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バヌアツの変化? [2020年10月06日(Tue)]

バヌアツに関する興味深い記事がありました。

https://www.rnz.co.nz/international/pacific-news/427449/vanuatu-to-exclude-foreigners-from-some-types-of-businesses

トンガにいる民間部門のトンガ人の友人は、中国とトンガの関係が深くなるにつれ、中国系移民が増え(ここまでは良い)、最近は中国系トンガ人が経営する小売店(キオスクのような規模のものを含む)が増えた。それらの小売店は、現地の人々の小売店のすぐ近くに開かれ、商品の数も多く値段も安いことから、客が奪われることで、トンガ人経営の小売店がどんどん駆逐されていくと不満を言っていました。

バヌアツでは、これは2年前だったと思いますが、やはり現地のバヌアツ人の友人と話していると、バヌアツでは中国系住民の経営する小売店は首都ポートビラ市内とか第2の都市ルーガンビル市内が主だったのが、最近は村落部にも中国系小売店がみられるようになった。何か嫌らしいと話してくれたことがありました。

この2つの話を頭において、上記の記事を読むと、意味が深まるかと思います。


上記記事では、政府が2重国籍を認めたことを受け、バヌアツ人(Ni-Vanuatu、先住民系バヌアツ人ということになるでしょうか)の権利を守るため、外国人による新規の小売店・卸売り店を認めないというものです。コロナによる経済面の影響が背景にあるとは思いますが、今の政権の下で、空気が少し変わっているのかもしれません。
米国副大統領候補討論会 [2020年10月08日(Thu)]

ペンス副大統領とハリス候補の討論会を観ました。

現職と候補の違いなのだと思いますが、どうしてもハリス候補の内容に現実感がなく、事実誤認もあったのではないか、そのような印象を受けました。

今回の大統領・副大統領選は、いずれの大統領候補も高齢であることから、副大統領候補がとても重要視されています。主要メディアでは、現在民主党側が大きくリードしているようですから、このまま民主党候補が勝てば、どこかの時点でハリス候補が大統領になる可能性もあります。

議会がどうなるかにもよりますが、日本としても、民主党側が勝利した場合に備えておく必要がありますね。端的に言えば、日本はより自立した対応をしていかなければならないのかなと思います。

米国大統領選の結果は、太平洋島嶼国、とりわけコロナ禍の中で米国への依存度が高まるであろうパラオ、ミクロネシア連邦、マーシャルの自由連合国に大きな影響を与えるものと思います。
フィジー独立50周年 [2020年10月10日(Sat)]

今日は、フィジー独立50周年記念日です。SNS上にお祝いが溢れています。
日本はフィジー独立以前から、戦前から繋がりがありますが、日本・フィジー外交関係も50周年。

新型コロナがなければ、都内でも盛大にお祝いするところでしたが、いつか51周年、52周年のような形で何かできれば良いですね。

フィジーは50年前に思い描いた国になっているのか。大きな流れで見れば、発展の方向は間違ってはいないのだと思います。その上で、10年後、20年後、50年後の国のイメージを見てみたい。

太平洋島嶼国と関わっていると、自治政府樹立や独立記念日を祝う熱を感じます。それゆえに、国というものを、自治というものを考えさせられる、というよりも教えられることがよくあります。

ときどき、現地政府が日本政府に対して、日本の建国記念日にお祝いのレターを出されることがあります。先方は自国の独立記念日と同じ熱を持って、お祝いしてくれるのですが、おそらく日本人の多くはそこまでの熱を持って建国記念日を祝っていないと思います。もしかすると、日本の憲法記念日が彼らの感覚に近いかもしれません。


それはそれとして。

フィジー独立50周年、おめでとうございます。日本とフィジーの友好関係が、これからも長く続くことを願っています。
ちょっと響いた話。 [2020年10月11日(Sun)]

先ほど、ユーチューブのテレ東Newsチャンネルで、Nikkei日曜サロン、北岡JICA理事長の回を見ました。タイトルとしては菅政権に関する分析が出ていましたが、内容はより深いものだったと思います。

特に響いたのが、途上国との関係について。北岡理事長は途上国の人々が、Nation Buildingに取り組んでおり、日本の明治維新以降の状況に近い雰囲気があるといった話をしていました。恐らく、現地で活動したことのある方々には、この話に共感できる人も多いのではないかと思います。

開発協力の実施現場を離れたところでも、例えば、書記官時代も現在の研究員としても現地の高級官僚や首脳・閣僚などとも非公式に話を聞いたり意見交換できる場面がありましたが、真剣に国の将来、国の発展と繁栄について日々考え、実行していることが分かります。

そういった意味で、日本のような、ある意味成熟した、あるいは老齢化した国よりも、新興国、経済力を持った途上国の方が、感覚やテンポが近く、親身な話ができ、関係が近くなりやすいのかもしれない。何年か前に、そのようなことを思ったりしていました。こちらが「ちょっとまって」と言っている間に、あちらではスススっと話が進んでしまうようなイメージです。しかし、その場合、グッドガバナンス、透明性、質などの面で後々問題が出てくることも珍しいことではなく、やはり先進国には重要な役割があると思います。

自分の周辺環境をみると、現在の国際情勢の中で、大国の視点で途上国を押さえつけるように捉える見方が主流になりがちであり(極端な言い方をすると「金を出すんだから、言うことを聞け。」「自立できない国なんだから、言うことを聞け。」「自分たちで判断できないのだから、従え。」といったような立ち位置)、目指すところは同じだとしても、自分のような相手国の視点を理解した上での自助努力支援、開発協力といった考え方は理解されにくい状況にあります。

どちらが正しいかは分かりませんが、自分が関わってきた島嶼国の現地の人々は、ずっと国の変革・発展の過程にいるわけで、彼らの意思、積み上げてきた経験と知恵というものは、そこに存在しています。それを軽視する人もいれば、尊重する人もいるということかもしれません。
ダイエット3 [2020年10月11日(Sun)]

一昨日の金曜の夜は、久しぶりに数週間ぶりに酒を飲み、土曜は食べて寝るという、至福の時間を過ごしました。もう初老なので、長く寝るのも難しいのですが、昨日はだいぶ寝不足が解消されたように思います。ダイエット面では一旦リセット。今日の昼まで、しっかり食べて、日没後からはダイエット再開です。

この2〜3週間の大きな変化は、とりあえず走ろうという気になれたこと。また、1か月前までの2〜3カ月は25分〜30分くらいで走るのをやめていましたが、この2〜3週間は40〜50分は走る気になるし、雨が降っていても走ります。今も、ゆっくりですが、まったく同じペースで少し走ってきました。毛細血管の先まで血がバッと届いています。

また1週間が始まります。頑張りましょう。
SPREP, ラニーニャ発生を宣言 [2020年10月12日(Mon)]

太平洋地域環境計画事務局(SPREP)が、公式にラニーニャ発生を宣言したようです。

https://www.sprep.org/news/la-nina-officially-declared-in-the-pacific

エルニーニョ=海水温上昇というイメージがある方もいると思いますが(以前は自分はそうでした)、エルニーニョの場合は、太平洋の東側、南米沖に海水温の高いエリアが集まる一方で、太平洋島嶼国のある中西部側の海水温が下がる=(水蒸気量が減る・降水量が減る)・(低気圧の活動が弱まる・海水の上下方向の撹拌が減り表面の海水温が高いままで維持される・サンゴの生育域の海水温が高止まりで白化が進む)、などといった話があります。

実際の現象としては、エルニーニョの場合は、赤道あたりから北半球の太平洋島嶼国で干ばつ傾向になる一方で、南半球では降水量が増え強いサイクロンが発生するといった傾向があります。

ラニーニャの場合は、反対に、太平洋の中西部域に海水温の高い塊ができ、赤道あたりから北半球の島嶼国では降水量が増える。南半球は変わらずか少雨だったか。。

リンク先の図では、赤道を挟んで左側に矢の先端のように高温域が作られているようなので、その周辺の水蒸気量が多く、低気圧が活発化し、その周辺に影響を及ぼすということかもしれません。国で見ると、パプアニューギニア、ミクロネシア連邦のポンペイ州南部(カピンガマランギ島など)、コスラエ州、マーシャル諸島南部と北部、ナウル、キリバス、ツバル、クック諸島が高温域に入っています。一方、パラオやミクロネシア連邦ポンペイ州から西側、マーシャル中部では海水温が低めに見えます。(図の見方が間違っていなければですが、、、。)

低環礁国で雨が良く降りそうなので、良さげですが、激しい雨が増えたり、強い低気圧が現れると沿岸部で高潮被害も発生するし、建物も大変かもしれません。パプアニューギニアでは洪水などが増えるのかもしれません。ニュースを注意深く追っていきましょう。
IINA: 新しいステージに向かう日本と太平洋島嶼関係(2)−地域秩序変化の蠢き [2020年10月13日(Tue)]

第8回太平洋・島サミット以来、2年ぶりになります。

国際情報ネットワーク分析 IINA(https://www.spf.org/iina/index.php)に、久しぶりにエッセイを投稿させていただきました。

タイトルは「新しいステージに向かう日本と太平洋島嶼関係(2)−地域秩序変化の蠢き」。以前このブログに掲載した個人論考をアップデートした内容になります。

https://www.spf.org/iina/articles/shiozawa_02.html

2部構成にしており、「新しいステージに向かう日本と太平洋島嶼関係(3)」については、内容が行き過ぎているきらいがあるため、時間をいただきますが、いずれ公開できるかと思います。

少し長いですが、よろしくお願いします。
ダイエット4 [2020年10月14日(Wed)]

ダイエットを始めて2週間強。
当初、順調に体重が減っていましたが、壁があり、朝の空腹時体重で68キロを割ることができませんでした。この1週間は横ばい。

それが、なんと、今朝測ると67.1キロに。

今、朝、昼食べた夜の体重で67キロ台を維持しているので、一つ段階を越えたかも。階段上に減っていくのだろうか。

腹の脂肪を落とすには65キロを割らないと難しいので、どうしようか。

まあ、ともかく、これで隙間が出来たので、今週末はたくさん食べることができます。
トメイン元大統領逝去 [2020年10月15日(Thu)]

10/13、マーシャル諸島のリトクワ・トメイン元大統領が亡くなりました。1939年10月14日生まれでしたので、81回目の誕生日を前に。

弔文案を書いていたのですが、何か泣けてきてしまい、手に付きません。

2003年に自分がボランティアでマーシャル高校の生徒とイベントに取り組んでいた、自分がまだトメインさんを知らないときでしたが、自分の隣で優しく挨拶をしてくれたのが最初でした。数日後、ウォッジェの酋長、親日家で、当時国会議長だったと生徒に聞いて知りました。お孫さんが教え子にいたり、その子が自分が支援していたバンドのメンバーだったりしました。

自分が専門調査員として大使館で働き始めた後、政変を経て、2008年1月大統領に就任。当初は、中国との関係強化、一部酋長の利益のために大統領になったように見えました。周辺からはいろいろネガティブな評価がありましたが、自分はボランティア時代から知っていたので、本心は違うと信じていました。当時、自分のボス、臨時代理大使が本省に積極的に働きかけ、同年3月に日本政府の招聘で訪日することとなりました。大統領として最初の外遊だったと思います。その滞在中、天皇陛下に謁見し、帰国すると明らかに雰囲気が変わっていました。これが切っ掛けで更なる政変が起こるわけですが。

2008年4月、マーシャルに帰国後、大統領と臨時代理大使と自分と大統領補佐官とでランチをしながら感想を聞いたときのことを思い出します。「天皇陛下が予定を大きく超えて、話を聞いてくれた」「マーシャルとの関係をよくご存じで、とても関心をお持ちだった」「天皇陛下と時間を過ごせたことで、自分の役割が明確になった。国民のために政治を行う」、トメインさんはそうおっしゃっていました。

地域会議でも、それまで寡黙でニコニコ頷くだけだったマーシャルが物を主張するようになり始めたのも、トメインさんからです。もっと評価されるべき政治家だと思います。

その後も何度かお会いしましたが、政変の中、裏に回りキングメーカーとなっていたものの、病気のため昨年の選挙には出馬せず、時代が変わりました。

自分がウォッジェに行ったら、腕に油を塗った独身女性を一斉に走らせて、自分が捕まえることができた人と結婚させてくれると約束してくれましたが、残念ながらウォッジェを訪問する機会はできませんでした。

安らかに。
ナカムラ元大統領逝去 [2020年10月16日(Fri)]

日本国内でも報じられていましたが、一昨日10/14の朝、パラオのナカムラ元大統領が亡くなりました。

自分がパラオに関わり始めたのが2009年の10月ごろでした。誰かのフィルターがかかったバイアスを嫌い、日本の方の繋がりではなく、当時は海洋保護区がテーマだったので、現地の資料から名前を辿り、直接現地の方々に助けていただくことで、人のつながりが広がって行きました。

ペリリュー島に強い関心があったため、何回目かの渡航時、現地ペリリュー出身の友人に話をして、助けていただきました。

まずはペリリューの筆頭酋長に挨拶し、自分の背景や目的を伝えて許可をいただき、次いでナカムラ元大統領に挨拶に行きました。そのとき、どれだけ緊張したことか。

その後も何度かお会いしましたが、ある時、あるイベントに関して粗相をしてしまったことがあり、襟を正して謝罪に行ったことがあります。その時には、謝罪を受け入れていただき、その調子で努力を続けろと激励していただきました。

さらに強く残っているのは、「パラオのような小さな国が自立していくためには、頭を使い、****していかなければならない。援助に頼ってばかりではダメだ。」とおっしゃっていたこと。常にパラオの自立を考えておられたと思います。


自分がパラオに関わる以前、まったくパラオに関心がないころ、マーシャルで専門調査員をしていたときのことです。当時、マーシャルはまだ国際捕鯨委員会(IWC)に加盟していない時期でしたが、ファックスで届く公電に捕鯨関連の情報もありました。

そんなある時、2007年前後だと思いますが、国際捕鯨委員会でパラオが日本の立場を支持する発言をしているというものがありました。読んでみると、パラオはむしろ日本よりもより強いメッセージを出していました。その時のパラオのコミッショナーがナカムラ元大統領でした。

捕鯨関連で胃がキリキリする中、ナカムラ元大統領の言葉にどれだけ勇気づけられたことか。そして、自分が持つパラオに対する認識(当時マーシャルから見て、パラオは伝統を捨ててグアムのようになりたいのだと思われていた)が少しずつ変わっていきました。

日本とパラオの友好関係は世代を越えて続いていきます。

安らかに。