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本年もよろしくお願いします。 [2021年01月01日(Fri)]

2021年になりました。

忘れていたのですが、今日の産経新聞の紙面、特集「自由/強権 21世紀の分岐点」の「(1)民主主義が消えてゆく」で、コメントを載せていただきました(同3面)。地図についても丁寧に名前を出していただいています。ちなみに、自分のコメントは民主主義云々ではなく、中国がどのように影響力を及ぼしているのかについて簡単に触れているものです。

ウェブでも会員登録すると読めるようです。
https://special.sankei.com/a/international/article/20210101/0001.html

今朝、連絡をいただいた後、記念にコンビニで産経新聞を買いました。紙面を確認した中で、自分のコメントとは関係ありませんが、紙面右下にあった第1次世界大戦以降の約100年の年表に興味を惹かれました。昨年、島嶼地域の秩序は第1次世界大戦後から続くものと話してきたので、同じ視点で地域を見られているということで、孤立感がなくなったように思います。


さて、未来の人々から見て、2年ほど前から、おそらく歴史書に載るような変動期にあるのではないかと思いますが(もっと俯瞰すれば2012年頃からの変化、2007年頃からの変化、2001年からの変化と見ることもできそう)、今年はその変動期のどのあたりにあるのか気になるところです。半ばなのか、終盤なのか。

とにかく無事で。
今年もよろしくお願いします。
コロナ禍の正月 [2021年01月01日(Fri)]

今日は、天気も良く、元旦の空気と太陽の光を浴びるために、まず走りました。久しぶりに、目黒川〜代官山〜恵比寿〜代官山〜神泉〜目黒川ルート。10キロ超を1時間ほど。


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ちょっと過去の記録を見てみると、自分の体調の変遷が分かるようです。(年月、月走行回数、月走行距離、月の1キロ平均ペース)


2019.1、6回、51.02キロ、6'08
2019.2、7回、59.31キロ、6'45
2019.3、5回、34.21キロ、6'19
2019.4、4回、30.90キロ、6'49
2019.5、6回、42.01キロ、6'29
2019.6、5回、29.09キロ、6'11
2019.7、5回、29.19キロ、6'26
2019.8、10回、51.70キロ、6'38
2019.9、7回、47.35キロ、7'21
2019.10、3回、17.20キロ、7'05
2019.11、8回、54.48キロ、6'50
2019.12、2回、12.29キロ、7'11
2020.1、6回、43.40キロ、7'10
2020.2、5回、29.02キロ、6'42
2020.3、6回、31.64キロ、6'45
2020.4、6回、28.58キロ、6'48
2020.5、6回、30.88キロ、6'52
2020.6、3回、9.36キロ、7'00
2020.7、4回、18.86キロ、6'44
2020.8、4回、20.07キロ、7'00
2020.9、8回、44.68キロ、6'52
2020.10、18回、116.70キロ、6'48
2020.11、15回、102.10キロ、6'20
2020.12、15回、95.83キロ、6'29


2年前の2019年前半はわりと走っていた印象でしたが、実際にはほどほど。2019年10月以降は、仕事の影響でメンタル的にも走る気になれない状況になり、これにコロナ自粛が加わり、2020年4月から8月がどん底だったことが分かります。体重も増えました。


2020年9月末から、気持ちに変化が表れ、10月にブレークスルーした感じです。8月中旬から下旬にきっかけがありました。これは忘れないようにしておこう。


ただ、どん底期も含めた2020年9月以前の1年半は無駄ではなく、関節などのケガを避けるために少しずつ走れる筋肉をつけることと、心肺機能の正規化の役に立っていたのだと思います。その積み重ねがあったことで、2020年9月末以降に走行距離を増やすことができました。


それにしても、過去3カ月は、週2〜3回のつもりでしたが、月の半分は走っており、少し驚きました。過去3カ月に限っては、走ることに対する心理的バリアーが小さくなっていたということかもしれません。マスクをして走ることが、心理的にプラスに働いているようにも思います。


また今日は初日ということで、出汁をとるところから、簡単に自分なりのお雑煮を作りました。トリとネギと餅のみ。
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その後は、酔鯨をちびちびやりながら、ゆっくりと時間が過ぎていきました。そんなコロナ禍の正月。
今日は休息日 [2021年01月03日(Sun)]

今日は台所、洗面台、お風呂場などの水回りをきれいにしました。漂白剤の優秀なこと。神。
普段もお風呂場など、簡単な掃除を適宜行っていましたが、少しずつ蓄積される汚れについては、自然な変化という認識になっているのか、放置していました。それが、かなりスッキリしました。

走りについては、今日は休息日。これまでの経験でわかったことは、現在の年齢と体の状態では、故障を避けるための閾値というかラインは、3日連続で走ったら1〜2日休む。1キロ5分30秒を切らない。60分を超えると体の回復に時間がかかり、52分くらいがちょうど良いということ。加えて、回復期には糖質を含めてしっかり食べる。そうしないと筋肉が落ちる不健康な減量になる気がします。栄養を回す。

ときどき限界値を確かめることがあり、フィジーにいたときには泳ぎ(平泳ぎ中心でゆっくり)の限界を試し、6.4キロでした。

あとは、災害時用の非常食やラジオ、手動発電機や備品の確認と、日用品のストックを気持ち増やすといったところ。

あと1日、ゆっくり休みます。
太平洋マップいろいろ [2021年01月05日(Tue)]

笹川平和財団では、2009年自分が初めて入団したとき、旧太平洋島嶼国基金室時代に、先輩の世古主任研究員(当時)のアイデアをもとに、太平洋マップを作り始めました。その後、大嶋フィジー大使(当時)、小川先生、黒崎先生などにも意見を伺ったりしながら、デザイナーさんと毎年改訂を続け、島嶼国の基本的な社会経済情報も加え、A2サイズの現在の形ができあがりました。島の名前や枠のデザインなどにも自分の強い思いが反映されており、他にはない内容となっています。面として地域を捉えることもできるほか、基本的な社会経済情報があることで1枚で概観がつかめるものとなっています。

MAP2017.jpg
(2017年版、笹川平和財団)※最新版(2019版)とはデザインと情報が異なります。

太平洋マップの著作権は笹川平和財団に帰属しています。ご使用されたい方は、当財団広報までご連絡いただき、簡単な手続きをお願いします。また、ちょっと良い紙に印刷されたハード版については、当財団広報なり、私なりにご連絡いただければ、送付させていただくことも可能です(ご使用される目的によりお断りさせていただく場合もあります)。

そのマップですが、地域情勢を説明するために、過去3〜4年、目的別にレイヤーを重ねて、主に国内外の非公開会議で使用してきました。1年半ほど前にイラストレーターを購入してからは、よりきれいな図を作っています。

折角なので、主なものを載せてみます。

1. 14太平洋島嶼国
14太平洋島嶼国.jpg

2. 伝統的安全保障枠組み
図1伝統的安全保障枠組みv2.png

3. 地域機関(CROP)枠組み
CROP.jpg

4. 太平洋島嶼国主導の枠組み(PSIDS, PNA, PIDF)
PSIDS.jpg

5. サブリージョンの色分け(本当はMSG, MIF, PLGに分けるのに使う)
sub-region.jpg

6. 中台関係2019年9月(米国の発表で使用)
(ちょうどキリバスが台湾から中国に切り替えたときでした)
china-taiwan 2019Sep.jpg

7. 中台関係2020年12月現在
図2中国の影響力拡大.png

8. オーストラリアのステップアップ
step-up.jpg

9. NZのパシフィック・リセット
reset.jpg

10. 台湾ICDF 2019年9月(キリバスがまだある)
taiwanICDF2019Sep.jpg

11. 日本の自由で開かれたインド太平洋構想を明確に支持した国、2018年5月
FOIP 2018.jpg

12. 域外国との主要航路(これはワードで作ったもの)
航路.jpg

あとは手の内を明かすことになるので、掲載はやめます。

これらの図をただ繰り返し重ねていくだけでも、何かつかめるかもしれません。
感染症 [2021年01月06日(Wed)]

新型コロナウイルスの流行が拡大傾向にありますが、あらためて、3月、4月頃の重症化した際の症状について報じられた内容を思い返しています。

自分は社会に出てから半分程度の時間を途上国で使ってきましたが、アフリカのザンビアでは脳性マラリア、フィジーではデング熱、マーシャルでも目に影響がある謎の感染症を経験しました。

マラリアの時には、当時20代半ばでしたが、けだるい感じと嫌な予感が1〜2日あり、ある瞬間から一気に体温が上がっていきます。当時、血中のマラリア原虫が急速に増加するためだとか聞きました。37度台からあっという間に39度を超えるようになります。そして、マラリアの場合はマラリア原虫を殺さないと治らず、脳性マラリアの場合は高い確率で死にいたります。

幸い、マラリアの場合は予防薬も治療薬もあるため、自分の場合は最も強いキニーネの錠剤と点滴で原虫を抹殺し、治りました。ただ、キニーネは毒でもあるので、その副作用がきつい。体重も2週間程度で10キロ減りました(55キロから45キロに)。体重が減り過ぎると薬に負けてしまうため、次のマラリアに備えて、頑張って肉を食べ、体重を戻していった記憶があります。また、マラリアの場合にはヘモグロビンが減少するそうで、体の回復まで2カ月はかかりました。


デング熱の時には、40代に入っていましたが、この時も何か嫌な感じが1〜2日続き、ある時から急激に体温が上がりました。どこかにメモしていましたが、30分ごとに0.5度程度上がっていき、40度前後まで上がりました。デングの場合は治療薬はなく、高熱を3〜5日耐えて自分の免疫力に頼るか、解熱剤で38度程度に落とし、7〜10日耐えて自分の免疫力に耐えるしかありません。自分の場合は前者でした。

デングの症状としては熱、節々の痛み、異常な代謝促進、味覚異常(味を感じなくなる)、眼底部の違和感、後頭部を引っ張られるような頭痛など。

こちらも回復期が嫌な感じでした。確か3週間程度、倦怠感が続いたものです。



新型コロナについては、8月以降、普通の風邪のようにとらえるようなところもあり油断していましたが、重症化すると大変な病気だったことを改めて思い出しています。恐らく何らかのラインがあり、重症化側に転じると、短時間で症状が悪化していくということだったと思います。昨日話ができていた人が、1日経つとしゃべることもできず、人工呼吸器やECMOによる心肺機能補助が必要になる。死に至る場合もある。

今一度、新型コロナには怖い面があることを再認識しなければと思います。
リスタート [2021年01月06日(Wed)]

昨年11月のパラオでの選挙後、政権移行チームに友人がいますが、他のみんなも変化の過程で忙しい状況が続いていたようだったので、時期を待ち、しばらく放置していました(こちらも内部で積もり積もった仕事があるので)。

現地のクリスマス休暇も終わり、1/21の大統領就任が見えてくる中、そろそろかなと思い連絡をしたところ、待ってましたとばかりに嬉しい反応が続きました。

ちなみに、自分は2009年以来パラオに関わり、フィジーの日本大使館にいるときも地域機関担当であることも利用し水面下で関わったりしましたが、ほとんど現地の日本人の方と接触がありませんでした。これは自分が協力隊時代に受けた経験が大きく影響しており、現地で生活している日本人の方々に迷惑をかけたくないということや、自分自身、直接現地の人たちと話し人脈を作ることで、フィルターを通さずに自分の目と感触で現地を理解したいという考え方が背景にあります。

パラオにはこれまで50〜60回渡航し(そのうち40回程はこの5年の話ですが)、共に働くことで何というか、仲間になったというところがあります。

今まで普通に会えると思っていた、その友人らに急に会えなくなって1年、普段は情を排していますが、今日なんかも普段ならできるだけ手短に話を終わらせるところ、冗談や互いの状況確認やらで、いとおしく感じました。


現地では海外との人の往来が基本的になくなり、民間部門、特に観光業関連は壊滅的な状況とのことです。海外の観光客向けのホテル、旅行代理店、レストランは閉じざるを得ません。お世話になった方々も多いのですが、何も貢献できず、正直辛いところがあります。

他方、パラオ人の多く(労働力の8割弱)が関連している政府部門では、時短はあるものの、給与は支払われているとのことで、コロナ前とあまり変わらずに仕事もあり、忙しいと言えば忙しいそうです。

その中で感じられたのは、コロナが常在する今の日本や多くの国々と、コロナフリーを維持している特異な国々(主に太平洋島嶼国)との間に、この感染症に対する感覚においてギャップが大きくなりつつあるのではないかということです。変異型が流行すれば変わるかもしれませんが、今の日本では、3月、4月のころの感覚を越えて、曲者な風邪の一種といった感覚ができていると思います。一方、コロナフリーのパラオなどでは、依然として、昨年の1月〜3月の感覚。肥満が多く、糖尿病など生活習慣病が多く、高度医療設備が脆弱な島嶼国では、新型コロナは大きな脅威のままです。

日本を含め、どこの国も、財政も経済も苦しくなっていますが、太平洋島嶼国においても、観光無しの民間部門発展が可能なのか、可能でないならば海外からの政府系資金による社会主義的な経済・財政構造に変化させざるを得ないのではないか、など、パラオの友人と話しながら頭の別のところで考えていました。

コロナ禍の只中にある日本と、コロナフリーの太平洋島嶼国。気候変動でも感覚にギャップがありますが、それ以上の感覚のギャップができるかもしれません。

コロナ禍が長引けば、それだけ難しい状況になるでしょう。


このような状況を機会ととらえ、日本と太平洋島嶼国間の火を消さないように、頭を使い、工夫し、力を合わせて取り組んでいきたいと思います。

今日は、その第一歩となりました。
何という1日なのか。 [2021年01月07日(Thu)]

今日の東京の新型コロナ感染者数2400人超とは。インパクトが大きい。感覚的には感染爆発の方に一線を越えてしまったのではないかと、正直びびります。

2週間前の人の動向が反映されているということであれば、今日から人の動きがある程度抑えられれば、2週間後には減少に転じるのかどうか。寒いとウイルスの活性時間が伸びるということなので、感染拡大傾向を反転させるには、単純に考えても、本当は人の動きや接触を2週間止めないと効果が出にくいのだろうと思います。

現実的には、島嶼国のように、コロナフリーにすることは不可能なので、日本の場合は、基準は医療崩壊を避けることなのだと思います。

果たして、終着点はあるのでしょうか。。。ワクチンもそうですが、治療薬があれば変わるのでしょうか。

今年のダボス会議ではグレートリセットがキーワードとなるといった記事が目につきますが、新型コロナと生きる社会は、ウイルスがある人ない人、ワクチンを受けた人と受けてない人の区別と位置がわかるような社会に向かうのかもしれないですね。

今、書いていて思いましたが、自分が生活していた頃のマーシャルでは、自分がどこで何をしているかが、全て筒抜けで、管理ではないですが見られている、プライバシーのあまりない社会でした。物はTシャツも含めてすぐシェアされるし。孤独が好きで、検閲や管理されることが嫌いな自分としては、あのような社会はストレスが蓄積していきます。

時代の要請で、その方向に移るんでしょうね。バイデン元副大統領が正式に議会で次期大統領として承認されたので、アメリカも今後管理が進むのでしょう。良い面としては、オールブルーとなるので、オバマ政権の2期目とは異なり、スムーズにものが進みそうというところ。

オバマ政権の2期目の時は、議会がねじれていた影響で、例えば、当時、駐フィジー大使が議会で承認されず、次席が臨時代理大使を結構長く務めていました。外交的にはマイナスだったと思います。

コロナについては、感染し、発症したとして、不可逆的に急に重症化するのが怖いです。家に1人でいる中で、坂道を転げ落ちるように症状が悪化してしまったら。

やはり感染を避けることと、感染するときに備えて免疫力を落とさないことが大切。それぞれ抱えているものや制約が異なりますが、これから1カ月、心身のストレス軽減、適度な運動、栄養、そして睡眠と休息を意識したいところですね。
作戦会議 [2021年01月08日(Fri)]

あまり途中の過程を見せたくはないのですが、今日はまた別のパラオの友人と建設的な話し合いができたので、ちょっとだけ書いてみます。

パラオでは9月に大統領予備選、11月に本選がありました。上下両院の議会選もです。友人たちがそらぞれ直接的にも間接的にも選挙に関わってしまっているため、毎回のことですが、選挙のある年には、8月から11月いっぱいは目立つ動きをしないようにし、12月は中旬から現地でクリスマス休暇が始まるために、こちら側として真剣に相談できるのが、1月第2週頃からになります。

一番心配なのは、現地の人々の経済状況で、特に我々も関わってきている観光産業の動向が大変気になっています。現地がコロナフリーを維持しなければならず、観光のことなど考えられずにシュンとしているときに、ウィズコロナになれてきた日本人が呑気に観光の話をしても響かないし、タイミングを図っていました。

これは勘でしかありませんが、今、良い感じだと思われたので、とんとんとミーティングが設定され、実施となりました。

あちこちでウェビナーができるようになり、コロナ前よりもセミナーを実施するための敷居が低くなったように思います。それはそれで良いのでしょうが、いろいろなウェビナーを覗いていると、次第に、「それで?」「具体的に何が変わるのか?」「どのような行動を起こすんだ?」などを疑問に思うものも目立つようになり、ただ人の考えを聞くようなものでは自分には響かないと感じるようになりました。

今日、彼らと話していて、「そうそう、これこれ」と忘れていた感覚を少し思い出すことができました。中身は書きませんが、離れていても同じ方向を向いていることがわかったし、今でも彼らの気概とアイデアと、変わらない。こう、お互いに頭に浮かんでくるイメージを共有すると、それを汲み取ってアイデアが出てきたり、像が固まっていったりする、この感覚が大事なんだと、久しぶりに思い出しました。壁打ちではなく、キャッチボールができる関係。

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今日、話していて改めてわかったことは、パラオの人たちは凄い。コロナについて臆病に守りに入っているのではなく、如何にこの状況でうまく観光を再開できるのかを議論し、研修やレギュレーション整備を進めています。

今日、彼らと話したことで、自分の方もアイデアが広がり、自信も戻ってきました。

どこまでできるか分かりませんが、現地に入らずに、どこまでできるのか。
これまで積み上げてきた持続可能な観光の実現に向けた機運を再活性化できるのか。
火を消さないように。
米台関係に変化? [2021年01月10日(Sun)]

現地時間1/6以降、すんなり物事が進んでいないように見える米国ですが、今日、現地の1/9に、米台関係について、ポンペオ国務長官による次の発表がありました(press statement)。

https://www.state.gov/lifting-self-imposed-restrictions-on-the-u-s-taiwan-relationship/

内容は、中国政府をappease(争いを鎮める、要求に譲歩する、人をなだめるなどの意味)するために、米国が自主的に課してきた台湾関係に関する制約を解除するというものです。具体的には、カウンターパート間の公的交流ができるようになるというものです。

おそらく、例えば、実際には米国外交官であっても、現地では民間機関の職員の立場で交流したりなど、国と国の交流ではないことを明確にするためのさまざまな措置、制約を取り払うというものではないかと思います。中国を国家承認したときの元々の台湾関係法の理念に立ち返るというものかもしれません。

ただ、この声明には、台湾についてNationとかStateとか、「国家」という言葉は使われていません。「民主主義」という言い方になっています。例えば、一昨年の米国国防総省の自由で開かれたインド太平洋戦略レポートでは、Countriesの中に台湾も含まれていたので、国として扱っているというニュアンスはありましたが、この声明にはそのような表現はありません。

外交的には国として認めていないが、扱いは国と同等というもの。例えば、米国が他にも国家承認していない地域があるとして、そこには外部からは国ではない政府機構があるとして、その政府機構のカウンターパートに対し、米国側は国としての公式の立場で交流しているということがあれば、台湾に対しても同様の立場をとるということではないかと思います。

前にも書きましたが、一般的にもそうだと思いますが、中台関係では、台湾が国として中国から離れたいということなのだと見るものだと思います。自分はそう思っていました。しかし、15年ほど前、ある台湾外交官に、彼らも本当は1つの中国を望んでいるという話を聞いたことがあり、驚いたことがありました。誤解を招くかもしれないのであまり書きませんが、要は、国の形や、統治に関する考え方だったようです。それを踏まえると、一連のポンペオ国務長官による中国に対する話には、一貫性があると感じます。


それにしても、あと10日でバイデン大統領、ハリス副大統領が就任し、閣僚が入れ替わるというタイミングで。議会は中台関係については超党派で結束していたと思うので、最後に明確な流れを残していくということなのかもしれません。
駐日フィジー大使館 サイクロン・ヤサ救済基金アピール [2021年01月13日(Wed)]

昨年末、12月17日、サイクロン・ヤサがフィジーを襲い多くの被害が発生しました。今般、駐日フィジー大使館より、サイクロン・ヤサ救済基金アピールの連絡がありましたので、同大使館の許可を得て、写真を含め、下記転載させていただきます。なお、義援金については、下記リンク先の駐日フィジー大使館HPにてご確認ください。

(日本語訳:ケレラ・サブ一等書記官)
ーーーーーーーーーー
駐日フィジー共和国大使館は、被害者を支援するために熱帯低気圧「ヤサ」救済アピール基金のアピールを開始しました。

令和2年12月17日にフィジーを襲った熱帯低気圧ヤサは、カテゴリー5に値する暴風雨サイクロンでした。2016年のサイクロン・ウィンストン以来、最大のサイクロンで風力は最高時速345km(およそ秒速96m)を記録しました。その結果、フィジーで2番目に大きい島、バヌアレブ島や多くの島々の沿岸地域では、高潮と洪水の被害を受けました。

Source Fijian Government Facebook Page 3.jpg
(出典:駐日フィジー大使館)

Source Fijian Government Facebook Page 2.jpg
(出典:駐日フィジー大使館)

Source Fijian Government Facebook Page 1.jpg
(出典:駐日フィジー大使館)

この被害に対し、フィジー政府は国内外の支援を受け全力をあげての復旧作業に臨んでおりますが、一日も早い復興のために、皆様のご協力を必要としております。

フィジー政府は、支援国と共に、多数の負傷者、家屋や学校の倒壊、通信手段の切断など、数々の被害を把握するように努めています。被害の全貌が明白になるには数週間が必要です。しかし、被害の総額は数億ドルになるとと報告されています。

フィジー政府はこの大被害により、家や財産を失った人々、そして遠隔地に住む人々へのライフラインの一日も早い復旧、復興のために皆様からの寄付を呼びかけています。

駐日フィジー共和国大使館は、これを受けて、サイクロン・ヤサによる被害に対しての皆様からの募金のご協力をお願いしています。皆様からの寄付金は、サイクロン・ヤサ被害のための「国立災害復旧復興基金 」に送金され、サイクロンによって、家や生活の基盤を失ったフィジー全土の多くの人々の生活を再建するために使われます。ご支援をお願いするにあたって、ルカの福音書6章38節を引用致します。「与えなさい。そうすれば自分も与えられます。」

皆様からの寄付は、多くのフィジー人の今後数週間の生活に大きく寄与致します。

皆様のご支援、ご協力をどうか宜しくお願いします。


救済募金口座(※下記駐日フィジー大使館リンク先でご確認ください)
http://fijiembassy.jp/tropical-cyclone-yasa-relief-appeal/

ご協力いただける方は、お名前もしくは会社名の明記をお願いいたします。

フィジー人は常日頃から強靭かつ弾力性のある国民ですが、このような時には皆様の暖かいお心やご親切をうけることで、さらに困難に立ち向かうことができます。

ご協力大変ありがとうございます。

Kelera Savu
for Ambassador

EMBASSY OF THE REPUBLIC OF FIJI, TOKYO
在日フィジー共和国大使館
Tel: 81-3-3587-2038
www.fijiembassy.jp

ーーーーーーーーーーーーーーーー(転載ここまで)

ちょうど1年前、フィジー国家災害管理局のバシティ・ソコ局長を招聘し、公開シンポジウム、非公開会議で情報を共有していただきました。2020年は新型コロナの流行阻止、感染症の流行、2つのサイクロン災害などに担当局長として、大変忙しく、しかし適切に対応されていました。

その1年前の会議の際、太平洋島嶼国について、災害に「脆弱な」と表現したところ、静かに「我々は脆弱ではない」、「歴史上、人々は災害に負けずに生活し、国づくりをしてきた」と人々の強さを教えていただきました。確かに、自分がフィジーにいた頃でも、自分であれば悲観的になるような状況の中、彼らはポジティブな要素を見つけていました。

とはいえ、現地国連機関にいる現地の友人もこれから忙しくなると話していましたし、コロナにより民間経済部門が縮小している中で、海外からのさまざまな支援が必要な時だと思います。

フィジーの早期復興を願っています。
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