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トンガの友人 [2022年06月22日(Wed)]

以前ここに書いたトンガの友人。
3月には精神的にまいっていて、助けを求めてきたことがあり、5万円ほど送金したことがありました。

その友人が、数日前写真を送ってきました。

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何と!友人たちと家族のために家を作っています!!

働き者で、タフ。かえって勇気をもらった感じがします。3月の絶望的な状況からは考えられない。父、強し。

いつかまたトンガに行って、一緒にカバを飲みながら、ゆったりといろいろな話を聞きたい。友人の家族とも一緒にご飯を食べたい。そんな風に思います。
トンガの友人、強い。 [2022年06月04日(Sat)]

今朝、時差を気にしないトンガの友人から連絡がありました。

3月ごろ、「もうだめだ、助けてくれ」と、普段弱音を見せないその友人から連絡があり、個人でできる範囲で5万円ほど送ったということがありました。もともと、貧しい家庭ではなく、ヌクアロファの一般的な平民の人です。

何年か前、サイクロンの被害の時にも同じ額を送ったのですが、その時には、家の屋根の修理や、新たにコミュニティで農業を始めるというきっかけになったようでした。

せっかく農業を始め、収穫したタロイモなどを売れるようになったのですが、1月の火山噴火後、畑がだめになってしまい、新型コロナウイルスに対するロックダウンもあり、精神的に落ち込んだのが3月だったのだと思います。

それで、今朝2〜3か月ぶりに連絡があり、現地時間で8時ごろ、日本時間で5時ごろでしたが、コミュニティの人々とブロック塀を積み上げて何やら新しい住居をつくっている様子。また、中古のワゴン車(おそらく日本から調達したもの)も見せてくれました。

おそらくビジネスを再開しようとしているのでしょう。ともかく、元気に復活してよかった。子供も中学、高校にいたと思うので、一家を支えるお父さんは強くなければ。もともと強い意志の持ち主で、アイデアマンでもある感じだったので、ほっといても何とかしたでしょう。ただ、お金を送ったことよりも(これにも感謝はしていましたが)、遠くにいる日本人の自分が彼と彼の家族を気にかけているということを示したことが意味を持っていたようでした。

まあ、生きていれば何でも起こりうるし、ある事象の後にどちらに転ぶかはわかりません。今回、その友人の場合は良い方向に向かい、そのことが自分の気持ちも高めてくれました。

支援ではなく投資している気持ちになります。


また、昨日は、フィジーにいる別のトンガ人の友人が忙しい中、連絡をくれ、頼んでもいないのにいろいろと助けてくれました。気にかけてくれてありがたい。
トンガの友人 [2022年04月02日(Sat)]

トンガでは、コロナ対策のロックダウンが続いています。
先日、現地の友人に様子を聞いたところ、農地は火山灰でやられ、ロックダウンで商売もできず、家族で部屋にこもり、非常に苦しいと、これまでにない悲壮感が伝わってきました。

このタイミングかと思い、2週間程度の生活費を送りました。

土曜には、町に出られるということで、今日受け取りに行ったようで、今朝早く(向こうは3時間進んでる)、メッセンジャーのビデオ通話で起こされました。(昨晩はいつの間にかソファーで寝てしまっていた)

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まあ、先日より強さを取り戻し、声にハリが戻っていたので、しばらくは大丈夫でしょう。

お返しという意味だと思いますが、自分が死ぬまで小さな土地を貸してくれると言っていました。何か現地と繋がりができるようで、ありがたく気持ちをいただきました。

農業も再開すると言っていたので、数週間後、また様子を確認してみましょう。
第187回海洋フォーラム「トンガ復興アピール」(動画) [2022年03月15日(Tue)]

昨日、下記のプログラムに沿って、第187回海洋フォーラム「トンガ復興アピール」が開催されました。

-----------------
オープニング
18:00‐18:05 開会挨拶 角南篤 笹川平和財団理事長
18:05‐18:15 来賓挨拶 北岡 伸一 国際協力機構理事長

第1部 トンガ火山噴火・津波災害
18:15‐18:25 災害概要 堧水尾真也 JICA東南アジア第六課・大洋州課 課長
18:25‐18:35 日本の主な支援 黒崎岳大 東海大学スチューデントアチーブメントセンター 講師
18:35‐18:50 トンガ王国の現状 テヴィタ・スカ・マンギシ 駐日トンガ王国特命全権大使 

第2部 日本・トンガの過去現在未来(仮)
18:50‐19:50  モデレーター:大塚祐子 上智大学外国語学部教授
        スーパーバイザー:テヴィタ・スカ・マンギシ 駐日トンガ王国特命全権大使
        パネリスト:北原卓也氏 早稲田大学人間総合研究センター招聘研究員
              前田大志氏 オーストラリア国立大学、元JICA海外協力隊(職種:珠算) 

クロージング
19:50−20:00 閉会挨拶 阪口秀 笹川平和財団 海洋政策研究所 所長
---------------------------

第1部は冷静に今回の災害に関して確認し、トンガ政府による中長期の復興ビジョンを共有させていただきました。第2部では様相が変わり、トンガと日本の人の繋がりを深掘りした内容となりました。

第2部では、90年代から現地に関わっている上智大の大塚教授、2000年代から関わっている北原さん、2010年代から関わっている前田さんの話があり、70年代まで遡りました。そして、最後に阪口所長がさらに遡る話をされ、なんと60年にわたる関係を一気に辿った形となりました。

また、全編にわたり、スカ・マンギシ駐日トンガ大使がライブで参加され、お話を直接伺うことができるなど、興味深い内容になりました。Sharing is Careが合言葉かもしれません。

笹川平和財団ユーチューブチャンネルで当日の模様が公開されています。さまざまなプレゼン資料が動画の中で確認できますので、現時点のトンガ情勢を記録する点でも意味があったものと思います。

3/14 18:00〜 トンガ復興アピール(第187回海洋フォーラム) [2022年03月13日(Sun)]

1/15にトンガで発生したフンガトンガ・フンガハアパイ海底火山の大噴火およびそれに伴う地震・津波による災害に関し、明日3/14の18:00より当財団海洋政策研究所主催、JICA・太平洋諸島センター後援による第187回海洋フォーラム「トンガ復興アピール」を開催します。よろしくお願いします。(お申し込みページへのリンクは、最下部にあります)


以下、事務局からの案内になります。

**参加無料・要予約**
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
【海洋政策研究所】第187回海洋フォーラム
「トンガ復興アピール」
(2022.03.14開催)
https://us.msgs.jp/c2/RsEdZ?t1=7&t2=3d9uaKECGWc&t3=H4vBB
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
[日 時]
2022年3月14日(月)18:00〜20:00(日本時間/JST)

[開催方法]
今回の海洋フォーラムはYouTubeにて配信いたします。

[テーマ]
トンガ復興過程における新たな日本・トンガ関係の醸成

[登壇者] 
オープニング
 18:00‐18:05 開会挨拶 角南篤 笹川平和財団理事長
 18:05‐18:15 来賓挨拶 北岡 伸一 国際協力機構理事長

第1部 トンガ火山噴火・津波災害
 18:15‐18:25 災害概要 堧水尾真也 JICA東南アジア第六課・大洋州課 課長
 18:25‐18:35 日本の主な支援 黒崎岳大 東海大学スチューデントアチーブメントセンター 講師
 18:35‐18:50 トンガ王国の現状 テヴィタ・スカ・マンギシ 駐日トンガ王国特命全権大使 

第2部 日本・トンガの過去現在未来(仮)
 18:50‐19:50 モデレーター  :大塚祐子 上智大学外国語学部教授
        スーパーバイザー:テヴィタ・スカ・マンギシ 駐日トンガ王国特命全権大使
        パネリスト   :北原卓也氏 早稲田大学人間総合研究センター招聘研究員
                 前田大志氏 オーストラリア国立大学、元JICA海外協力隊(職種:珠算) 

クロージング
 19:50−20:00 閉会挨拶 阪口秀 笹川平和財団 海洋政策研究所 所長


※現在調整中であり、時間および内容について変更の可能性があります。

[参加費]
無料

[お申込みについて]
参加ご希望の方は下記のリンクよりお申込みください。 お申込みいただいた皆様には、お申込受付のメールにてYouTube配信のURLをご案内いたします。なお、お申込みの際、以下の点についても必ずご確認いただきますようお願い申し上げます。

〜お申込みにあたり〜
・お申込み後、仮登録確認メールが届きますので、メールにある登録完了用URLをクリックし登録を完了してください。

・最後まで登録されておらず、フォーラム当日にお申込みの問合せが大変多くなっております。大変お手数をおかけして申し訳ありませんが、ご登録手続きを最後まで進めていただきますようお願い申し上げます。

・仮登録確認メールが届かない場合は、spfpr@spf.or.jp からのメールが迷惑メールに設定されている場合がございます。あらかじめ迷惑メールの設定を解除いただきますようお願いいたします。また、入力したメールアドレスが間違っている場合もございますので、再度お申込み手続きを行っていただきますようお願いいたします。

◆お申込みページ◆
https://us.msgs.jp/c2/RsEdB?t1=7&t2=3d9uaKECGWc&t3=H4vFG


トンガの友人、コロナ禍の中でのサバイバル [2020年07月22日(Wed)]

以前、ここに書いたことがあるトンガの友人ですが、ときどきフェースブックのLiveで現地の日常生活を見せてくれます。

レストランや運送業など、観光業に関わっている方なので、コロナ対策でトンガ国境が封鎖される中、トンガ政府の経済支援はあるようですが、稼ぎが激減している状況。

それでも家族とコミュニティの生存(前向きな意味で)のために、いろいろ取り組んでいるようです。


今日は、現在コミュニティの方々と荒地を開墾し、キャッサバやタロイモなどの畑を作っている様子を流してくれました。

現地の一市民の意見なのでしょうが、食品価格の上昇や、かの国からの輸入物資が増えることで、基本的な食料も外国に押さえられてしまうという危機感もあるとのことでした。


おそらく自家消費だけではなく、生活のために、コミュニティとして国内市場で現金化も図ると思います。もともとサービス業中心であったところから、食料(食糧)生産に生活基盤を変えるわけで、一つのアフターコロナの形なのかもしれません。

トンガ国内でそのような動きがあるのであれば、コロナ禍がかえって持続可能で強靭な島嶼社会構築を促すのかもしれません。

自らの足で立つ健全な国家へ、というと失礼か。

もしかすると、今後、農業に関わる資機材、トラクターや灌漑設備整備のニーズが増えるのかもしれないし、それが現地の人々に直接良い影響をもたらすかもしれません。

このような細かなところから、日本とトンガの人と人の関係強化に繋がるのではないか、などと思ったりもします。放っておくと、中国がドーンっと支援しそうな気もしますが。。。


その友人は、明日、トンガ国王が、彼らの取り組みを観に来られると、嬉しそうに話していました。
トンガのトゥイバカノ元首相に有罪判決(2) [2020年03月11日(Wed)]

このようにトンガについて振り返ると、今回のトゥイバカノ元首相裁判の見え方が変わってきます。

1つは、民主化運動の視点。

トンガの平民は民主化を望む声が強い一方で、王族や貴族は権利をできるだけ守りたい。そのため、アキリシ・ポヒバ首相は厄介な相手であった。トゥイバカノ元首相の容疑についても、民主化が進み、ポヒバ政権ができたことで2015年に表に出てきたもの。(過去の記事のどこかにトゥイバカノ元首相は王族と縁戚関係にあるとありました。)しかし、裁判は一向に進まない。

2019年9月にアキリシ・ポヒバ首相が逝去。

今年に入り、トゥイバカノ元首相の裁判への動きが出始め、当初9つあった容疑は、中国関連含む6つの容疑が王室の権限で却下され、先日裁判で残り3つの容疑について有罪判決があった。


もう一つは、中国関連。

王室と中国は親密な関係にあることがよくわかります。あまり目立ちませんが、ピロレブ王女は民間で活動されていますが、王女の名前がメディアに出るときには、中国関連の場合がよくあります。

今回は、トゥイバカノ元首相の容疑のうち、王室の権限で中国関連が却下されました。


トゥイバカノ元首相の裁判という小さな記事でしたが、このように読み解くと見方が変わってくると思います。

トンガでは依然として、王族・貴族と平民の関係(民主化、議会、人権)、王族と中国の関係が、大きな要素として存在しています。


自分が太平洋島嶼国関係の報道を読む場合には、基本的にこのように背景を探ります。今回は時間があるので、その一例を共有させていただきました。
トンガ(2) [2020年03月11日(Wed)]

トンガは男系であり、トンガ情報通信省資料によれば、現在のトンガの正式な貴族階級が33あり、現在、国王、皇太子、王子3名、貴族(〜卿)が25(3つは空席)とのことです。このタイトルには土地の権利が付帯しています。他に永世貴族のような階級が8つあります(こちらは土地はつかない)。トンガ全体の人口構成でみれば、圧倒的に平民が多いということが言えます。

このような階層社会のトンガでは、独立以降、トンガの政治も外交も経済も王室が握ってきたこと、さらに1996年以来の中国との親密化が背景にあり、平民に不満がたまり、2000年代に入ると、のちに首相になった故ポヒバ氏などを筆頭に民主化運動が活発化することになります。

2002年、2004年には議会で政治改革案が出され、2005年にはPIF総会でトンガの民主化運動が提起されました。

その民主化運動のピークが2006年11月の首都ヌクアロファの商業地区(CBD)で発生した大暴動です。当時、ポヒバ氏は演説などを行っていたようですが、この暴動によりCBDが焼けました。逮捕者は約800人。

2006年当時のトンガGDPが約350億円のところ、この暴動による損害額は100億円弱ともいわれ、当時トンガ政府がCBD再建資金支援を開発パートナーに求めました。

しかし、通常のODAのラインでは適切な支援手法はなく(なぜなら具体的なプロジェクトではなく、資金を調達したいというものであったため)、例えば豪州、NZなどは民間銀行を介した融資枠設置などを行ったと思います。

そこで手を挙げたのが中国。ヌクアロファCBD再建計画として、中国から総額約70億円のローンを得ることとなりました。2007年に合意、2008年から事業開始。当然、当時のトンガ政府は王室主導でした。ここに、のちに外部で「借金の罠」と揶揄される中国との関係が始まります。融資の扉を開いたというか。

ただ、中身をみると、中国が悪者にされるのは気の毒というか、トンガもトンガだと思います(踏み倒し前提で資金を求めた節がある。。)。

内容は、
(1)総額4億4000万元(1億4270万トンガドル、約70億円)
(2)猶予期間10年(交渉により5年延長、2018年9月より返済開始予定が、再交渉で再延長)
(3)返済期間20年
(4)金利2%だが、管理費等含め、毎年3.75%の支払いを行っている。
   (すなわち、トンガ政府は毎年2億5千万円前後を10年以上支払っている)

この資金を使い、トンガは、以下のプロジェクトを実施しました。
(1)2006年の暴動で破壊された商業地区の再建(2012年完了)
(2)ブナ埠頭建設(2012年完了)
(3)セント・ジョーンズ政府庁舎建設(2017年完了)


これで中国からの資金調達手法を知ったトンガ政府は、さらに資金を調達します。
・トンガ全国道路改修事業(2009年合意、2010年事業開始、2017年完了)
(1)総額2億9100万元(9450万トンガドル、約45億円)
(2)猶予期間10年(交渉により5年延長)、返済期間20年、2020年9月より返済開始
(3)金利2%だが、管理費等含め、毎年3.75%の支払いを行っている。
   (すなわち、トンガ政府は毎年1億7千万円前後を支払い続けている)

皮肉にも、民主化運動が、中国と王室主導のトンガ政権の関係をより親密化させたと言えます。ただ、のちにこれらの融資が国に対するものなのか、王室を通じた民間に対するものなのかという議論もおこりました。

(つづく)
トンガ(3) [2020年03月11日(Wed)]

さて、トンガを民主化の視点から見てみましょう。

再掲すると、当時の議会は平民議席9、貴族議席9、国王が任命する閣僚14名で構成され、首相も国王が任命していました。33名中、平民は9名のみ。形だけの平民議席と言えます。

人口の大多数を占める平民の民主化の声を受け、議会は2002年、2004年に政治改革案を発表しますが、満足のいくものではなく、2006年のヌクアロファ大暴動に繋がりました。

そして、2010年に議会改革が行われます。新しい議会構成は平民議席17、貴族議席9議席の全26議席で、議会が首相を選出することとなりました。

一見大改革に見えますが、貴族側が平民から5名取り込むことで、依然として貴族・王族による支配が続く形となっています。そのため、平民主導の政権を作るためには、平民議席17議席中、13議席を1つの政党もしくはグループが占めなければなりません。非常にハードルが高い。

新しい制度で行われた2010年の選挙では、平民側議席はポヒバ氏率いる政党DPFI(Democratic Party of Friendly Islands)12議席、無所属5議席で構成され、DPFIが平民過半数を占めたものの、無所属平民議員5名と貴族9名が結束し、首相には王室に近い貴族議員のトゥイバカノ卿が選出されました(トゥイバカノ卿というのは伝統的タイトル名ですが、トンガではタイトルが継承された時点で名前として使用するそうです)。国王は現在のトゥポウ6世です。

ポヒバ氏率いるDPFIは選挙で大勝したものの、平民が関与できない貴族議員枠のために政権をとることはできませんでした。

4年後、2014年の選挙ではDPFI9議席、無所属8議席、貴族9議席となりましたが、首相指名選挙ではポヒバ氏が15票を獲得し、ついに平民政権が誕生しました。議長には同じく15票を獲得したトゥイバカノ卿が選出されました。(ちなみに土地担当大臣は貴族議員)

故ポヒバ首相は、民主化運動の闘士であり、王室の政治関与を軽減し国王の地位をより象徴的にすることを目指していました。そのため、2017年8月までに4回ほど内閣不信任案を提出する動きがありましたが、いずれも否決、もしくは議会に提出されませんでした(2017年2月には内閣不信任案が正式に議会に提出されたが、否決された)。

しかし、2017年8月、議長トゥイバカノ卿が枢密院を介して国王に助言し、憲法に保障されている国王の権限で、議会が解散され、同年11月に平民17議席のみの選挙が行われることになりました。(これは民主主義の視点では覚えておくべき事例だと思います)

結果は、DPFI14議席、無所属3議席のポヒバ圧勝であり、初めて1つの政党が単独過半数を獲得。これはトンガ国民の根強い民主化支持を表すものであり、貴族および王室の政治関与への不満の表れであったといえるでしょう。

平民の政治参画強化を実現したアキリシ・ポヒバ前首相ですが、残念ながら、病気のため昨年9月逝去されました。
トンガ(1) [2020年03月11日(Wed)]

3/9、2010年12月から4年間にわたり首相を務め、2015年1月から3年間国会議長であったトンガの「トゥイバカノ卿に対する裁判があり、有罪となった」との報道がありました。

https://www.rnz.co.nz/international/pacific-news/411347/former-tongan-pm-found-guilty-of-3-charges


「罪状は、パスポート取得のための虚偽の申告、偽証、ライセンス無しの銃弾の所持の3件」。2015年に問題が明らかになった際には、「中国人に対するトンガパスポートの不正発給、収賄など9つの容疑が挙げられていましたが、王室の権限で中国人へのパスポートや収賄に6件の容疑については、裁判の前、取り下げられ」ました。マタンギトンガ紙(3/6付)


良い機会なので、2〜3回に分けて、背景など紹介したいと思います。



数年前、過去30年の現地マタンギトンガ紙の記事や現地財務省資料などを基に調査した自分用の未発表資料があるのですが、良い機会なので、抜粋し、紹介していきます。

トンガは1875年、国を統一したジョージ・トゥポウ1世の下で、憲法が制定され立憲君主国となり、1900年から英国の保護領、1970年に外交権を回復し独立国家としての歩みを始めました。(独立という言い方に議論がありますが、ここでは混乱を避けるため独立と書いていきます)

太平洋島嶼国では、Chief=伝統的酋長がいますが、トンガでは王族、貴族、平民の身分の違いがあります。

独立時の国王は故トゥポウ4世(1965.12.16〜2006.9.10)で、子息として、ピロレブ王女、皇太子(のちのトゥポウ5世)、王子(のちの現国王トゥポウ6世)がいました(*トゥポウ5世には子がいません)。

トンガの政治は独立以来、王室が握り、2010年まで、議会は平民議席9、貴族議席9、国王が任命する内閣14名で構成され、首相も国王が任命していました。

たとえば、1990年代から2010年までの指導部は以下になります。

(1)1991年8月〜2000年1月
   国王:トゥポウ4世
   首相:バロン・バエア(トゥポウ4世のいとこ)
   外相:のちのトゥポウ5世(〜1998年8月)
      のちのトゥポウ6世(1998年8月〜)防衛相兼任
(2)2000年1月〜2006年2月
   国王:トゥポウ5世
   首相:のちのトゥポウ6世、外相・防衛相兼任

(3)2006年3月〜2010年12月
   国王:トゥポウ6世
   首相:フェレティ・セベレ(貴族)


トンガは独立以来、台湾と外交関係を結んでいましたが、1998年、国王トゥポウ4世の意思として、以下を理由に中国と国交を結び、台湾と断交しました。
(1)トンガ国連加盟へのサポート(台湾は1971年に国連を脱退)
(2)中国へのキリスト教布教
(3)トンガの将来の経済成長

この変化の大きなきっかけとなったのがピロレブ王女です。王女が中心となり、1994年、民間のトンガサット社が設立され、香港に支所が設置されました。

トンガサットの構想は、1988年頃、米国インテルサットの技術者であった在トンガ米国人ニルソン氏が、トンガ上空のアジアと太平洋をカバーする衛星スロットの活用を王室に働きかけたことが基になっています。

当時の現地報道を見てみると、1996年、香港の中国返還前頃から王女の香港での活動が活発化し、王女と中国がビジネスで繋がり、やがて王室と中国を繋ぐ窓口となっていったことがわかります。同年、国王トゥポウ4世は、香港に拠点を持つ王女ピロレブに対し、中国との国交正常化を指示、王女は北京を数次にわたり訪問することとなりました。

そして1998年に中国にシフトという流れです。

当時の動きを時系列でまとめると
1994年 トンガサット香港事務所開設(ピロレブ王女)
1995年7月21日 第三次台湾海峡危機勃発(1996年3月まで)
1996年 国王トゥポウ4世 王女ピロレブに中国との国交正常化指示
  (以後、王女ピロレブは1998年10月まで北京を6回訪問)
1997年7月 香港、中国へ返還
     国王トゥポウ4世、香港、北京訪問
1998年8月 外相(のちのトゥポウ5世)辞任
1998年10月26日 外相(のちのトゥポウ6世)、北京で共同コミュニケ発表
1998年11月2日 中国と国交樹立、台湾と断交

また、その後のトンガと中国が結んだ2010年までの主な協定は次のとおりとなります。
1998年11月6日 海底鉱物探査協力協定
1999年 中国人民解放軍・トンガ軍 活動協力協定
1999年 二国間貿易協定(WTO加盟向け)
2005年 観光MOU締結、中国のADS(Approved Destination Status)獲得

ちなみに、1998年11月の国交樹立後、中国はニューヨークにトンガの国連代表部を設置するため、王女ピロレブを介して、約2億円の援助を行い、1999年9月、トンガは国連への加盟が承認されました。またトンガは中国など複数の国と二国間貿易協定を結び、2007年にはWTO加盟が正式承認されました。

(つづく)
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