CANPAN ブログ検索
Loading
  • もっと見る

« 2019年11月 | Main | 2020年01月»
プロフィール

塩澤 英之さんの画像
塩澤 英之
プロフィール
ブログ
最新記事
月別アーカイブ
カテゴリアーカイブ
<< 2019年12月 >>
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31        
RSS取得
https://blog.canpan.info/spinf_shio/index1_0.rdf
https://blog.canpan.info/spinf_shio/index2_0.xml
台湾 [2019年12月02日(Mon)]

先週木曜、財団での会議の後、成田へ向かい、深夜便で台湾に向かいました。
宿に着いたのが午前1時過ぎ。とりあえず寝る。

翌朝、作業を終わらせ、会議の場所に移動し、終日、会議で意見交換などを行いました。

COP25の直前で、会う人会う人、大変そうでした。

会議では「日本で人気なんでしょ?」と、バブルティーが出されました。

7CF686A1-9FFD-4907-8704-4135B2DE7F79.jpeg

所詮キャッサバ。炭水化物じゃんと思い最近飲んでなかったのですが、やっぱり元気が出ますね。日本では流行りが終わりそうですが、台湾には前からあるし、これからもあることでしょう。


宿に戻り、近くの夜市に。

CB7203D0-DA7C-4B6C-9A72-FBA43FAFE1A3.jpeg

C01F0487-733A-4B51-BA10-CFE4FD8168EF.jpeg

何か食べようと思いましたが、尿酸値超高い自分にはちょっと危険そうな食べ物ばかりだったので、諦め、宿の近くで食べ物を探しました。

すると、近くにいい感じの店があり、そこでようやく夕食。

7C0ADE7F-6E77-4C74-93B7-39964F2BC30D.jpeg

69C92ADE-FB83-4057-B455-5879A52048C6.jpeg
かえる

台湾ビールを飲むと、マーシャルを思い出します。

と、少しだけ台湾を味わい、翌朝帰国しました。正味36時間。

最近のソロモン、キリバスの動きで、落ち込んでいるかと思っていましたが、今回会った人たちは、柔和なのですが、何かこう覚悟があるというか、腹が座っているような、芯の強さを感じました。

今回の会合が、次に繋がれば良いのだけれど。
時間 [2019年12月03日(Tue)]

土曜の午後に台湾から戻り(今度は休暇で行こう!)、大学の同窓会に途中から参加しました。
みんなもそうらしいですが、自分も20年ぶり。

今回分かったのは、みんなに会ったのは18才の時でしたが、まあ、「三つ子の魂百まで」というのは正しいということ。

年齢ゆえにスカしている時期もあるでしょうが、根っこの性格は変わらんだろうと。

先日フィジーでマウィさんが、人のMotiveは2才の時には形成されてる、って言ってましたが、そのとおりだと思います。

たいていの同窓生は、すでに子供が成人してたり、高校生だったり、時間はあっという間に過ぎていて、自分は自分中心の生き方でしたが、「ああ、この十数年、何とか生き残ってきたんだな」と、自分の立ち位置をある意味確認する場だった気もします。

「教師生活25年」という仲間もいました。

今回不参加でしたが、大学卒業後、改めて医学の世界に再チャレンジした人がいました。確かその頃、とにかく自分は自分で誰かの役に立って、最期はその友人に看取ってもらうことが夢だと言っていたことを思い出しました。

これからは1年1年サバイバルになるのでしょう。みんな次に会うときまで、元気で。


そして、昨日は、新宿の東京麺通団で勝谷誠彦一周忌の飲み会に参加。

B65D5AD1-E79F-4C39-8A32-3503565F6D52.jpeg
昨年11/29に葬儀に出て、もう一年が経ちました。時間が経つのがはやい。

書道の水島二圭先生に話を伺うことができ、ちょっとした気づきがありました。

また勝谷氏の晩年、2015年から昨年11月に亡くなるまでの、さまざまな変化についても、参加されていた方々と話す中で、だいぶ分かった気がします。

メディアも大変だったろうなとか、やがて終焉に向かっていくところとか。おそらくそういう人生だったのでしょう。皆さんの話を聞いていると、遅かれ早かれ、行き着くところは同じだったように感じました。映画を観るようです。

そのほか、絶対に表に出ないであろう話があり、人間らしさというのか、特殊さというのか、そんなところを感じました。

あとは、あのまだキレがあった2014年ぐらいまでの勝谷氏が今の世界情勢をどう観るのか知りたかったという声もありました。自分もそう思います。
サモアで麻疹が広がる [2019年12月04日(Wed)]

11月中旬には現地で報道されていましたが、サモアで麻疹の流行が依然として拡大しているようです。

死者はすでに50名を超えているとのこと。ジカ熱やデング熱の比ではありません。

日本、ミクロネシア連邦を含む、多くの国々が援助や義援金を送っていますが、ニュースを見るとまだ収束には時間がかかるのでしょうか。

自分は専門家ではないので、迂闊なことはかけませんが、仮に国民約20万人の多くに免疫がない場合、全体に感染が広がったのちに収束するのでしょうか。

サモアの皆さんのことが大変心配です。
サモアの麻疹に関する報道 [2019年12月05日(Thu)]

サモアでの麻疹流行の現状について、BBCが詳しく報じています。

人口20万人中、感染者4000人。

これまで60人が亡くなり、その多くが5歳以下の子供たち。

17歳未満の子供は、人が集まる機会への参加禁止。

さまざまな機関が、ワクチン投与を進めており、現状55%に到達。ただし、ワクチンが効果を発揮するのに(免疫ができるまで)通常10日から14日必要。

日本からも医療支援チームが入っているそうです。


大変な戦いだと思います。できる限り被害を抑えられるよう祈ります。
ま、ま、マーシャル [2019年12月06日(Fri)]

昨晩遅くグアム着。
DF87F9E6-F1DA-415D-922F-FED53A622B92.jpeg

A1CB5C99-1D1A-472C-AFCE-A2BE630717BF.jpeg

今朝6時にホテルを出て、夜7時半にマジュロ着。

9CA1B3D5-ED29-4D1F-BD95-167B8874C9A6.jpeg

レイン、レイニン。
エモチ チャンポ ガン マジュロ。イルクン ムック。イガナン キキ。

マーシャル語が少し蘇ります。

宿に着いたのが、8時半。アイランドホッパー、1時間半ごとに離着陸を繰り返す。エコノミークラスさすがにきつい。

サモアが舞台の、Fast & Furious、ザ・ロックとジェイソン・ステイサムで面白いのですが、ホッピング間の時間が短いせいで、いつも途中まで。5回繰り返しました。

空港では、麻疹の水際対策を行っていました。
フライ [2019年12月06日(Fri)]

今日、大切な仲間が1人、離れて行きました。歳を重ねるとうまく誤魔化すことができると思いますが、1人の時間になると、やっぱり寂しさが込み上げてきます。

今日は、グアムからマジュロまで移動してきましたが、朝6時半から7時半、夜9時からこの時間までネットで連絡を取り合っていました。

その間、フィジー、マーシャル 、FSM、ナウル、日本と連絡ができました。まだ抜けている相手もいます。

今回のマーシャル出張では、木曜の夜に移動、今日金曜は上記時間以外ネットに繋がらず、月曜のアポの確認ができず、その場で勝負と思っていたところ、1人はポンペイ到着時に一瞬繋がったネットで返事が届き、もう1人は何と!同じ機内にいました。

落ち込んだ気持ちをギリギリで支えられてる感じかなあ。

そうそう、マーシャルは、前回5月の時は9年ぶりで、ショックが大きかったのですが、今日感じたのは、10年前に比べて、特に今の30代以下はしっかりしているというところ。以前はフリーアンドイージーがマーシャルの人々でしたが、今の世代は違う。
物忘れ [2019年12月06日(Fri)]

歳のせいなのか、メンタルの不具合なのか、物忘れや記憶が曖昧になりがちです。
例えば
アイロンのコンセント抜いたっけ?とか
アパートの玄関の鍵閉めたっけ?とか。

無意識の行動は危険。指差し確認必須。


今回の出張で木曜午後に成田に着いたのですが、まだ出国ゲートを出る前のことです。

遅めのランチをとっていると、スマホが見つかりません。「そういえば、〜で一度スマホを置いたんだった。」と慌てて戻りましたが、すでに無くなっていました。

通りがかった空港職員に事情を話すと、丁寧に空港内サポートセンターまでエスコートしていただけました。

しかしそこにも届けられていない。搭乗開始まであと1時間。仕方がないので、職場の携帯でキャリアに連絡し、使用を停止しました。

その際、位置情報を確認してもらうと、まだ空港内で、しかも自分のいる場所の近くとのこと。改めて最初の場所に移動しましたが、やはりありませんでした。

今考えるとアップルウォッチがあったし、職場の携帯で電話してみればよかったのですが。

ああ、バックアップしていない写真とか情報をなくしてしまったと落ち込みつつ、搭乗開始まで、あと30分しかありません。

空港のサポートセンターに再度連絡しても、まだ届いていない。

出張先へのお土産も買わなくてはならないし、もう出国しなくちゃ、と思い、何となく、いつもハンカチを入れている胸ポケットに手を入れると、「︎!!」。ありました。スマホ。

空港職員の方に申し訳ないとか、この1時間は何だったのかとか。もう恥ずかしさと自分の愚かさと安堵感が入り混じったまま、出国。

でも何なんだろうか。ポケットに全て触れたはずなのに無いものと思い込んでいたのか。

・・・こうやって人は限界を認識していくのでしょう。
マーシャル諸島のはしか対策 [2019年12月07日(Sat)]

サモアでは、今日時点で、はしかによる死者が68人に達しているそうです。
マーシャルではこの状況を受け、国家災害管理室と保健省らにより、海外から人が入ってくる首都マジュロで防止策が行われています。1人でも感染者が出れば危機だとの強い認識を有しているとのことでした。

CF7F9F0A-951D-45B1-8574-AB47C8AB87E0.jpeg

現地マーシャルでは、保健省の職員などが各家庭を一つずつ回り、はしかのワクチン接種状況の確認を行い、未接種の人にワクチン摂取を行っているとのことです。目標は90%とのことですが、当事者は100%を目指すと。

費用は350万米ドル(約4億円)。マジュロの人口は約3万人。クリスマスシーズンを控え、多くの人々が首都マジュロから各離島に移動するそうで、とにかくできるだけのことをする。もし離島にはしかが広がれば、被害も発生する可能性が高いとのこと。(離島で生まれた子供たちにはワクチン接種がなされていない人も少なくない)

もう一つ。今日ユナイテッド航空からメールがありましたが、マーシャルへの渡航者に医療機関からのはしかワクチン接種済証明書が必要となるとの事でした。

これもマーシャルの国家災害管理室が航空会社に求めたものだそうです。ユナイテッド利用だと、マジュロにはグアム経由で、さらにミクロネシア連邦のチューク、ポンペイ、コスラエ経由とハワイ経由の渡航者がおり(マーシャル 人含む)、南からはナウル航空がフィジー、ナウルなどを経由して渡航者がいます。

特にワクチン接種が十分ではない国の多い南ルートをより警戒しています。

11月中旬の段階で、フィジーでも数名はしか感染者がいたとのことですが、おそらくサモアほど広がっていないようです。

現在マーシャルでは1月まで効力のあるデング熱流行に対する非常事態宣言があり、自ら動く体制ができているとのことでした。

マーシャルとサモアの国家災害管理室間でやりとりがあり、サモアでの流行の要因の一つを教えてもらいました。詳細は書けませんが、結構厳しい指摘がサモア国内でもあったそうです。

サモアにおけるはしかによる死者数は、2009年9月の津波による死者数に匹敵します。
マーシャル諸島、今後に期待したい。 [2019年12月09日(Mon)]

今回のマーシャル諸島は、約9年ぶりの5月の訪問に続いて7カ月ぶりになります。
今年の5月にこちらを訪問した際には、センスの意味で、雰囲気が霞んでいたというか、不自由さ、経済の停滞、燻んだ雰囲気を感じていました。

今回は、選挙後だからか、何かこう重石が取れたような、微かな希望と自由を感じます。

89C64A0A-9FB6-453F-B05B-C27EA308E109.jpeg

目が慣れたのか、5月の時よりも人々の顔が見えるようになり、到着したその時から、急にマーシャル語が蘇ってきました。

0B70CEC8-6754-4BBC-A144-2CFC180138E1.jpeg

マッタン・チリックとか、アイブシ、アチリ、コボーヤ、エモチ、エッチャラック、ブエブエ、ブエブエナート、エナーナ、ジェレバレ、イリジュ、バルンガ、レイニン、チャンポガンローラ、ジェテアワ、カッキジェ、ジャガネマン、、。

こちらにいた時は、最初自分は短期隊員で現地語の訓練は受けていなかったので、マーシャル語を使ってなかったはずですが、意外と覚えているものです。何かこう、グッとマーシャルが近くなりました。

5月から12月までに何があったかな、と考えると、あ!っと思えるポイントがありました。おそらくこの空気の変化は、それが影響しているのでしょう。

選挙後の今、政権側と反対側が、毎日のように会合を開き、多数派工作をしているようです。今日、結構深い話を聞き、ちょっとだけ情勢が見えました。

自分からは、これまで一貫してワシントンDC、ツバル、台湾などで話してきた考えとメッセージをある人々に伝えました。

これが彼らの心に届き、彼らなりの考え方で適切に表現してもらえればと、願うばかりです。

混乱の3年を経て、マーシャルは重要なポイントに来ています。
マーシャル 内向きと外向きと [2019年12月10日(Tue)]

今回のマーシャル滞在では、マーシャルにいながら、日本、フィジー、ナウル、マドリード、米国、ツバルなどにいる方々とメールベースですがやりとりを続けました。

通信環境に制約がありますが、繋がると速い!現在のパラオよりも感覚的には3倍速い。繋がれば、ですが。

これは、このような離島のような環境にあっても、あっという間に国際情勢、政府内にいて意識すればコアな情報に触れられるということを意味します。

しかも彼らは英語を使うので、その情報量も理解もメディアのトレンドについても、一般的な日本人よりも早くキャッチできるでしょう。


今回ちょっと感じたのは、気候変動、気候変動と対外的にかなり目立つ発言をし、住民はサバイバルのために危機と戦っているという話もメディアを通じて目にします。じゃあ、彼らは自分の国の中で、住民のためにどのような努力をしているのか。


本当にそこには対応しなければならない事象は起こっているのに、対外的にメッセージを出し、さまざまな支援やプロジェクトが行われるものの、そのもともとの事象に直面している人々にその効果が届いているのか。ということ。


以下は科学データに基づくものではなく、素人の考えとか耳にした話です。

10年前にもマーシャルの首都マジュロでは年に1〜2回高潮の被害が発生していました。

マジュロというのは、もともと小さな島が連なる環礁でしたが、戦前の日本、戦後の米国によりそれらが埋め立てなどで繋げられ、現在の形になっています。

近年のものは不明ですが、当時高潮の被害を受ける場所は、もともと小さな島と島を繋ぐ境目の浅瀬(サンゴ)だったところだったりして、もともとの海流がそこを突き抜けようとするパターンになってるのではないかと疑問を感じたものです。

これも10年以上前の話ですが、ロックアイランドのローラビーチについても、環礁のある部分を打ち抜いたこと(チャンネル。水路を作ったこと)でラグーン内の海流のパターンが変化し、砂の供給量が変化したり、海流のパターン変化により浸食が進んだりしてるのでは、という話もありました。長く住んでいた人の感覚のようでしたが。

地形を確認し、高潮被害、潮高などのデータを揃えて冷静な対策を立てる。それはおそらくコストが大きいので、それに基づいて開発パートナーに考えを共有し、協力を受けるようにすべきじゃないかと思います。してるのかもしれないですが。


これは単に参考として書きます。再生可能エネルギーについて。

2007年〜2008年に発生した、石油価格高騰、穀物価格高騰、リーマンショックを受け、マーシャルでは急激な物価上昇、信託基金からの運用益減少(原資縮小)、燃料費支払い急増(電力をディーゼル発電で賄っているため)による財政危機に直面しました。

それを背景に、燃料消費量の削減(電力関連支出の削減)と電力供給の安定化を目的として、太陽光発電や海洋温度差発電の話が出てきました。現実的だったのが太陽光発電。(この話をしていたのが、故トニー・デブルム元大臣、故ブルース・キチナー元外務次官(当時は次官補)、ハイネ大統領の旦那さんのトミー・キチナー氏(当時は資源開発次官)。当時のキャステン・ネムラ官房長官は、ディーゼル発電機の発電効率の良い機種へのアップグレードを求めていました。)

それが今では気候変動の話になっています。

彼らは安価で安定した電力を得たいのが本音でした。当時は。今は、ちょっと分かりません。
| 次へ