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塩澤 英之
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フィジーとラグビー [2019年10月20日(Sun)]

フィジーに駐在して仕事をしていたときに、気づいたことがありました。
何かの行事や交渉ごとなどがあるとき、日本人からみると、なかなかものが決まらず、混乱しているように見え、やきもきすることがありました。たいていの場合、そう見えました。

しかし、彼らは彼らの社会の中で、お互いにプッシュしてはいけないし、ヒエラルキーも守るし、丁寧に話して決めていかなければなりません。そのため、見えないところで、日本人であれば胃が痛くなるような準備をしていることがよくありました。

その混乱の中には、外国人である我々を巻き込むことは避け、あるとき我々に「セット!」と言います。

そして、「セット」と言った後は、早い展開で物事が進んでいきます。

自分はフィジーで仕事をしていくうちに、その「セット」というのが、ラグビーでスクラムをガシッと組んだ瞬間に見えるようになりました。

あとはスクラムハーフの選手がボールを入れ、展開していきます。

そのようなところから、フィジーとラグビーの繋がりは本当に深いんだなあと思ったものです。

今回のワールドカップでフィジーは予選で敗退しましたが、SNSではフィジーの血統を持つ選手が9名決勝トーナメントに進んだという話が出ていました。

日本のリーチマイケル選手だけでなく、ニュージーランド、オーストラリア、そしてフランス代表にもいます。先ほど、そのフランス代表のヴィリミ・ヴァカタワ選手がトライを決めましたが、同選手はNZ生まれで小さいときにフィジーに移住し、U19フィジー代表でもあったそうです。

フィジーはまだまだワールドカップを楽しめますね。
ラグビー [2019年10月20日(Sun)]

超本気の南アフリカとの差は歴然でした。日本はまだティア2だと思います。
辛いけれど、素晴らしい試合を作りあげてくれた日本代表に感謝。フィジー、トンガ、サモアも暖かく見守ってくれたのではないでしょうか。

個人的な希望としては、ワールドカップに限らず、この人の根本的な何かを揺さぶるラグビーを日本国内でもっと盛り上げていきたい。

さらに可能であれば、南太平洋諸国との本気の試合を増やして欲しいと思います。

スポンサーをつけて、豪州、NZ、マオリNZ、サモア、トンガ、フィジー、日本でリーグ戦のようなものができれば、基盤が強化されるし、面白いことになるだろうなあ。

次は来年の東京オリンピック。7人制ラグビーでどこまでやれるか。楽しみです。
内閣府防災情報のページ [2019年10月21日(Mon)]

台風19号による被害はあまりにも広く、現状を知りたいと思っていたところ、内閣府が情報を発信していました。

10/20現在のものだそうです。

これだけの情報を収集し対応されている方々がいることに驚くとともに、できるだけ早く日常生活が回復することを願ってやみません。

東日本大震災のとき、実家のある日立市も大きな被害を受け、ライフラインが止まっていましたが、当時、メディアでは情報が報じられていませんでした。

東京にいた自分は、テレビなどから福島で何が起こっているのか情報を得ることができましたが、被災地ほど情報が入らないという状況になっていました。

そのようなときに、国交省や海上保安庁の職員の方々が、黙々と港湾や流通経路の早期の復旧に向けて取り組まれていました。

現在も各地で報じられてないところでも、さまざまな取り組みがなされているのだと思います。

現地に入ってボランティアをという話も聞きますが、自分はもう年で役に立てないし、そこまでの根性はない。できることといえば、日常生活を送り、経済活動を行い、少しだけ募金することくらいしかありません。


上記リンク先の資料で、30ページ前後に河川の情報が記載されていますが、「決壊」の文字を見ると血の気がひきます。

これからまた雨が降るようですが、災害が拡大しないことを願います。
今日という日 [2019年10月22日(Tue)]

即位礼正殿の儀があるとは認識していましたが、遠い世界の話だよなあと、部屋でぼんやり過ごしていました。

12:50、風呂から上がり、正装してテレビをつけると、部屋に陽がさしてきた気がします。

平成のときには若すぎて何もわかりませんでした。モノクロの記憶しかありません。

今は十分に歳をとり、またパラオの観光事業をきっかけに(わかりやすい)日本神話を読み直し伊勢神宮に何度か参拝する機会を得たことで、人の時間を超えてこう脈々と続く何かを教えてもらえた気がしているのですが、そのためか、今日はテレビをみながらいろいろ感じることがありました。


1996年6月頃、青年海外協力隊平成8年度1次隊の訓練所生活の間に、二本松の隊員候補生が、確か赤坂御所で当時の皇太子殿下と雅子さまにご挨拶させていただくという機会がありました。

候補生は100人以上いたと思います。当初は10数人が挨拶して終わりというものと伺っていたところ、皇太子殿下と雅子さまが二手に分かれて、時間を延長し、隊員候補生全員と言葉を交わされました。

全部で赴任先は20カ国くらいあったと思いますが、自分はザンビアで、皇太子殿下とお話しさせていただき、皇太子殿下の持つ空気感に痺れたことを覚えています。

別の輪では、雅子さまが女性の候補生と楽しそうに話されていました。

当時、初めての海外で、病気も多い未知の途上国に出発しようとしていた自分にとっては、背中を支えていただけたような大きな出来事だったと思います。

そして今日、今上陛下が宣明されるお姿と皇后陛下の凛としたお姿を見て、時代が来たのだなと感じました。


また、自分としては「国際社会の友好と平和」「人類の福祉と繁栄」というところが心に残りました。いろいろ慣れすぎて忘れがちだけど、根本はそこなんだと。

気張って何かをするということではなく、日々の暮らしをしっかりしていくこともそうだし、それぞれの置かれた立場でしっかり役目を果たしていくことが、そこに繋がるのだと思います。

あとは安倍総理の万歳。昨日テレビで見た海部総理のときの万歳は手のひらを前に向けるものでしたが、安倍総理はしっかり手のひらを内側に向けていました。
コンロテ フィジー大統領 [2019年10月24日(Thu)]

現地フィジー・サン紙の記事です。

https://fijisun.com.fj/2019/10/23/president-konrote-attends-the-enthronement-ceremony-of-japanese-emperor-naruhito/

フィジーのコンロテ大統領が天皇皇后両陛下に謁見された際の1枚の写真が掲載されています。


これも古い話になりますが、自分がまだフィジーにいたころ、2014年9月にフィジーが総選挙を実施し民政復帰がなったあとだったと思います。民政復帰したとはいえ、当時はまだ豪、NZを中心とする先進国側は、その後のフィジーとの関係修復について躊躇しているような状況にあったころ。日本とフィジーの関係もまだ十分に回復しておらず、両国関係がギクシャクしていたころのこと。

選挙以前から、花谷特命全権大使(当時)は、政府要人を公邸での夕食会や昼食会に個別に招待し、両国の相互理解の深化と信頼醸成を図っていましたが、ある時、コンロテ雇用機会生産性産業関係大臣(当時)を招待されたことがありました。2014年9月〜2015年3月の期間だったと思います。

自分は当時書記官として同席させていただいていましたが、コンロテ大臣(当時)は大変明るく率直でかつ親日的な方という印象を受けました。

コンロテ大統領は、2006年12月のバイニマラマ軍司令官(当時)によるクーデターの際には、倒されたガラセ政権の閣僚でしたが、退役少将で、フィジー国軍時代にはレバノンでの国連平和維持活動で活躍し、多くの勲章を受章されています。

出身は、フィジーの本島にあたるビチレブ島のスバから北北西約500km、ツバルの南西約250kmのところにあるロトゥマ島になります。ロトゥマ島には1万人以上の人口がおり、先住民ではありますが、いわゆるiTaukei(イタウケイ)と呼ばれるフィジー先住民系ではありません。ロトゥマ語という固有の言語や文化があるところです。人々の容姿はポリネシア系に見えます。


そのコンロテ大統領ですが、2015年に議員互選により、大統領に選出され就任されました。フィジーの歴史上、初めてイタウケイではないフィジー人が大統領になったと話題になったものです。


フィジーは英国領当時、総督(Governor-General)がいました。フィジーでは、総督は、歴代フィジー先住民系の大酋長から選ばれており、1970年の独立により総督のポストが無くなり、大統領が置かれるようになってからも、GCC(Great Council of Chiefs)により大統領は同様にフィジー先住民系の大酋長から選ばれてきたようです。

(*フィジーでは、大統領は儀典上の役割を担い、政治は首相が権力を有しています。)

GCCは議会の上位に位置付けられていましたが、選挙で選ばれる議員による議会とは異なり、伝統的権威、すなわちフィジー先住民系の大酋長が集まる機関でした。

話が終わらなくなるので、短く切りますが、バイニマラマ首相が2006年に、1年間の猶予期間ののち、無血クーデターを起こし、ガラセ政権を倒しました。そこにはその数年前から続く、いろいろな話があります。

しかし、一つの理由には、国民の5割超がイタウケイ(フィジー先住民系)、4割弱がインド系(19世紀に東インド会社により農民として移住することになったインド人の子孫や、近代にビジネスで移住するようになったインドのグジャラート州出身の方々など)、その他が欧州系、アジア系、ロトゥマ人、ブラックバードと呼ばれ英国によりソロモンなどから労働者として強制移住させられた人々の子孫などからなり、宗教もキリスト教、ヒンズー教、イスラム教などがあるなど、フィジーは多民族多文化国家であるにも関わらず、国がイタウケイのさらに大酋長系エリート層優遇で運営された結果、変化する世界情勢に対応できなくなった、これではフィジーの繁栄は実現しないという危機感がありました。

そして、ターゲットは民主的な枠組みではない先住民系大酋長エリート層の枠組みともみなされたGCCに置かれ、2013年9月に公布された新憲法においてGCCが廃止されました。また大統領はGCCではなく民主的に選ばれた議会により選ばれることとなりました。

当時、2012年〜2013年の間、同憲法は草案が長い期間にわたり議論されていましたが、担当していた確か南アフリカかケニアの学者が、民主的な議会の上に、選挙に寄らない有識者などによる貴族院のようなものを作るという案をまとめたことから、同草案が破棄され、最終的にフィジー側で新憲法草案がまとめられ、公布されました。

公布されたのち、同憲法はバイニマラマ政権を確保するためのものであり、憲法改正が大変難しいものであると、日本を含めさまざまなところから否定的な声が出ていました。

しかし、一連の変革が、2006年クーデター前の先住民エリート層優遇の国家から、多民族多文化国家への国家改革であるという視点でみると、同憲法は出自に関わらず国民は皆平等という考え方でまとめられています。例えば、以前の憲法では、議会には民族ごとに議席配分がなされており、先住民系が過半数を確保しやすい形となっていました(先住民系も一枚岩ではないし、進歩的な方々もいるため、歴史上インド系首相が誕生したこともあります)。

伝統的権威や文化に敬意を払いつつも、他の出自のフィジー人も皆平等に権利を有する国に変え、先住民系でないフィジー人もフィジー国民として国の発展への参加を求める改革で、フィジーは今もその流れにあります。

しかしながら、先住民系にはインド系住民に先住民として有している土地などの権利を奪われるとか、伝統社会が崩壊するとか、フィジーがフィジーではなくなってしまうという強い懸念があると聞きます。

一方で、同じ先住民系であっても、例えば出自が平民である人々にとっては、実力があれば政府のポストに就くことができ、雇用機会も増え、同様にインド系や他の出自の人々も実力次第でポストを獲得できるようになったとして、これを評価する人もいます。



このような経緯を踏まえてみると、コンロテ大統領は初めて議会から選ばれたイタウケイではない大統領であり、ある意味で新時代のフィジーを示す存在かもしれません。
フィジーのコンロテ大統領、SPF訪問 [2019年10月25日(Fri)]

本日午後、フィジーのコンロテ大統領がマタイトンガ大使、ケレラ一等書記官、ファリシャ一等書記官らと笹川平和財団を訪問されました。


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右から、大野理事長、田中会長、コンロテ大統領、マタイトンガ大使、茶野常務。

昨年来、フィジーの外務次官、海軍司令官、今回のコンロテ大統領と、訪日の際に、笹川平和財団に立ち寄っていただき光栄です。笹川名誉会長には昨年バイニマラマ首相、今年はタワケ海軍司令官が面会されました。

個人的には2009年に設定した野望のような目標に向かって、一歩一歩進んでいるように思います。

いつも崖っぷちですが、2009年に財団に入り日本のフィジー大使館との繋がり少しずつ作られ、2012年に財団を離れ、2012年から2015年までフィジーで活動し、財団に戻り、2016年からカッティングエッジシリーズというトラック1.5、トラック2対話を続けて、今になります。


自分は一職員なので、今日は御一行の出迎えやエスコート役を担いました。その際、外務省や警備の皆さんの動きと良い緊張感をほんの少しですが共有させていただき、外務省時代のリエゾンやロジやサブロジの仕事を思い出すことができました。忘れかけていた緊張感が少し戻ってきた感じがします。


30分ほどで会合が終わり、帰りのエレベーターでロビーに向かっていると、黒子に徹している自分について、マタイトンガ大使が大統領に「この人はヒデと言って、前にフィジーの日本大使館にいたんだ」と話してくれました。そして、写真を撮ろうと言ってくれました。

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コンロテ大統領と。


フィジーにいたときにも、意見交換は続いていたりしたので、大使には10年にわたりお世話になっています。

ということは、ケレラ一等書記官とも10年!お互い歳を取るわけですね。つい先日誕生日だったので、今日はこっそりヨハンのチーズケーキをプレゼントしました。どうだったかな?
ああ、オールブラックス…。 [2019年10月26日(Sat)]

(以下、島嶼国とあまり関係ありません)
ラグビー、イングランド対NZを見ていましたが、オールブラックス負けてしまいました。

これで決勝トーナメントで応援していた豪州、日本、NZと3連敗です。自分は疫病神か?


スタジアムで見た豪州戦もそうですが、素人の感想ですが、イングランドはディフェンスが的確で固いと思います。

そのため、攻める側は崩せない壁に体力が消耗し、ハンドリングミスをしてしまったり、何か違うアプローチをしてうまくいかなかったり、判断力にも影響しているように思います。

日本・南ア戦でも、どうやっても崩せない強力な壁に、悔しく、最後まで見続けることができませんでした。

しかし、ラグビーの面白さに気づいたので、1月からは始まるトップリーグや、報道では日本代表が豪州やNZ代表とテストマッチを行う機会を探っているということで、まだまだ楽しめる機会はありそうです。

あ、来年は東京オリンピックがあり、セブンスがありますね。フィジーは前回のチャンピオンですからセブンスも盛り上がりそう。

フィジーがよくラグビー外交と言っていましたが、セブンスでも15でも、今後の日本、豪州、NZ、トンガ、サモア、フィジーの対戦を楽しみにしたいですね。

南太平洋地域に対する見方が、良い意味で広がりそうです。