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パリ [2025年11月01日(Sat)]

10/31、クレルモン=フェランからパリ経由で帰国であったため、クレルモン=フェラン〜パリ便を7時台の便にし、パリでの時間を作りました。
クレルモン=フェランでは、結局3日間、朝食以外はまともな食事をとれず、当然お酒も飲まず、勉強と作業と睡眠(時差ボケがきつかった)で終わりました。

パリには10時着。12時からシンクタンクIFRIのセリーヌとランチ会議があるので、2時間、凱旋門からシャンゼリゼ通り、コンコルド広場、セーヌ川を渡り、エッフェル塔を横目に見ながら歩き、ピッタリ12時に町中の食堂に到着。
パリは3回目で、前回2008年はセネガル行きの途上でモンマルトルのあたりを歩きましたが、凱旋門のあたりから歩くのは2001年以来24年ぶり。

24年前はストラトキャスターとアンプとシーケンサーを転がし、路上で演奏しながら、ロンドン〜パリ〜ニース〜スペインのガダルカナルまで2週間移動しました。

パリではここ。懐かしい。
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あの頃はスマホがなく、携帯メールも使っていた記憶がないのですが、ロンドンの博物館でルブランのストローハットをかぶる夫人の絵に魅せられ、急遽ユーロスターでロンドンからパリに移動。地図と英仏辞書を買って、凱旋門近くのケプラー通り(だったと思う。ガリレオかもしれん)で宿をとり、夕方から夜まで演奏していました。その後4日ほどして地中海で泳ぎたいとニースに移動。

当時はアナログで、英語もできない中、面白いことをしていたなと、何か忘れていたものを思い出すような24年ぶりの2時間の散歩。10キロは歩いたでしょう。この1か月ほどで、NY、DC、NZオークランドと歩き、今回パリを歩いたことで、なんというかフランスの歴史と文化の厚みというのか、大国としてのどっしり感を感じることができました。

その視点でフランスの太平洋島嶼国との関わり方を考えると、これまでの日米豪NZにおまけ的な仏という見方が間違っていたように思います。

フランスは南極側から地球を見ると太平洋、インド洋に多くの領土を確保しているため、南半球の海洋大国でもあり、その大きなネットワークの中の太平洋地域を見ると理解が深まりそうです。

セリーヌは安全保障の専門家であり、今日は太平洋島嶼国の安全保障、フィリピン、ニューカレドニア、チリ、国際政治、フランス内政・極右化の傾向などさまざまな話ができました。オンラインでは年に1〜2回、思い出したように何らかのイベントで会う程度で、対面で会ったのは東京に続いて2回目かな。

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太平洋島嶼地域を単純に北から3つの層に分けると、1番底の層にフランスがいてそことがっしり組めると先進国側の基盤が強化されるそういった印象を持ちました。

フランスに来て最初で最後のまともな食事をご馳走になり、デザートで勧められたのが「Riz au lait」米とミルクといった意味でしょう。甘い米に警戒しつつ、口にするとクリームをお米が絶妙でした。

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そして、どこかでの再会を誓い、アビアントー。

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その後、もう少しパリの空気を感じたく、シャイヨー宮まで1時間ほど歩き、タクシーを捕まえて、シャルルドゴール空港へ向かいました。

自分の意識の中で、フランスが少し近くなったのは収穫でした。太平洋島嶼国をコアに二重、三重の広がりが見えてきました。
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