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パラオ太平洋島嶼地域対話初日 [2025年12月01日(Mon)]

今日12/1、朝8:30からグローバルシナジープロジェクトにおける太平洋島嶼地域対話が始まりました。
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サモア、トンガ、フィジー、バヌアツ、パプアニューギニア、ナウル、マーシャル、ミクロネシア連邦から、政府職員、学術関係者、NGO職員、民間起業家ら17名がパラオに集まり、パラオの関係者が参加して議論が進められました。

今日のセッションは、レジリエンス、伝統文化・自然の保護、安全保障・安全がテーマで、パラオからはヴィクター農業漁業環境大臣、メトゥール人材文化観光開発大臣、法務省海洋法執行部、財務省、外務省、ジャーナリストのカンベスさんなどが参加しました。

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フィジー政府のレンバさん

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マーシャルNGOのタダシ・キヨシ(本名、漫才ではない)

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メトゥール大臣

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ミクロネシア連邦ポンペイ州職員のジャスミン

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サモア国立大のラトゥさん(左)とPNG起業家のアネット

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ナウル政府職員のシラーさん

ニウエからジンナムさんを呼んでいたのですが、先日のA320の問題でフライトがキャンセルされ断念。

ソロモンからも呼んでいましたが、ビザの問題で確実なフライトが見つからず断念しました。

今回のイベントは昨年7月の太平洋島嶼国ウィークスのフォローアップにもなり、今後来年3月、6月のイベント、8月のパラオにおけるPIFサミットにも繋がる性格を持っています。

北と南の人たちを繋げることにも価値があると思います。


とはいえ、11/26深夜にパラオに入り、4日間、朝8時台〜夜9時のワークショップ+映画祭を続け、今朝8時半からだったので午前6時前に起床しましたが、けっこう体に来ています。

そのため今日は夕食会議を8時で切り上げ休むことにしました。

でも今日、映画制作ワークショップについて東盛あいかさんが書いてくれました。

こういうことがあると、もう少し頑張れます。
余興 [2025年12月07日(Sun)]

12/5-6, 熱海での社員旅行に参加しました。幹事グループの一員でした。

財団役職員は、役員と研究員はあちこち飛び回り、管理部門、事務職は基本的にオフィスで専門的な業務に従事しており、縦にも横にも交流できる機会が少なく、この年1回の昭和の雰囲気を持つ旅行は大変貴重な機会です。

コロナの時期を除き、7〜8年続いていると思いますが、昨年初めて余興でギターを持ち込んで歌いました。

ほぼ20年、あまりギターを弾く気も人前で歌う気もなかったのですが、昨年11月のフィジーでの世界開発会議に参加して、若い招聘者とわらわらしていたときにギターを触ってから、気持ちが少し変わりました。

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昨年は思い出した昔作った曲「おだやかな午後のひととき」を半分の長さで歌い、その後、少しずつ昔の歌を思い出し、赤坂のギターが弾けるバーに職員仲間と2回行ったりしました。。前回は8月か。

今回の社員旅行では、昨年ギターの音がちゃんと聴こえなかったので、小さなアンプも持って参加。

歌は30年前に作って、おそらく一度も人前で歌ったことのない「ときには捨てる勇気も必要さ」というタイトルをつけた歌を歌いました。9月ごろから頭に流れ始めて、最近やっと全部思い出したもの。

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終わると、なんと、もう一曲とのありがたい声をいただき、2曲目は佐野元春の「国のための準備」。人前で歌ったことも演奏したこともない曲ですが、この1週間、ギターを触ると、この歌と「君を連れていく」が頭に流れてきて、コードもスッと頭に入って何も見ずに弾けたので、演奏してみました。

余興でもやるときは本気で。
パラオ太平洋島嶼地域対話最終日(12/2) [2025年12月08日(Mon)]

12/2、パラオでの太平洋島嶼地域対話の2日目そして最終日。

トピックは1. 廃棄物管理と海洋環境、2.経済(マイクロ企業と起業家精神に焦点を当てたもの)、3.メディア、ユース、そしてDX。

トンガ、サモア、フィジー、バヌアツ、パプアニューギニア、ナウル、マーシャル、ミクロネシア連邦、パラオから、政府職員、学術関係者、NGO/CSO職員、起業家など、25人ほど参加しました。

ソロモンからも参加予定でしたが、どこのビザもなしにパラオまで辿り着くことが極めて難しいため断念。ニウエからは、週1回のニウエ〜オークランド便がA320問題の煽りを受けキャンセルになりました。

今回の会議では、パラオ政府がしっかり支えてくれており、ヴィクター農業漁業環境大臣、メトゥール人材文化観光開発大臣、ジョー・アイタロー財務省気候変動交渉担当官はじめ多くの方々に参加いただき、議論を進めていただきました。

私は日本からのバイアスを避けるために、最初に簡単な話だけをして、あとは皆さんに任せました。

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2日目全体写真

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左からジャーナリストのカンベスさん、ヴィクター大臣、ジョー、私

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ジョー/パラオ財務省

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ファーイヌさん/サモア国立大

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サロテ/フィジー、USP博士課程

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グループディスカッション

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ラザラス/トンガ災害管理局

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シラー/ナウル気候変動・災害担当省

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マーティン/前バヌアツ万博調整官

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グローリア/バヌアツ起業家、Kava House

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ジョン/ミクロネシア連邦ポンペイ州観光局

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エスケラ(ララ)/マーシャル商業投資観光局

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シルベスタ/パラオ人材文化観光開発省ユースエンパワメント担当チーフ

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カンベス

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同じホテルの別会合に参加していたチューク州観光局の人(名前忘れました)。5月にチュークの会議で会ったよねと声をかけられて。

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左からレンバ、マリニ、私、サロテ。チーム・フィジー

会議終了後、メトゥール大臣の手配で、エコグラス視察。私は7〜8年ぶり。日本人の藤井さんが長年にわたりコロール州で協力しているものです。

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油化装置でペットボトルなどプラスティックをオイルに変え燃料にしています。昔の機械はほんの一部の種類のプラスティックだけでしたが、この機械は違う。

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その燃料を使って廃ガラスで作品を作っています。以前とは格段に違う質とラインナップで、魅力的なものも多く、参加者もお土産を買い、私もいくつか購入しました。

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帰り道、フレッシュエアーをと、飛行場跡へ。

ポンペイから参加したジャスミンの父方がパラオ出身、この近くに一族が住んでいるとのことで、今回人生で初めてそのルーツの親族を訪問し繋がりを再構築したそうです。

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最後の夕食会議。私はこの後、深夜便で帰国。

今回、フランスの国際関係研究所(IFRI)のセリーヌ・パジョンさんもちょうど東京に来ていたので、オブザーバーとして招きました。

セリーヌはフランスの対太平洋島嶼国関連、特に安全保障関連で影響力がありますが、一度も太平洋島嶼国を訪問したことがありませんでした。今後の太平洋島嶼国に関連する日仏関係の議論をより深いものとするため、参加していただきました。我々と同じく、英語がネイティブでないことで、島嶼国の参加者とかえって同じレベルの関係性が作られたように思います。

私は12/3早朝パラオ発、グアム経由で帰国し、成田から直行し、夜、理事長と社員旅行幹事グループの会合に合流。

残った招聘者は、アイライ州チームとガラロン州チームに分かれ、我々が進めている地域密着型エコツーリズムのパイロットツアーに参加してもらいました。

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エスケラ

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左からアリソン、ヴィヴィアン、ジャスミン

4人とも鳥羽でのインターンシップ研修参加者です。マーシャルとポンペイ州には、パラオの取り組みを肌で実感して、現地での取り組みに反映させてほしいとの願いを込めました。アイライ州は完成しているので参加者に真の体験を提供してもらい、ガラロン州についてはガラロン州の人々の経験値を上げる意味もあります。

招聘者はそれぞれ我々の活動に直接関わっていたり、関わっている人からの紹介でしたが、彼らの間では皆ほぼ初対面でした。しかし、わずか数日の交流にも関わらず、最後はチームのような雰囲気が生まれました。期待以上です。

若い人も多いので、将来何かに経歴を伝える場合、笹川のプロジェクトに明確な役割を持って参加したことを書けるように、我々も信頼される組織として活動していく努力を続けると伝えています。

サロテとマリニによる会議レポートも揃いました。これを持ち、モーリシャスでの西インド洋・アフリカ島嶼対話の準備を進めています。
パラオ海上保安訓練開始 [2025年12月08日(Mon)]

本日12/8、パラオで海上保安庁モバイルコーポレーションチーム(MCT)による現地訓練が始まりました。
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島嶼国・地域部としての目的は、
1.現地海上保安能力強化
2.日本とパラオの海上保安部門の関係強化
3.米国自由連合国・日本・米国・豪州の連携強化
にあります。

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また、日本からの直行便が就航したことで、今後パラオに訪問者が増え、それに伴い海難救助要請も増えることが予想されることから、この訓練の重要性を強調しました。

例えば、オレンジ色の機材、ファイバーライトクレードルですが、これはシンプルに見えて非常に有効な機材です。

小型船に乗ったことがある方は、水面から船上に人や物を引き上げるのがどれだけ大変なことか実感できると思いますが、この機材はその問題を解決してくれます。

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すでにMCTによる訓練を通じて、パラオ、ミクロネシア連邦、マーシャルにこの機材が導入されましたが、海難救助や遺体の回収に使用されています。

この訓練は来週まで続きます。
PATAミクロネシア会議 [2025年12月10日(Wed)]

12/9、PATA(Pacific Asia Travel Association)ミクロネシア会議に参加しました。
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年3回開かれており、私はコロナ後から声が掛かるようになり、今回で4回か5回目になります。

地域密着型エコツーリズム導入の取り組みをパラオで行い、その後マーシャル、ミクロネシア連邦ポンペイ州に広げて来たことで馴染みやすくなり、気づくとミクロネシア連邦チームとラウンドテーブルに参加することになっていました。

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ミクロネシア地域の観光というと、グアム、サイパンに押されてしまいますが、メトゥール大臣がいることでパラオの発言力が強くなり、ミクロネシア連邦各州とマーシャルもしっかりと押し返している雰囲気が生まれました。

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今回、12/7の朝6時過ぎに家を出て、午前のグアム便でグアム(今回は午後のグアム便にすると全体料金が2倍以上になってしまうため)、トランジット8時間、深夜便でパラオ入り。

12/8のパラオでの海上保安訓練開会式に参加し、深夜ホテルを出て午前2時発の便でグアム。

フライトが50分ほど遅れ、12/9の午前6時ごろにグアムのホテルにチェックイン、8時半にホテルを出て会議に参加しました。

ホテルは料金が規定内だったので、誰もが知っているような4つ星のちゃんとしたところにしました。実際に泊まるのは10年以上なかったところです。

しかし、あてがわれた部屋に入るとアンモニア臭、湿った雑巾の様な臭いと換気がされていない空気で最悪でした。

時間がなかったので、1時間仮眠し、シャワーを浴びて、着替えて、部屋を出ました。しかし、その部屋のせいで体は痒くなり、咳も出るし最悪です。

会議後、早々に部屋に戻り寝ようとするも、臭いは変わらず、窓を全開にしていました。ちょうどフロントから部屋の様子について連絡があったので、臭いと空気の話をすると「部屋を変えますか」と言ってくれたので「可能ならお願いしたい」と回答。

30分くらいすると、日本人のスタッフの方が連絡をくれましたが、まるでこちらがクレームを入れて無理に部屋を変えろと言っているかのような対応をされました。マネジャーと話して部屋が空いていれば移動できるが、確約できないとのこと。

15分ほどして、何か腑に落ちないので、フロントに連絡して経緯を話すと、現地の方は「とにかく部屋の状態が悪いのは間違いないのだから、部屋を変えるのは当然のこと」と言い、誤解のないように日本人のスタッフに伝えると言っていました。

その後、日本人の方から部屋が見つかったので部屋の調整の後移動できると、一転して丁寧な連絡がありました。

なんやかんやで午後9時前に移動。部屋に入るとちゃんと普通の部屋。いかに最初の部屋が酷かったかが改めて分かりました。

グアムのホテルは、星に関わらず(といっても三つ星か四つ星ですが)、10回中3回は何か問題がある印象です(安いところだと、今度は客に問題があったりする)。難しい。
PATA会議最終日(12/10) [2025年12月12日(Fri)]

午前はグアム知事、議長らのスピーチがあり、観光客のニーズが文化体験型に変化しているとの話がありました。
午後は自分は現地の研究者らとの会議に移動し、日程を終えました。

午後の議論では米国本土から見たグアムというものについて、いろいろな見方があります。

グアムの研究者はミクロネシア地域を軽視している、日本も突き放されていると言っていたので、その後、さらっとですが、米国の国家安全保障戦略(NSS)を読みました。

冒頭から、トランプ流モンロー主義、西半球重視、アメリカ・ファースト、自国の経済的繁栄、シーレーンの確保、平和などあり、就任当初から言われていたことが明確になったように思います。

で、夕食は部屋で軽く済ませ、早めに就寝し、12/11はホテル午前4:00発。
鳥羽インターンシップ研修 [2025年12月12日(Fri)]

12/11、午前4時過ぎにグアムのホテル発。7時台のフライトで中部国際空港10時着。
急ぎの対応を済ませ電車で11時半ごろに名古屋着、12時台の電車に乗り換え、14時ごろ鳥羽着、研修先の海島遊民くらぶを訪問しました。

3週間ほど前からソロモン諸島中央諸島州のジャスティン、ガダルカナル州のジャシンタ、マライタ州出身で国の文化観光省のジェシカの3人が研修に参加しています。

これまでも研修中に1度は顔を出しており、今回もなんとか訪問することができました。

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(私の右から、ジェシカ、ジャスティン、ジャシンタ)

(ジャシンタを見ると坂上二郎を思い出す)

到着すると彼らがそれぞれ自己紹介し、これまでの内容について簡単に話をしてくれました。彼らに会うのは今年5月に弾丸日程でホニアラを訪問して実施したワークショップ以来です。

その後私からは、期待している帰国後の取り組みについて話をし、改めて5月にホニアラで使用した資料を使い、レクチャーを行いました。彼らはフェノロジーカレンダーのことも覚えており、それを利用して取り組みを進めようということになりました。あとは私の時間次第。PATA会議ではチューク、コスラエ、ヤップ、マーシャルから来て欲しいとの話があり、フィジーからも、トンガからも要望が届いているので、問題は日程の確保。

夜は彼らと夕食をとりながら話をして終了。冗談も通じるし面白いメンツです。

12/12、今朝は9時発で彼ら3人のガイドによる答志島ツアーに参加しました。

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今日は風が強く、日陰に入ると体感温度がかなり低くなりましたが、ソロモンのみんなもしっかりやれることを見せてくれました。

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残り1週間しっかり頑張り、無事帰国できることを祈り、私は午後1時過ぎ鳥羽を発ちました。
今年最後の出張 [2025年12月12日(Fri)]

今日から今年最後の出張です。
4月から数えて31回目。

4月から12月で見ると、コロナ禍後、本格的に活動が再開した2023年度が16回、2024年度が21回だったので、やはり今年は多かったようです。

来年は現在走っているプロジェクトの仕上げの年となるので、今年の半分以下に抑えられると思います。

より集中して、総合的な成果を出さなければなりません。
モーリシャス再び [2025年12月13日(Sat)]

昨日12/12、17:00過ぎに鳥羽から東京の自宅に戻り、洗濯をして、20:00過ぎに出ました。
深夜便、ドバイ経由でモーリシャス。

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先ほど首都ポートルイスの宿にチェックインしました。日本時間で12/13の21:30。ドアtoドアで25時間ほど。

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経由地ドバイでは、トランジット時間が30分しかなかったので、焦りましたが、20分で無事乗り継ぎ、約6時間のフライトでした。

ただ、羽田〜ドバイのフライトで、風邪をひいてしまい(8月の羽田〜ロンドンでも風邪をひいた)、これから24時間でなんとか体調を立て直したいところです。しっかり食べて、体を温めて、寝る。

かなりプレッシャーを感じていますが、しっかりと成果をあげられるよう頑張ります。
フライト [2025年12月14日(Sun)]

ポンペイ行きのフライトが朝7時発で、6時半に目が覚め、どうにもならないけれども何とかしなければと動き回っているうちに目が覚めました。
時計を見ると午前0時を回ったところ。夕食をとらず、午後7時前に寝落ちしてたようです。

夢だとわかりホッとしました。
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