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塩澤 英之
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やっぱりマーシャルは、人。 [2019年12月10日(Tue)]

今回のマーシャル出張では、不思議とマーシャル語が自然に戻って来たこともあり、マーシャルの政治情勢に関する勘も戻って来たように思います。


日本にいながらの情報はかなり限られていますが、今回あった何人かの当事者から探ってみると、自分の分析の方向性は間違っておらず、詳細についても7〜8割見立てが正しいことを確認できました。あまりにも影響がありそうなデリケートな話なので、どこにも書くことが出来ず、誰とも共有する機会がないのが残念です。

10数年前、大使館で専門調査員をしていた時(当時は臨時代理大使、官房の2人だけが本官で、専門調査員の自分が公式化する前のあらゆる仕事をしていました)、政治の混乱が始まる前後、当事者の中に自分も巻き込まれていましたが、10年ぶりくらいに今回このタイミングで当事者に触ったのは、何か意味があるのかどうか。自分はさらなる混乱を招く疫病神か。


そういえば、先ほど、マーシャル大統領府が、下記の記事のリンクをフェースブック上に上げていました。


どういうことですかね、大統領府がこのような記事を広めるというのは。

マーシャルだけじゃなく日本も、いや日本はもっとひどい災害に見舞われています。財政は改善しているのに、マーシャル政府は国外で煽るだけ煽って、国内で自らしっかりと住民のために何か対策をしていたのか?

中台関係も書かれているけれど、9月に今の野党も含めて、超党派で台湾との国交維持を決議したんじゃなかったのか。今の政権側にも中国本土にこっそり行っている人がいるのを現地の人は知っている。

米国との関係で言えば、野党側にいるキャステンとかノート元大統領とか、あきらかに親米です。そもそも現政権が導入するとした暗号通貨は反米の動きではないのか。

そのほかにも、酷い話を聞きましたが、それが今回の選挙に反映されたのではないか。

現職大臣・側近を含めて、与党16人中5人が落選したことは国民の声ではないのか。


ま、そんなことは置いておいて、今回は協力隊の短期隊員やさらに短期で現地教員として教えていた元生徒の何人かに会う機会がありました。皆、30歳前後です。

1人は政府の大切なポストについていて、仕事の話をしました。

もう1人は運転手をお願いしたママリン。本名は違います。

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2003年9月に赴任した時、経験者の短期隊員だったので準備時間はなく、翌々日からマーシャル高校で授業を始めることになりましたが、その時からの長い繋がりです(途中6年くらい自分が音信不通してましたが)。今回会った他のみんなもたいていその時からの繋がりになります。

他には、滞在先のホテルのレストランのレジにポーリナがいたり、看護師をしているヘムリンに道端で会ったり(もう7年も看護師として活躍してる)。他にもレボンとかいましたが、キリがないのでやめておくとして。

現地の高1はグレード9で、日本で言う中学3年生にあたりますが、やっぱり人の基本的なキャラクターは変わらないことが分かります。

生徒、全部で400人は見て、特に最初の1年で受け持った250人超の生徒については濃い印象があり、ママリンと話すうちに、だんだん名前とそれぞれのエピソードを思い出して来ました。いつもペンを貸してと言って、返すときに上投げで返してたロジャーナとか。

担任だった30人ほどの生徒や欠席が増えて来た自分の授業を受けてる生徒については家庭訪問もしていたので(それまで誰も行っておらず学校と生徒がドライな関係だった)、その家もだんだん名前と共に思い出しました。(たいてい米国に移住してしまってるけれど)

子供の数とか、体型の変化の話とか、いろいろ面白かった。

今でも残念なのは、アルノ出身で寡黙だけれど正義感が強く、国内大会で前年の最下位から優勝した俺たちのバレーチーム(自分は監督)のメンバーだったアレックス・アンテン。5年ほど前、もうじき正式に看護師になるというときに、マジュロで乗っていた救急車両で事故に遭い、亡くなってしまいました。

昨年、癌で亡くなったしまった女の子もいる。また学年はママリンの1つ上ですが、国内大会で優勝したフットサルチームにいたモーリーンは、今骨髄腫で闘病していて、自分に会いたいと言ってくれていたのに、つい先日治療のため米国に移ってしまいました。フェースブックで連絡をくれましたが、本当に痩せ細ってしまい、しかしそれでも笑顔を見せてくれています。頑張れ、モーリーン。

マーシャルでは、あっちこっちで女の子に手を出す色男をカンマカレーレと呼びます。頭は良いのにヤンチャなあいつは、既婚者だけどまあモテるし、またマーシャルではあえて既婚者を狙う女性もおり、それに乗ってしまっているのか、なんやかんやで仕事をクビになっていました。能力が高いのに勿体ない。小学生のときにエボンから首都マジュロの親戚の家に預けられ、その家ではまともに子供として相手にしてもらえず、家庭環境にも問題があったのだと思う。授業の後、悔し涙を流していたのを覚えている。何とか人生挽回して欲しい。奥さんも元教え子で、悲しんでるようだ。

他にも、暴言を吐く牧師見習いとか、牧師とか、牧師と結婚した子とか、30歳以上年上の男性と結婚した子とか(しかも、その旦那さんは、今回の選挙で見事当選!)。

ドラマの中で生きているみたいです。


最後は生徒ではないですが、今年のミス・マーシャル・アイランズに偶然会いました。

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先日、パプアニューギニアで行われたミス・パシフィックアイランズのコンテストの際、昔いろいろ助けて貰っていた現駐台湾大使のネイジョンさんから「投票して!」と連絡があり、(本当はミス・タヒチがいいなあと思いつつ、(いやニウエかトケラウかも))投票したので顔を覚えていました。実際に会ってみると、写真や映像より、何倍も魅力的でした。

ちなみにママリンの妹のララは、自分の記憶ではおしゃべりな7歳の小学生でしたが、今年ミス・ラエに選ばれていました。(背が伸びてる!というのとラエ!?というのと、ミス・ラエ!!というので、カッタル・チリック)

ちょっと孤立感と疲労で落ち込みがちでしたが、マーシャルにはまだ繋がりのある人たちがいるんだと分かり、心に色が戻って来ました。


米国に長く住んだマーシャルの人がマーシャルに戻るときの感覚が、ほんの少しだけ分かった気がします。
ミクロネシア連邦ポンペイ州、温かい。 [2019年12月11日(Wed)]

今、ミクロネシア連邦ポンペイ州に来ています。
ミクロネシア連邦もパラオのように、日本には非常に熱く強い繋がりを持つ方々がおり、自分のような一見さんのような人間がブログに書くのもおこがましいのですが、記録の意味も込めて書かせてください。

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2年前に1泊だけ立ち寄ったのを除くと、前回5月が7〜8年ぶりの訪問でした。それから今回7カ月ぶりに来ました。

前回は非常に重く、混乱と息苦しい思いとが重なっていたのですが、今回は人が良く見えるのと、少し空気になじめた感じがします。

この変化は自分の目が開いたからなのか、天気のせいか、面会した方々の違いから来るのか、何なのかよく分かりません。この7カ月の間に何かあっただろうか?もしかすると、あれかな?

ただ今回もいろいろな理由で動きにくい空気があり、今朝までアポが確定せず、電話も繋がらないし、メールも届かないし、今回の出張は失敗か...と思っていました。

電話もメールも繋がらず、目的の機関の住所にはパリキールとしか書いていないし、人に聞いてもわからない。

今朝、それでも何とか動いてみようと、人にお願いして、首都パリキールに向かいました。

ところが、いつの間にか道が逸れて、いつか来たことのある風景になりました。

気づくと丘の上にあるピウスさんのお墓の方に向かっていました。

ピウスさんとは、8年ほど前に亡くなったピウス国家警察長官のことです。亡くなる前日、自分は出張でポンペイに来ており面会していました。その時、ピウスさんは出張帰りで、嫌な汗のかきかたをしていたのを覚えています。出国した後に急逝してしまったとの連絡が届きました。

ピウスさんは、本当に温かい人で、冗談も言い合えて、大変お世話になっていた方でした。

亡くなった後、数カ月後にポンペイに来る理由を作り、そこで家族に面会させていただき、お墓参りもさせていただいたことがありました。

今朝は途中で引き返しましたが、そこで何かこう、いろいろなことを思い出し、また何かが落ちたような気もします。ピウスさん。

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その後、無事パリキールに到着し、パリキールはそれこそ9年ぶりでしたが、こうスススッと記憶が蘇り、迷うことなく行くべき場所に着きました。

押しかける形は失礼なので、とりあえず滞在中に会えないかアポを取り付けようとしたのですが、直接話すことができました。

その他にも、コロニアで会うべき人に会いました。

途中、こちらのミスで問題が発生し、その場ではその人は許してくれたということもありました。しかし、一連の取り組みが終わった後、もう次に会う機会が無いかもしれないと思うと、このままじゃ帰れないと思い、名前だけを頼りに場所を見つけ、改めて謝罪しました。

すると、その人は、直接会いに来たことに対して、かえって感謝していただき、温かい言葉に救われました。


7カ月前、ポンペイというと「コントロール可能な混乱」という印象が強かったのですが、今回の滞在で、ポンペイの方々は欲が低く、責任感があり、手際よく仕事を進める人が多い、という印象に変わりました。

日本にミクロネシア連邦の根強いファンがいる理由が少しだけ分かった気がします。
ミクロネシア連邦ポンペイの方々の優しさ。 [2019年12月12日(Thu)]

今、午前3時。資料を作り、メールをいくつも送らなければならず、この時間になりました。
疲労が溜まっているものの、興奮してるので、もう一つ、ミクロネシア連邦について。


自分は小さい頃から、おばあちゃん子でした。いつだったか、自分が赤ちゃんのときによくおばあちゃんにお風呂に入れて貰ってたそうで、そのせいじゃないかと親には言われていました。

そのおばあちゃんは茨城県大子町出身で、自分が中学、高校のときに、当時同じ日立の家から歩って5分のところに住んでいたので、学校帰りによくそのおばあちゃん家に立ち寄り、おじいちゃんも一緒にお茶を飲んで話を聞いていました。相撲を観たり、水戸黄門の再放送を観たり。

当時、おばあちゃんの作る挽肉と細切れにした玉ねぎとニンジンを炒めたのを入れた特製オムレツが大好物でした。


一番記憶に残ってるのはその頃60代後半の時のおばあちゃんです。ラテン系の明るさで(性格が)、ちょっと日焼けして、手とかしわしわですが、すべすべしてました。

自分が2003年にマーシャルに行く頃には、認知症が出てしまい、自分の顔を見ても話しても思い出してくれませんでした。

2011年1月に93歳で亡くなりましたが、当時自分は財団でパラオ出張中で、看取ることができませんでした。あと、何が原因だったか忘れてしまいましたが休ませてもらえず、葬儀にも出ることができませんでした。家からの連絡が遅く、手続きが間に合わなかったのか。49日の時は休んで参列できました。



ときどき思うのですが、ミクロネシア連邦やマーシャルの女性、特に50〜60代の女性を見ると、何となくそのおばあちゃんを思い出します。

ミクロネシア連邦の女性と言ってもコスラエとポンペイしかよくわからないのですが、優しいし、基本的に明るいし、困った時の顔もそう。だんだん他人に思えなくなってきます。(気持ち悪いでしょうが、つい甘えそうになってしまう)


若い女性も優しい人が多い。あれ、男性も優しいか。

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ピーターさんと。女性との写真を撮れるほどまだ入り込めていないので…。


話変わって、先ほど書いたか忘れましたが、1月に就任されるポンペイの新しい知事について。

何と!新知事の父親はマーシャルの初代大統領アマタ・カブア大酋長の弟、母親はポンペイの酋長系だそうです。

初めてマーシャルとポンペイ両方の酋長系の血をひく知事ということで、マーシャルでは一部で話題になっていました。まさに「家族」であるので、1月の就任式にはマーシャルからも人が出席しそうだとマーシャルで聞きました。

ますますポンペイが気になります。

もっとミクロネシア連邦の方々と何かできる機会が増えればいいのですが、そうも行かないのかなあ。。。今回の出張でポンペイが好きになりました。(スリーピングレディで有名なコスラエは、10年前から好きです)


5月の出張と今回の出張の違いに今気づきました。5月の時はパラオでガツガツ仕事をしたあと、ポンペイ、マーシャルと移動しました。今回は反対に、マーシャルからポンペイに移動しています。もしかすると、この順番も今回の印象の変化に影響しているかもしれません。

さ。明日は7時起きで連絡待ちです。
サモアの麻疹流行 報道 [2019年12月12日(Thu)]

アルジャジーラがサモアにおける麻疹危機について報じていました。
https://www.aljazeera.com/amp/news/2019/12/samoa-measles-epidemic-death-toll-reaches-70-191209012037644.html

気になった点は下記。

1.亡くなった方が70名に達した。
2.亡くなった方の8割以上が幼い子供たち。
3.流行時のサモアにおけるワクチン接種率はわずか30%。
4.ワクチン接種率の低さはワクチンに対する疑念があったことが背景にあると見られる。
5.現在、ワクチン接種率は90%に達しているが、免疫ができるまで10から14日かかるため、まだ流行のピークを過ぎたかは不明。
6.周辺のトンガ、フィジーはワクチン接種率が高いため、サモアのような被害には至っていない。

出来るだけ早期に収束することを願うばかりです。
人と繋がる喜び [2019年12月13日(Fri)]

夜10時に寝て4時起きの予定が、悪夢で0時に起きてしまい、もうすぐ3時半です。
疲労が溜まったり、寝不足になると、おそらく首と背中に影響が出て、肋骨と腕と手がピリピリしてきます。

昨日は、追加の作業が発生し、睡眠時間が2時間足らずで、今日も2時間。昨日は腕の痺れと不快感がギリギリの感じだったので、事務仕事をさぼりました(と言っても出張中の移動で元々限界がありますが)。今日このあと、どこかで眠れればいいのですが。


今回の出張で、マーシャルではランウィ国家警察長官に会いました。

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確かあれは2010年の会議の時だったか。自分がつけていたジバンシィのプレイという香水を気に入ったと言われたので、残りの香水をあげたことがありました。

今回それを思い出したので、プレイが店になかったので、同じジバンシィの似た香りの香水を個人的なクリスマスプレゼントとして渡しました。渡した瞬間にランウィさんも上記のエピソードを思い出していました。

また別の友人には、前回ちょっと揉めたこともあり、仲直りの印に、これも個人的なプレゼントとしてジョニ青。前回黒を飲んでいたので、ここは気合を入れて青。その友人もその違いがわかるので、喜んでくれました。



ミクロネシア連邦では、初対面でしたが、しっかり話を聞いてくれる方々がいました。

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環境緊急事態管理部のトニーさん。前日まで大臣代行を務めていたそうです。


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たまたまお会いしたポンペイ州土地所有権裁判所(?)のオリバーさん。教育・法律畑の方ですが、現地の伝承などを執筆されています。

またいつか。お元気で。


眠くなってきましたが、まもなく夜が明けていきます。

シャワーを浴びて、準備しないと。
ミクロネシア生まれ? [2019年12月14日(Sat)]

昨日帰国しました。機内で2時間ほど眠れたので、調子も少し回復。ただ手はまだピリピリしています。
ミクロネシア連邦のポンペイでは、今回Joy Hotelさんに滞在しました。オーナーの鈴木さんも良い方だし、現地スタッフの方も優しく気がつくし、お陰さまで気持ち良く過ごすことができました。

そのJoy Hotelで、仲間を手に入れました。

ジャーン!

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スポンジー!

ミクロネシア生まれの天然海綿です。

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奥のクラフトも、数年前よりも質が高くなっています。つい沢山買ってしまいました。
ミニ島嶼国ミーティング [2019年12月21日(Sat)]

昨晩、非公式会合という名の飲み会がありました。
いくつかありますが、例えばサモアの麻疹(はしか)流行の話。

感染者数5000人超、死者78人、その大多数が4歳以下の子供たち。今年、サモアでは、最初のはしか患者が4月に見つかったそうです。

現場では担当者が予防接種を早急に進めるべきと進言したものの、政府としては放置状態になってしまったそうです。

担当者の危機感の背景には、生ワクチンに対する懸念から住民の予防接種率が3割だったこと。しかし、コストの問題か、危機感の欠如か、放置されて、結果多くの死者が出てしまいました。防ぐことができた災害だとして、現地では議論があるようです。

周辺国も含めて、はしかの予防接種証明が必要な国もあるかもしれないので、渡航予定のある方は、事前に最新の情報を得た方が良さそうです。


また例えば島サミットの話。

島サミットは太平洋島嶼地域と日本の会議になり、首脳宣言は地域と日本の最大公約数のようなものになります。

しかし島嶼国側には、その地域と日本の合意が、いかに個々の島嶼国との関係、二国間関係に繋がるのかが分かりにくいようです。

二国間関係の例えば経済協力では、日本側は島サミットの首脳宣言に基づいて、行われてると思いますが、何か分かりにくいと。

反対に首脳宣言に基づいて二国間レベルで話しても、今ひとつ響かないといった印象もあるようでした。(日本側は実直に取り組んでいると思うのですが...。)


久しぶりの集まりだったので、なんやかんやで、深夜まで続きました。
アリソン・ワンダーランド! [2019年12月22日(Sun)]

昨日、晴海で、シドニー出身のアリソン・ワンダーランドのWarehouse Projectがありました!
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ミトグリ(ちょっと太平洋地域の話を)

ライブは期待以上で、脳への刺激が半端なく、そして今日は筋肉痛。

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一流クリエイターの空気感は、違う。壁を軽々と越えていく。

来年の目標がちょっと見えてきました。(白目)
オーストラリア… [2019年12月27日(Fri)]

先週土曜にアリソン・ワンダーランドと握手して話してから、何か違ってきた気がします。

「仕事で太平洋地域をオーストラリア、NZ、米国、フィジーなど飛び回っているけど、あなたの音楽で良い感じ」と話してみると、「自分も移動が多いから、大変さが分かる。」と言ってくれました。それだけで、しばらく生きて行けそう。

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今週のある日、オーストラリアの友人と都内のカフェで話す機会がありました。

せっかく仲良くなれたのに、もうすぐ国に帰ってしまいます。時間が過ぎるのが速い。

気を取り直して「遊びに行く理由ができた」と言うと、「そうや〜」と言ってくれましたが、オーストラリアの火事は本当に酷いとのこと。

気温が高く、雨は降らず、風は吹き、火を消しようがないそう。

自然におさまるのを待つしかないのでしょう。人は無力。
フラットに [2019年12月29日(Sun)]

今日、2週間ぶりくらいに走ってみました。この数週間、心身ともに厳しい状況が続き、特にこの2週間は、走る意欲が消えていました。
一昨日が仕事納め。昨日は徹底的に何もしないこととし、頭をフラットに。スポンジを絞って隙間を増やし、軽くする。それで今日は少し動く気力が戻ってきたという感じ。

今日は午後になり、ようやく走る気になりましたが、あらゆる関節がグラグラであったため、今日は短く5キロだけ。明日以降、もう少し走れるかどうか。

昨日はフラットにと言いながらも、太平洋島嶼国はクリスマスシーズンがひと段落したタイミングなので、夜遅くにマーシャル 、パラオ、フィジーとのやり取りがありました。

明日、明後日は、現地は平日なので、問い合わせへの対応が必要かもしれません。

宿題もいくつかあるし、何とかしないと。