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駐日パプアニューギニア大使館 [2024年03月05日(Tue)]

午後は4〜5年ぶりに下目黒の駐日パプアニューギニア大使館を訪問し、初めてアバル大使、ワズアック一等書記官と面会しました。
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初めてだったのと、パプアニューギニアと直接プロジェクトを行っていないこともあり、少し心配していましたが、大使はすぐに我々の特徴を把握され、約90分意見交換をさせていただきました。

私が持っている問題意識と大使の考えが一致しており、大きなヒントをいただくことができました。

太平洋島嶼国のパプアニューギニアということで、無意識にパプアニューギニアの潜在力を過小評価している、そういった固定観念があることで可能性を狭めてしまっているのではないか、ということに気づきました。

太平洋島嶼国であることは間違いないのですが、どうしても無意識に小さく見てしまうところがあるように思います。例えば、自分が1番最初に海外で生活したアフリカのザンビアより大きい国であり、資源についても可能性があるし、農業も漁業も可能性がまだあります。

全く太平洋島嶼国に関わったことのない門外漢が関わると面白いかもしれません。

あとは昨年8月の若手実務者フォーラムの話も参加者から伝えられていたそうで、そこでまた話が繋がりました。
PNG Sir Rabbie Namaliu逝去 [2023年04月06日(Thu)]

3/31、パプアニューギニアのナマリュー元首相が亡くなりました。

私がマーシャルでの短期ボランティア(2回)、現地教員を経て、マーシャル大使館の専門調査員への採用が決まったのち、外務省大洋州課での赴任前研修が1か月ほどありました。2006年2月〜3月のことです。

マーシャルにいた(現地になじんでいた)感覚のまま、研修が始まったわけですが、その年の5月に開催される第4回太平洋・島サミット(PALM4)の準備会合などのために、グレッグ・アーウィンPIF事務局長(故人)、アンディ・フォントイ次長(当時)、そして共同議長国PNGのナマリュー外相(当時)が来日され、外交の右も左も天も地もわからない中、リエゾンを任されました。

私にとっての外交経験はナマリューさんのリエゾンから始まったと言えます。太平洋島嶼国といえばマーシャルという認識しかなかったときに、ナマリューさんの武士のような雰囲気と(〜トクトクとよく言っていました)極楽鳥が描かれたパプアニューギニアの国旗(外相滞在先の帝国ホテルにあった)のカッコよさに痺れたことを思い出します。

飯倉公館での外相会議に同行した時には、麻生外相(当時)がスムーズに出迎えられるよう「今、〜交差点を曲がるところです」などと無線でやり取りしていました。一部の官僚は冷たく私のような若造を馬鹿にしていましたが、メディアもないところで麻生さんは満面の笑みでナマリューさんを迎え、肩を抱き、自分が頭を下げるとにこやかに手を振ってくれ、これが外交の現場なのだと認識させられました。数日お世話になったハイヤーの運転手にも、最後にがんばれと声をかけていただきました。

その後、マーシャルに赴任し、PNGに関わることはほとんどありませんでしたが、生の外交の現場を経験させていただいたことが、おそらく今も自分の要素として残っています。ナマリューさんは堂々として武士のようでした。

ご冥福をお祈りいたします。
パプアニューギニア ブーゲンビル自治州 [2020年06月24日(Wed)]

パプアニューギニアについて詳しくはないのですが、新聞情報(www.rnz.co.nz)を漁っていて、書いてみたくなりました。

ブーゲンビル自治州はソロモン諸島に繋がるブーゲンビル島を中心になり、住民もソロモン諸島の人々に近いと聞いたことがあります。また銅鉱山が有名です。

そのブーゲンビル自治州ですが、昨年11月から12月にかけて、独立を問う住民投票が行われ、独立支持98%という圧倒的結果となりました。

その住民投票の最終報告書が、先頃、パプアニューギニア政府に提出され、来年にも国会に提出される流れだそうです。

一方、ブーゲンビル自治州では、大統領選挙が、当初予定から同州対コロナ非常事態宣言の影響で2カ月延期され、8月から9月にかけて行われます。現職のモミス大統領が退任されることで、候補者乱立の様相。女性候補もいます。

銅鉱山の再開に向けた話も出ているようですし、今後数年で何が起こるのか注目されます。
PNGブーゲンビル [2019年08月17日(Sat)]

今年11月ごろ、パプアニューギニアのブーゲンビル自治州で、独立に関する住民投票が実施される予定です。
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何年前か、フィジーで人と話したときに、「ブーゲンビルは、地理的意味でのソロモン諸島に属している」と聞きました。

西パプア問題についてパプアニューギニアがインドネシアを擁護しているのは、これも背景にあるのでしょうか。

2つあります。

1つは、住民投票がスムーズに行われるのか。その時期の治安問題。

2つ目は、ブーゲンビル自治州が独立する流れとなった場合の地域安全保障(越境犯罪含む)、領海、EEZ、法執行能力、その他、多くの取り組みが必要となるでしょう。


見る人は、常に地域における法の支配(法執行含む)が脆弱なポイントを探しています。

例えば、豪州にとっては、近隣にそのようなスポットを作ることは避けなければなりません。地域全体としても同様でしょう。太平洋島嶼国と先進国の協力が必要になるかもしれません。
パプアニューギニアAPECの影で [2018年12月01日(Sat)]

自分が青年海外協力隊の視点から、外交の視点に移ったのが、2006年に在マーシャル日本大使館の専門調査員になったときからでした。

協力隊、マーシャルのとき(高校理数科教師)は、隊員経験者を対象とした、リリーフのような短期隊員の立場でしたが、ザンビア時代の失敗と後悔と懺悔といろいろな経験をベースに、非常に濃い活動を行うこととなりました。できる限り、何というか、現地に入り込むことを最優先事項とし、活動していました。結果、彼らが普段外部の人には見せないリアルな悩み、笑顔の裏に隠れている影、話をある程度理解できるようになりました。また、一緒に食事をしていたことで、2年で20キロ以上太ったという副産物もあり、現在の生活習慣病対策の実践・実験に繋がっています。

専門調査員の試験に合格し、2006年2月、外務省大洋州課で1か月の研修を受けました。研修というより、実戦投入。自分は、茨城から出たのは、ザンビアの2年とマーシャルの2年半だけで、東京での生活は初めてで、例えば駅と駅の距離を歩けるということがわからず、霞が関、日比谷、新橋、有楽町など距離感が全くわかりませんでした。当時はスマホもなく、方向もわからず。

その年は、太平洋・島サミットを控えており、議長国パプアニューギニアのナマリュー外相(当時)のリエゾンを担当しました。右も左もわからず、いえば先進国でない国で一般の人々と同じ生活をしていた人間が、東京のど真ん中で外交に関わるという、今考えると恐ろしい状況。

今でも覚えているのは、麻生外相(当時)との外相会談で、飯倉公館まで同行したとき。外相がナマリュー外相を迎えるタイミングをぴったり合わせるため、飯倉交差点を曲がるときに連絡するなど、ロジの一旦を学ぶことができました。車寄せに到着すると、麻生外相(当時)が満面の笑みでナマリュー外相を出迎え、肩を抱き寄せ、自分が会釈すると手を振っていただいたという場面が鮮明に残っています。

早朝、築地に同行したときには、自分はもともと理系で留学経験もなく、英語論文とボブ・ディランで英語を基盤に、ザンビア英語とマーシャル英語のミックスくらいのバックグラウンドしかなかったのですが、いきなり通訳を任されました。職員の方に日本語で長く説明していただいたのですが、自分の通訳は明らかに短く、”エッセンス”を3行にまとめたと、繕いました。その際、当時の大洋州課長も同行していただき、終了後、朝6時ごろ、一緒にお寿司を食べたということもありました。

この常識が違う自分のような人間を、外務省大洋州課はよく暖かく包んでくれたなと、冷や汗と共に思い出しますが、故に自分は大洋州課、外務省、政府、JICAに勝手に恩義を感じています。大学院も家が経済的に余裕がない中、授業料を免除していただけたことで修了でき、道は違ってしまいましたが、何とか国に恩返しをしなければという気持ちが薄っすらとあるように思います。

あ、なぜ過去を振り返ったかというと、それまで自分にとっての太平洋島嶼国はマーシャルだったからです。人もマーシャル。マーシャルの人々は優しく、自分が小さいときのおばあちゃんのように、何というか甘えさせてくれるような、国を離れるときには後ろ髪を引かれるような、常に心配し、気にかかるような存在です。そのような状況の時に、パプアニューギニアのナマリュー外相に会いました。そこで自分のパプアニューギニアの人の印象は「武士」となりました。堂々として、カッコいい。パプアニューギニアの国旗も赤と黒と南十字星と極楽鳥。カッコいい。



前ふりが長くなりましたが、そのパプアニューギニア。先日のAPECで米中の摩擦で、首脳宣言が出せなかったことが注目されたりしましたが、無理にまとめないのもパシフィックウェイの一つだと思います。

パプアニューギニアは大洋州になりますが、地政学的にはインドネシアに隣接しており、自由で開かれたインド太平洋戦略の文脈では、大洋州の中で最も重要な位置にあります。さらにエネルギー供給元として、日本経済の土台を支える大切なパートナーでもあります。また先の太平洋・島サミットで、日本の自由で開かれたインド太平洋戦略に対して明確な支持を表明した5カ国のうちの1つでもあります(他の国々は、フィジー、ミクロネシア連邦、マーシャル諸島、パラオ)。

APECに合わせ、中国はパプアニューギニアと自由貿易に関する20を超えるMOUを結ぼうとしていたそうです。一方で、あちこちから完成するインフラの質への懸念が少なからず現地にはあるそうです。パプアではありませんが、自分が大洋州のある国に公務で訪問していた際、現地政府高官から「この建物は中国の支援で建てられたものだ」「当時、中国だけがこれに支援してくれて、大変感謝している」「しかし、ここを見てくれ、完成して直ぐにひび割れがあちこち見られるようになった」「車両もたくさん支援してもらったが、まだ2年程度しか経っていないのに(広場を指差し)あそこにあるバスはもう動かない。」などという話を聞いたことがあり、以前として質の問題は残るようです。

おそらく、パプアニューギニア政府が日本の自由で開かれたインド太平洋戦略を支持した背景には、日本のインフラ支援の質を求めるという強いメッセージがあるのだと思います。


しかし、事は単純ではありません。例えば無償資金協力の場合、予算規模が小さいと、企業側にメリットがなく、何段階か省きますが、結果的に期待されている「日本の質」に達しないケースが発生することがあります。

また、有償(ローン、借款)だと、基本的に国際入札となるので、資金は「日本」だが、施工業者は「中国企業」ということもありえます。例えば中国企業が受注し、建設した際に、日本レベルの質を担保できるようになれば良いのでしょうが。。。仮に質が同じになった場合は、途上国側にはプラスですが、今度は日本の優位性が薄まるということにもなるという、。。


パプアニューギニアは他の太平洋島嶼国と比較するよりも、アフリカ大陸の途上国と比較した方がわかりやすいかもしれません。東南アジアに近く、経済ボリュームも大きく、経済成長の伸びしろが高く、投資先として未開拓の土地と言えるかもしれません。そのため首都ポートモレスビーでは、外資による投資が盛んで、高層ビルが次々に建てられているとも聞きました。民間の影響力は政府間では何ともできませんが、経済的にはプラス、政治的にはどこかで影響があるのでしょう。

APECに話を戻すと、実はパプアニューギニアは議長国として重要な役割を果たしていました。初めて他の太平洋島嶼国をAPEC会議に招待し、APEC加盟国との対話を促しました。太平洋島嶼国経済が過去5年でアップトレンドに転じた背景もありますが、もともと経済規模が小さく視界に入っていない国々とAPEC諸国・地域を繋ぐというのは、太平洋島嶼地域を世界に開く意味があったように思います。これはこれまで豪州、NZが議長国のときにも行われていなかった事です。

この結果、NZ政府は、自らがAPEC会議を主催するときには、太平洋島嶼国を招待すると表明したそうです。

パプアニューギニアは、他の20のAPEC諸国・地域と15太平洋島嶼国・地域を受け入れたわけで、よく切り盛りしたと思います。大変な苦労だったのではないでしょうか。

その中で、パプアニューギニア政府は、安倍総理を代表とする日本代表団に対し、心のこもった細やかな配慮を示していたとも言われています。

自衛隊によるパプアニューギニア軍の軍楽隊支援は、援助額でいえば小さいものかもしれません。しかし、人と人の心が強くつながる支援であり、日本とパプアニューギニアの戦時中を含む特別な関係の基盤を強化するものです。これはおそらく、他の先進国にも、中国にも難しい事ではないでしょうか。金額に現れない、深い意味があるものであり、日本は日本の支援について、もっと誇りを持って良いと思います。

日本代表団に対し、パプアニューギニア軍楽隊は演奏を披露し、「ふるさと」を日本語で歌ってくれたそうです。

パプアニューギニアも他の国々も、バランスを取らなければならない状況にありますが、二国間で考えた場合、日本とパプアニューギニアがより信頼の置けるパートナー関係に発展する可能性があると感じます。
パプアニューギニアAPEC [2018年10月19日(Fri)]

来月パプアニューギニアで開催されるAPEC首脳会議ですが、先日は同国政府がマセラッティを40台購入したということで、メディアに取り上げられていました。


パプアニューギニアは5月の太平洋・島サミット(PALM8)の際、安倍総理とオニール首相の二国間首脳会談において、「日本の自由で開かれたインド太平洋戦略(Free and Open Indo-Pacific Strategy)」への支持を明確に示しました。

1つは連結性による経済発展の部分への期待(連結性向上による経済的繁栄の追求)、もう1つは援助国・被援助国の関係から、実効性を伴うパートナーシップ、戦略的(必ずしも軍事的意味ではない)パートナーシップへ発展させるという意思があったように思われます。

パプアニューギニアは、人口800万人以上、1000を超える言語、国の枠組みよりも属する部族を優先する人々の傾向や、複雑化した政府機構などがあり、他の太平洋島嶼国のように、例えば比較的短い期間で政策決定や変化を起こすことが難しい国です。

さらにパプアニューギニアでは人口の半数を超える若者の失業率の高さが課題の1つであり、これまでの国としての中小企業起業支援の不足という問題もあったようです。

しかし、今回、APECを主催することになり、さまざまな取り組みのスピード感とスタンダードを他のAPEC諸国に合わせる必要が生じたことで、政府機構内の枠組みなどの改革が急速に進んでいるそうです。また、「国」「国民」という意識がじわじわと高まっており、国がアップグレード(?)するキッカケになるかもしれないとの期待が現地に芽生えているようです。

例えば、47年前からPIFサミットが加盟国の持ち回りで開催されてきたことにより、各国のロジスティックスなど会議開催能力や設備が向上してきました。

APECはさらに大きな規模の影響を与える可能性があります。

まだ気が早いですが、ポストAPECのパプアニューギニアの変化を見てみたい気がします。

太平洋島嶼国の地域経済に対しても、パプアニューギニアの変化・発展は良い影響をもたらすでしょう。

経済関係の観点から地域を俯瞰してみたときに、パプアニューギニアがAPEC窓口、フィジーが南部のハブ、豪州・NZが南部の経済活動を支え、仏領2地域がEUへの窓口になり、ラパヌイ(イースター島)が南米大陸への窓口になるかもしれません。

自分が協力隊員を経て、専門調査員として外交に関わるようになったとき、最初の外務省での研修で、パプアニューギニアの当時のナマリュー外相訪日時のリエゾンオフィサーを務めました。マーシャルの島での7割方現地に染まっていた生活から、いきなりリエゾンオフィサーでした。東京での暮らしも初めてでした。よく対応できていたなあと、今考えると恐ろしい状況でしたが、当時の外務省大洋州課の課長と首席が「失敗しても俺が責任を持つから、どんと行け」と言い、信頼し、勇気づけてくれました。当時は「しおちゃん」と呼ばれていましたが、ここでは10年前から「しおじい」。

話が逸れましたが、当時のナマリュー外相の武士のような風格と帝国ホテルで見たパプアニューギニアの国旗の格好良さ、黒と赤と南十字星と極楽鳥、が脳裏に焼き付いていて、それが自分のパプアニューギニアの基本イメージになっています。
パプアニューギニアで地震 [2018年04月07日(Sat)]

https://www.radionz.co.nz/international/pacific-news/354402/further-destruction-in-png-s-hela-after-latest-major-earthquake
パプアニューギニアで、また強い地震があったようです。

余震なんだろうか。
パプアニューギニアで発生した地震(2/25, 3/7) [2018年03月07日(Wed)]

パプアニューギニアで発生した地震の現状です。


今日の時点で、2/25に発生したマグニチュード7.5の地震による死者は、およそ80名。昨日発生したマグニチュード6.7の余震(震源の深さ約10キロ。浅いので範囲は狭くとも揺れは激しいはず)による死者は18名とのことです。

内陸の山の中で発生した地震であるため、土砂崩れなどが発生しているようです。生き埋めになってしまった人がいるのでしょうが、非常に厳しい。
2/26パプアニューギニア地震 [2018年03月03日(Sat)]

2/26、パプアニューギニアでマグニチュード7.5の地震が発生しました。

震源は内陸ハイランド地方。大規模な地滑りなどが起こり、現時点で30名が犠牲になっているようです。






PNG学生、警官の発砲による死者なしとの報道など [2016年06月09日(Thu)]

昨日、オニール首相の辞任を求める学生運動に参加していたPNG大学の学生4名が、警官の発砲により死亡したという報道を紹介しましたが、6月8日付で、ポートモレスビーの総合病院CEOの話として、死者は出ていないとの記事が出ています。

「No deaths of University students in Port Moresby: Hospital executive」
http://www.pina.com.fj/index.php?p=pacnews&m=read&o=6630971905758933b3979ccc156cec
(6月8日付、POST COURIER/PACNEWS)
「病院には、銃撃により負傷した学生8名が運ばれたが、2人は退院し、6名が入院、容態は安定している。」とのことです。

その他関連報道2つ、合わせて紹介します。

「PM O’Neill condemns agitators」
http://www.pina.com.fj/index.php?p=pacnews&m=read&o=2103310106575892de6abd6450c830

オニール首相は、学生運動の裏に、学生ではない扇動者がいると考えており、これを批判しています。学生が警官隊に投石などを始めたことから、警官隊は催涙ガスを投入し、さらに警告の発砲を行ったことのようです。

「Media Council PNG condemns assault of journalist by police」
http://www.pina.com.fj/index.php?p=pacnews&m=read&o=46298565757589154a30d88a48bfc7

一方、現地メディア評議会は、学生による行進(計画通り、PNG大学から議会に行進するとしていたもの)の途中で、警官隊と学生が衝突し、現場で取材していた記者が複数の警官から殴られたりけられたりしたとして、これを非難しています。

議会では、オニール首相に対する4度目の不信任案が提出されるとの話もありました。
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