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パラオの外交権、安全保障・防衛の責務 [2021年04月09日(Fri)]

パラオは、1981年に自治政府を樹立、1994年に米国とCompact of Free Association(自由連合盟約、コンパクト、米国自由連合盟約、米国コンパクト)という条約を結び、独立しました。パラオの場合は有効期間が50年になります。日本では、15年前まではこのコンパクトは経済協力、もしくは経済援助を受けるための協定という見方が主流だったと思います。

このコンパクトは統治、経済関係、安全保障・防衛関係、一般規定の4つの柱からなり、パラオ国民の米国ビザ免除特権・準米国市民扱い、米国からの財政支援・開発支援、安全保障・防衛といった点に特徴があります。これにより、南側諸国の人々の中には、米国自由連合国は米国から完全には独立していないじゃないかという人もいます。しかし、外交権はパラオが有しているし、国際機関などへの加盟云々は、安全保障に関わらない限り、パラオ自身が決定権を有しています。

今日、注目したいのは、このパラオの外交権と安全保障・防衛についてです。

単純化すれば、このコンパクトの取り決めにより、外交権はパラオ、安全保障・防衛の責務は米国が有していることになります。


キリバスやソロモンの件があり、それ以前からパラオでも議会および民間ビジネス関係者らを中心に中国との国交を結ぶ(表向きは経済協定や貿易協定で、国交に関わらないとエクスキューズしていたようだが)といった動きがありました。そのことがあり、パラオでの中台関係は今も注目されています。ただパラオの場合は、首脳が「中国と国交を結ぶ」と言ったとしても、手続きが異なります(キリバスやソロモンの場合は、最終的には議会の過半数の賛成で変わったのか、閣議決定か忘れましたが)。

米国とパラオの間で、中国関連が外交問題であると認識されている場合、決定権はパラオにあります。その場合、次に注目すべきはパラオ憲法。パラオ憲法では、コンパクトを含む外国や国際機関との条約・国交に関する決定は、議会の3分の2の賛成が必要と規定されています。(また、決定が住民の意思と大きく異なる場合、国内が混乱することが想像できます。)

米国とパラオの間で、中国関連が安全保障・防衛問題であると認識されている場合、責務は米国に移ります。この場合、パラオの主権を尊重しつつも、安全保障・防衛に関わる問題とされれば、米国の意思が優先されます。仮にこの状況があるとして、中国と国交を結びたい場合には、コンパクトを破棄しなければなりません。コンパクトの破棄には、議会の3分の2の賛成が必要であり、住民投票も必要になるでしょう。さらに準市民扱いを基盤として構築された人的繋がりを考えれば(ミクロネシア3国の中で、パラオは最も米国に近く、同志といった空気感もある)、コンパクト破棄は難しいでしょう。

そのため、自分が中国側にいるとすれば、パラオとの関係では米国との関係も含め、安全保障・防衛のレベルにならないように、慎重に活動すると思います。

何かに書いてあるわけではありませんが、パラオにおける中国の位置づけが、近年は次のように移り変わっているように思います。

経済 → 外交 → 安全保障・防衛


少なくとも2017年までは、パラオの問題でした。パラオ自身が決定できる範疇だったとおもいます。ところが、表から見ると2018年後半ごろから(2018年5月にはミクロ3国の大統領が史上初めてホワイトハウスで米国大統領と会談した)、空気が変わってきました。表向きなので、実際にはそれ以前から動きはあったものと思います。

空域と海域をカバーする米軍のレーダー施設建設の話が出始めたのは、2017か2018でした。その時は中国が相手ではなく、北朝鮮のミサイル対策とパラオの要請による海域管理が理由とされていました。

2020年9月には当時のエスパー国防長官が米国国防長官としては初めてパラオを訪問しました。そこで、公に、中国の脅威について発言しています。これにより、パラオでは空気がピリッと引き締まったというか、そのような変化がありました。

タイミングとしては、パラオの大統領予備選(同9月下旬)の直前になります(大統領選は同11月)。

ここで、明らかに、中国問題は外交ではなく、安全保障・防衛の範疇にあると認識されました。すなわち、米国とパラオの関係で言えば、実質的な決定権はパラオではなく米国になったといえます(表向きはそうしないと思いますが)。

当時、すでにレーダー施設は完成しており、その運用のために、2カ月に1回のペースで米海軍がパラオを訪問しているという状況にもなっていました。

ここで止めます。
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