CANPAN ブログ検索
Loading
  • もっと見る

« 2020年12月 | Main | 2021年02月»
チームプレイ [2021年01月14日(Thu)]

サッカー、ラグビー、野球などのスポーツを見ていると、例えば日本代表チームが選手の個人名がつく「○○JAPAN」と称される場合、それほど結果を期待できない印象があります。他の国でもリーグ戦でも同様で、中心選手にスポットライトが当たるチームというのは、あまり強くないように思います。サッカーで言えば、自分は選手が結節点としてグリッドを作る面として試合を見ますが、特定の選手が目立ちすぎないチームの方が、面としてグリッドが柔軟に変化し強い。

全てが期待通りの成果を上げているかと言われと難しいのですが、自分はこれまでのキャリアで、ODAや現在の職場での事業を合わせると80件以上のプロジェクトを経験してきました。案件形成まで進んだものの実現しなかった案を含めれば、100件を超えるでしょう。

そのうち、特にODAは国民の税金が原資ですから、どれだけ費用対効果の高いプロジェクト(十数段、巡り巡って日本にプラスになることも期待したりし)にできるかを重視しつつ、調査、対話、交渉、調整、モニタリングなどさまざまな役割を担いました。おかげでODA案件というのがどのように形成され、実現していくかというプロセスをよく理解できます。

これらのプロジェクトは、組織で実施する以上、表に担当官の個人名が残る(もしくは目立つ)ことは避けるべきというのが自分の考えです。当然ながら、原資は個人の資金ではありませんし、各案件とも、その事前調整、採択、遂行、完了まで多くの人々が関与して実現するものです。組織である以上、ODAであれば現地の日本代表である特命全権大使もしくは臨時代理大使が前面に立ち、当財団事業であれば、最終的には財団の名前が残れば良いでしょう。スポーツと同じで、実施側の個々のプレーヤーが目立ちすぎるのはどうかと思います。

もっとも、多くの事業を行い経験値と実績を更新していくわけですから、後生大事にいつまでも過去の事業を引きずるわけにはいきません(経験やエッセンスは新しい事業に反映されたりします)。

また、こんなこともありました。

フィジーでは、引き渡し式に出席した外交官の名前をプレートに残すという現地のしきたりがあります。「何年何月何日に、日本大使館の○○大使(公使、参事官、書記官。。。)により、開所された」など。ただ、いち公僕でしかない自分のような書記官(当時)が、税金を原資とするODAで、個人名を残すことに非常に強い違和感があり、自分に担当が回ってきた場合には事前に通常の「people and government of Japan」(だったかな)に修正してもらうことにしていました。現地の被供与側は少し不満そうですが、こればかりは容認できませんでした。(といって何カ所か残っていたらどうしよう)

また、ある国では、当時実現が難しく各国の建設業者が匙を投げたプロジェクトを日本のある建設業者が技術力を見せ、実現したという案件がありました。それ自体は大変すばらしいことでしたが、現地に行くと、何十年もの間、なぜかその建造物に一企業の名前がついているということがありました。ODAとしておかしいと考え、外交ルートを含め、さまざまなラインからアプローチし、日本という国が前面に出るように名称を訂正していただいたということがありました。

自分としては、調査、調整、調整、交渉、調整、採択、遂行、完了、大使や組織名を前面に出す対外的広報の仕込みなど、裏でいろいろ動き、表面には見えないのが理想です。歳をとったこともあり、最近は前面に出なければならないこともありますが。。

もしくは、表面的には、何か二国間でもめていたり、対話が進まなかったのが、気づいたらなぜか改善されているとか、そのような役割が好きですね。

何回かありましたが、例えばパラオで、何かのプロジェクトに関連するレセプションなどがあったときに、相手政府幹部が自分を見つけ、「やっぱり、ヒデが関わっていたのか」と声をかけられるということがありました。そういわれるときが最も幸せな瞬間です。

自分から見て反対のケースもあります。対象とする島嶼国側で、気づいたらいつも裏で円滑に動くように汗をかいてくれる人たち。そういった方々とは、言葉は交わさなくともお互いに共感できるところがあります。私を滅するといえばいいのでしょうか。

マーシャルの故デブルム大臣には(マーシャルにいたときに大臣とのタフな交渉を何度も担当しましたが)、フィジーの地域会議で何度か挨拶することがあると、毎回自分の上司に、自分のことを褒めてくれていました。交渉は厳しかったけれども、優しい方でした。。。

専門調査員の時には、書記官の方に、「外務省では『オレがオレがの、オレガノフ』という言葉があるんだよ」と教えていただいたことがあります。「俺がやった」「俺の成果だ」と個人の成果を主張する人に対する言葉。一方、優秀な職員は一兵卒として役割に徹します。この人の下で仕事ができて光栄だと思えた上司の場合は、やはり腰が低く、意志が強く、自分の役割に徹していた方々でした。(分刻みで対応していたり、膨大な案件を抱えているので、責任はとるが、一つ一つに執着していられないという背景もあると思います。)

組織で働く以上、その役割に徹するということ。もし、個を出したいのであれば自分でNGOを作るなり、自分で資金を出してやればいいと、30代前半のころに、専門家の先輩に教えられました。


太平洋島嶼国に関わった経験がある人は、この20年で累積数百人にのぼると思います。

現在の自分は、研究員の立場で比較的自由に情報発信したりブログを書かせていただいていますが、表に声を出さない(もしくは立場上出せない)だけで、それぞれの分野に詳しい専門家・実践者が何人もいます。

そういった方々の貴重な知見を消さないような取り組みが必要な時期に来ているように思います。

最後はちょっとズレてしまいましたが、今日言いたかったことは、チームプレイ。
| 次へ