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ミクロネシア連邦ポンペイ州、温かい。 [2019年12月11日(Wed)]

今、ミクロネシア連邦ポンペイ州に来ています。
ミクロネシア連邦もパラオのように、日本には非常に熱く強い繋がりを持つ方々がおり、自分のような一見さんのような人間がブログに書くのもおこがましいのですが、記録の意味も込めて書かせてください。

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2年前に1泊だけ立ち寄ったのを除くと、前回5月が7〜8年ぶりの訪問でした。それから今回7カ月ぶりに来ました。

前回は非常に重く、混乱と息苦しい思いとが重なっていたのですが、今回は人が良く見えるのと、少し空気になじめた感じがします。

この変化は自分の目が開いたからなのか、天気のせいか、面会した方々の違いから来るのか、何なのかよく分かりません。この7カ月の間に何かあっただろうか?もしかすると、あれかな?

ただ今回もいろいろな理由で動きにくい空気があり、今朝までアポが確定せず、電話も繋がらないし、メールも届かないし、今回の出張は失敗か...と思っていました。

電話もメールも繋がらず、目的の機関の住所にはパリキールとしか書いていないし、人に聞いてもわからない。

今朝、それでも何とか動いてみようと、人にお願いして、首都パリキールに向かいました。

ところが、いつの間にか道が逸れて、いつか来たことのある風景になりました。

気づくと丘の上にあるピウスさんのお墓の方に向かっていました。

ピウスさんとは、8年ほど前に亡くなったピウス国家警察長官のことです。亡くなる前日、自分は出張でポンペイに来ており面会していました。その時、ピウスさんは出張帰りで、嫌な汗のかきかたをしていたのを覚えています。出国した後に急逝してしまったとの連絡が届きました。

ピウスさんは、本当に温かい人で、冗談も言い合えて、大変お世話になっていた方でした。

亡くなった後、数カ月後にポンペイに来る理由を作り、そこで家族に面会させていただき、お墓参りもさせていただいたことがありました。

今朝は途中で引き返しましたが、そこで何かこう、いろいろなことを思い出し、また何かが落ちたような気もします。ピウスさん。

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その後、無事パリキールに到着し、パリキールはそれこそ9年ぶりでしたが、こうスススッと記憶が蘇り、迷うことなく行くべき場所に着きました。

押しかける形は失礼なので、とりあえず滞在中に会えないかアポを取り付けようとしたのですが、直接話すことができました。

その他にも、コロニアで会うべき人に会いました。

途中、こちらのミスで問題が発生し、その場ではその人は許してくれたということもありました。しかし、一連の取り組みが終わった後、もう次に会う機会が無いかもしれないと思うと、このままじゃ帰れないと思い、名前だけを頼りに場所を見つけ、改めて謝罪しました。

すると、その人は、直接会いに来たことに対して、かえって感謝していただき、温かい言葉に救われました。


7カ月前、ポンペイというと「コントロール可能な混乱」という印象が強かったのですが、今回の滞在で、ポンペイの方々は欲が低く、責任感があり、手際よく仕事を進める人が多い、という印象に変わりました。

日本にミクロネシア連邦の根強いファンがいる理由が少しだけ分かった気がします。
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