荷造り、洗濯、炊飯、風呂。12時頃就寝。

今朝5時過ぎ起床。急ぎの仕事があり、取りかかり始めつつ、風呂、おにぎり握る、朝食、神棚を整えて、6時半頃出発。荷物が多いのでタクシーで財団へ。

移動中仕事をし、7時頃財団着。何も言っていないのに仲間のマイケル、デボンも合流。9時20分に急ぎの仕事を終わらせて、9時半から来客対応。海外から来た偉い人。11時前に中座し、タクシーをつかまえて羽田へ。午後1時過ぎのフライト。十分間に合いました。計算どおり。移動中も仕事さくさくと。

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そのため着替えるまもなく、台湾へ。機内でプレゼン資料を作り終え、手書きで資料作成準備。

電車の出発まで2時間あり、コーヒーショップで適当に頼んだら美味しいアップルパイ。スマホで仕事。主にメール対応。

電車も無事乗ることができ、移動中も宿題に取りかかりながら、そんなこんなで夜9時半。今日の宿につきました。

このあと、少し休んでから、宿題を仕上げます。
花蓮(台湾) [2026年04月29日(Wed)]

4/20午後台北松山空港着、国内便の手配を失念していたため、タクシーで台北駅へ。
2時間カフェで仕事し、電車で花蓮に移動、夜9時にホテル着。

今回は台湾ICDFによるエコツーリズム研修に講師として招かれました。

4/21午前は必要な作業があったため部屋で仕事し(実は昨晩到着後3時間ほど寝て、午前2時過ぎからずっと仕事していた)、午後に東華大学で講義の形でパラオとサモアでの取り組みを紹介し、その後意見交換を行いました。大体2時間半。

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参加者は太平洋島嶼国はおらず、タイ、インドネシア、グアテマラ、ベリーズ、セントルシア、セントビンセント及びグレナディーン諸島、エクアドル、パラグアイ、アルゼンチン、エスワティニの観光省職員など。

パラオの特殊な状況に気付かされましたが、特にベリーズ、セントルシア、セントビンセント及びグレナディーン諸島、エクアドルの参加者が熱心に自国の課題について相談してくれ、それなりに濃い時間になりました。

花蓮には有名なスタバがあるということで、ちょっと立ち寄り。

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夜は前にEASTWEST Center繋がりで太平洋島嶼国の安全保障関係の議論をしたチェンチェンという研究者と数年ぶりに対面で再会、台湾ICDFのアントニオと共に夕食を摂りました。

アントニオもそうなんだけれど、漢字名と英語名が全く一致しないので、例えばメールなど苦労します。1人につき2つ覚えなければならないのだけど、結局覚えられない。
花蓮(台湾)2 [2026年04月29日(Wed)]

4/22は朝から別業務を部屋で行い、11時に宿を出て東華大学で合流、先住民(現地では原住民)アミ族の文化ツアーに参加しました。
花蓮は昨年11月に訪問する予定でしたが、大雨洪水で移動できず宜蘭でワークショップを行って終わり。今回ようやく実現。

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野菜がうまい。特にシダ植物。

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この石を熱して使う調理法は、数千年前から伝わるもの。ちょうど前の週にサモアでウムを体験してきたので共通性を感じました。

ベリーズの参加者のキシャナは、先住民のマヤの人々が同じ調理法を行っていると話していました。

その後、5時半に花蓮駅に到着し、電車で台北駅へ。自分は彼らと別れ、桃園空港近くのホテルまで移動、仕事をして、午前1時就寝。
パラオ [2026年04月29日(Wed)]

4/23 午前10時台のフライトでパラオへ移動。
途中、ウィップス大統領の父スランゲル・ウィップス・シニアさんが前日午後に逝去したとの情報があり、現地に確認しつつ、午後3時過ぎにパラオ着。

ホテルに移動、オンライン会議を2件行ったのち、夕食会議で現地日程の再調整を進めました。

翌24日は7年ぶりにアイメリーク州でパイロットツアー。7年前の話が維持されており、資源は新たな発掘が進められていました。前回まで教えていた人は7年前にいなくなったためガイディングには難があり、ここが修正ポイント。

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Do not spit ではなく、Spit wisely