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似た感性を持つ人たち(3) [2019年11月23日(Sat)]

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それで、リティアさんの話。
リティアさんは退職されているわけですが、帰国後に何度かフィジーに来ているにも関わらず、会う機会を作れなかったのですが、今回は時間を確保することができました。

確か、これまであまり経歴を聞いたことはなかったのですが、今日話を聞くと、正義感が強く、正直に言ってしまうところがあるようで、本来なら次官クラスなのに課長クラスに降格されたり、外交畑を歩っていたのに、別省庁の貧困対策担当に回されたり、その時の大臣(故ルベニ博士)に人事に関して噛みついたりしてきたとのこと。そして、外交畑から外れて、降格人事ではあったが、貧困対策担当になったことで、視野が広がり、今に繋がっていると。

で、話を聞くと、以前、自分(塩澤)がフィジー外務省に何度も行くようになっているのを見て、なんか普通の公務員ではない変な人と思っていたと。話を何度かしていると自分と似た匂いを感じていたと。固定観念を破ろうとしたり、仲間が少なくても現状を変えようとするところとか。

今日は、それで、社会貢献という感じでボランティア的考え方を持っているでしょ?と。

でも日本大使館にいた時には、あるベテラン外交官に「オレは協力隊経験者を信用しない」と言われたし、日本社会ではあまり良いように思われていないと思うと。

すると、人の性質は、SkillとKnowledgeとMotiveからなっていて、人それぞれ違う。Motiveは2歳の時にもう出来上がってる。と言って、図を書き始めました。

例えば、まったく同じレベルで医師になった人が2人いるとする。1人は都会で大病院で働き、学会で発表し、医学の進歩に貢献することに喜びを感じる。もう1人はコミュニティで医療を続け、コミュニティの一人一人の名前や家族、犬の名前まで知っている。そしてその状況に喜びを感じている。

人はそれぞれ違うんですよ、と。

犬を一生懸命訓練してネズミを捕まえさせるのではなく、猫に捕まえさせた方がふさわしいでしょ?と。

悪い意味ではなく、理解できない人は理解できない。それはそれぞれMotiveが異なるから、と。


別に悩みを相談していたわけではないのですが、なんかそんな話になりました。

それで、来年も自分が健康で生きていたら、ドバイ(!?)で会いましょうと。ドバイ?

2時間の邂逅。
おそらく正しいタイミングだったのでしょう。


日本ではいろんな人に孤軍奮闘と言われたりしますが、理解者はいるし、太平洋島嶼国にも同じ匂いの人がそれぞれ奮闘してるし、孤独ではない。

(終わり)
似た感性を持つ人たち(2) [2019年11月22日(Fri)]

つづき

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リティアさんと。

またある時、あれは2013年の8月末か9月初旬だったと思います。

10 月に日本の熊本で、水銀に関する水俣条約会議が開催されることとなり、日本政府から当時のクンブアンボラ外相に招待状が出されました。

当時のフィジー政権は、2012年5月のPALM6を巡る出来事に関して日本に憤慨しており(日本政府がフィジーの首相を騙したことになった)、閣僚以上を日本に送らないような取り決めがあったようです。(日本は豪州・NZに配慮して首相はよばないとみなされていた時期)

その水俣条約会議への招待状ですが、当時の日本大使館は手交しませんでした。自分は経済協力班だったので、違う部署です。メールと現地職員に届けさせたんだったかな。(普通はこれを機に食事会を開いたり、いろいろ利用すると思いますが、それだけ)

で、自分はその状況を聞いてこれでは不味いと思い(秘までの公電は読める立場だったので水俣条約会議のものも読んでいました。大臣を呼ぶチャンスと思っていたものの、そのような態度)、本省にも本気で呼びたいのか確認した上で、急いでリティアさんにアポを取り、大使館内には経済協力の意見交換(実際に少しは話しましたが)と説明し、会いに行きました。

リティアさんに水俣条約会議の話をすると、「外相は、同じ時期に別の国際会議があるので、訪日しないと言っている」とのこと。

そこで、こちらからは安倍政権と前政権の違いを説明し、今後の二国間関係の回復についても重要なタイミングということと、踏み込んだ情報も共有しました。それで、大使館に戻ると、担当部署の方から、フィジー外務省からクンブアンボラ外相が水俣条約会議に参加すると連絡があったとの話がありました。加えて、担当者が、「日本のことは好きだから、ほっといても訪日するのはわかっていた」と。

後日、リティアさんに会いに行くと、「あの時、ヒデの話を聞いて、大事な話だとわかったので、すぐに外相に伝達した。すると、すぐに考え方を改めて訪日するといい、大使館に連絡した。」「外相は、フィジー政府内には、国連の会議ということで説明できると言っていた。」と話してくれました。

その時に、自分のことを、事態を変えるための重要な話を届ける人物だとして、「メッセンジャー」と呼んでいました。

この話は経済協力ではないので公電では書かずに本省にメールか電話で伝えたんだったかな。


実は、この件とまったく同じ状況が、2015年5月のPALM7の前にありました。2015年4月ごろだったと思います。

日本政府がついにバイニマラマ首相を招待するということになりました。そのために外務省は豪州、NZで環境づくりをし、日本は誇りある国なのだから豪州が何を言おうが首相を招聘すると(本省の幹部の方)、ついに動きました。

ところが、本省から招待状が届いても、やはり手交せず、何かの形で届けるだけ。大使館内では、「首相がPALMに参加するか反応がない」との話がありました。

自分は担当ではありませんでしたが、もう残りの任期も半年ほどだし、これで切られても本望と、友人を通じて首相府次官代理(当時次官ポストは空席だったかと)にアポを取り、会いに行きました。

その人とは初対面だったか。ただいろいろな人が自分のことを保証してくれていたのかもしれません。

次官代理には、安倍政権とは〜で、前政権とは異なる。おそらく安倍総理とバイニマラマ首相は馬が合うと思うし、フィジーの重要性を認識しているなどと話し、大使館に戻りました。

するとすぐに首相府から次席(だったかと思う)に「バイニマラマ首相がPALMに参加する」と連絡があり、そのあと改めて、次席と自分で首相府に説明しに行きました。

後日談として、首相周辺からは、バイニマラマ首相は、日本大使館から直接説明に来たことで真剣に訪日を検討するようになり、日本の現在の政府の状況もわかったことで訪日を決断した。しかし、バイニマラマ首相はその時、「安倍総理は信頼するが、今度は事務レベルも信頼できるんだよな?」と言っていたという話がありました。

(つづく)
似た感性を持つ人たち(1) [2019年11月22日(Fri)]

今日は9時の訪問先でのミーティングから始まり、17時前に戻りました。
しかし、フィジーは日本との時差+4時間のため、17時は日本ではまだ昼食後。ここから日本や他のフィジーより西側の国の人たちとの仕事が始まります。

気づくと何も食べずに現地時間22:30過ぎ。ルームサービスで、簡単な食事を済ませ、追加の調べ物をして、今、2時前。明日は8時から動きます。

出張中は、いかに睡眠をとり、食事をとり、疲労を取ることができるかが問われます。各会合では事前準備も当然必要。その中で、キラッと光るものを捕まえられるかどうか。


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NZ高等弁務官事務所(大使館)で、クリスティンさんと。

この事務所には2013〜15の間、数回訪ねたことがありますが、当時は日本の動きに警戒感が強く、今ひとつ打ち解けて話せませんでした。

今は、アーダーン政権とそのパシフィック・リセット政策を反映してか、島の人間に対して優しく、自分とも同じ目線で話してくれます。

確かにNZは増やしたとは言え、太平洋島嶼国に対する関連予算が大きいわけではありませんが、その人的アプローチの変化で、金額以上の効果が表れていると思います。今まで薄かった北部ミクロネシア地域で、ポジティブなニュアンスでNZの名前を耳にする機会が増えました。

太平洋島嶼国とその地域を面で見た場合、北は日本が人的に親しい繋がりがあり、米国は強い立場にいる。南はNZが現地の人に近いところがあり、やはり強い立場で豪州がいる。この4カ国がそれぞれの強みを活かして連携することで、地域にルールに基づく秩序、グッドガバナンス、反腐敗、自由と民主主義をしっかりと確保すべきだと思います。

やはり同じような視点で地域に関わっている人とは、生産的な意見交換ができるし、苦労を共有できます。


あと今日は4〜5年ぶりに、大の親日家でフィジーの元移動大使のリティアさんに会うことができました。

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今の現地の日本大使館の人も、日本の外務省の人もおそらく知らないと思いますが、日フィジー関係が特に悪化していた2012-2014のころ、リティアさんが関係回復のために尽力してくれていました。

当時自分は正式には経済協力担当一等書記官で、少しでも政務に関わると政務担当書記官に非難される状況のときでした。一方、自分をフィジーに送ってくれた本省の方々は、自分の経験と人脈を活用して、正確な現地情報を日本に送ることを期待してくれていましたし、当時の大使も支えてくれていました。また任期付であったため、守りに入る必要もなく、首になろうが気にせず日フィジー関係の回復のため、裏で動きました。

当時フィジーの外務省にはあまり大使館の書記官が訪問しておらず、しかし自分の経験上、まずは人的ネットワーク構築が必要と考え、経済協力の目的を作り、外務省に通うようにしました。同僚には何で外出するのかと訝しがられましたが、本省と大使の支えと、任期付きの腹括りでやり続けたというところ。

大使館の人が外務省にあまり行っていなかったと思った理由は、本省からのレターなどを手渡し(手交)することがあまりない様子だったのと、外務省待合室に「Dokto」と書いてある韓国の冊子が並べられていたことからです。(それと、フィジーの人たちから、日本大使館は眠っていると言われたことが、何度かありました)

当時は、フィジー外務省の課長クラスの面会相手に「フィジーは韓国の立場を支持してるんですね?」と言ってみたのですが、それを大使館で報告したのちに政務班の方が見に行って「そんなものはなかった」と非難するように言ってきたことがありました。バヌアツであった国旗の件もそうですが、日本の誇りというと大げさですが、自分は気になります。

一昨日外務省に遊びに行った時には、さすがに「Dokto」はありませんでしたが、韓国の冊子が並べられていました。

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普通、フィジー外務省なのだからフィジー  を紹介するのが普通でしょうが、何故か韓国。日本の外交官はこれを見ても何も言っていないんでしょう。気にすることではないのか。。。

で長くなりますがリティアさんの話。

当時はまだ大使と首相が面会もできないほど関係が悪く、元駐日大使の当時のクンブアンボラ外相も事務官も日本によそよそしい時。

最初の頃は、相手も警戒し、ひきつった笑顔を見せていましたが、自分はそれでも理由をつけては通い続け、やがて3カ月ほど経つと当時のヤウボリ外務次官(今はフィジーの気候変動大使で、メラネシアン・スピアヘッドグループの事務局長)に「おう、ヒデ!」と声をかけられるようになりました。

当時の大使館の上位の人には、「塩澤書記官は島が好きだから、一生懸命やっている」と言われるなど、いつも日本側には敵ばかり。「中国の影響がこんなに強くなっているのに、このままじゃ、まずいでしょ?」「日本の外交官でしょ?」と思いつつも、苦笑いでやり過ごしてました。

そんなある時、当時移動大使だったリティアさん(2000年ごろに駐日大使館の参事官で、息子さんは日本人と結婚してます)に大使室で挨拶することがありました(ヤウボリさんに連れて行かれたのかもしれません。それかフィジーの誰かに名前を教えてもらい、会いに行ったのか、ちょっと思い出せません)。

そこで、まず日本の政治の話。その時は、急激に日フィジー関係が悪化した2012年に何があり、政権が代わったこととか、日本では専門家の人がこんなこと言ってたけど、違うよね、とか話しました。

(いったん切ります)

(つづく)
フィジー [2019年11月21日(Thu)]

フィジー
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PIDFソロ・マラ事務局長(大使)と

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PIF事務局で

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トンガ人のティキティキさんと。何かもうサイズ感がわかりません…。

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リティアさんと


今回は新しい人脈の開拓と、最近の取り組みのフォローアップのため、写真以外の方々を含め、人に会って話して、話を聞いてというのを繰り返しています。

これまでのところ、勝率6割5分といったところでしょうか。

自分なり、極端な先入観を持ちつつ、人に会い、修正して次の人に会い、ということを繰り返していくと、まあ最初の先入観はどこに消えたのだ、という状況に至ります。

これからうまく消化できるだろうか。


思い出した。

今回、人に会うたびにラグビー・ワールドカップの話になります。フィジー代表は〜だったが、日本は素晴らしかったと。

で、観に行ったかと言われたので、フィジーが上がってくるのを期待して、準々決勝のチケットを買ったが来なかったので、イングランド対オーストラリア戦を観たというと、皆、苦笑い。

でも話の種に、無理矢理試合を観に行って正解でした。
フィジー経済の雰囲気2019.11.19 [2019年11月19日(Tue)]

今年の2月にフィジーに来たときだったでしょうか、その前かもしれませんが、フィジー経済の雰囲気がちょっとネガティブになってきたように感じるとここに書いたことがあります。
今、ちょっとだけフィジーにいるのですが、現地のスーパーとか安全な時間帯に町を歩いて感じる空気はやはり楽観的ではありませんでした。

あくまでも直観であるのですが、政治だとか治安だとかを除き、経済面だけを見ると、2013年以前に雰囲気が似てきているようにとらえられました。

フィジーは民政復帰前の2013年末に、革新的な経済政策を導入することで国内総生産を上げ、債務許容量を拡大し、上向きのトレンドを形成しました。

GDPを構成する要素を見た場合に、1つは国民による国内消費を増やすために、可処分所得を増やす減税や無償教育制度の導入を図り、国内外のローンによる資金を調達し将来の経済を下支えするインフラ拡張・改善や建設部門活性化を図りました。観光業も海外からの直接投資も増えました。成長率で言えば年3〜4%。

まだ経済指標を確認していませんが、今の成長率は2%を割っているかもしれません。

頑張って背伸びしてきたものが、現実的な壁にぶつかりつつあるのかもしれません。

フィジーの債務は、全体でGDPの50%弱、その債務の3分の1ほどが対外債務というイメージです。さらにその対外債務の5〜6割が中国で、ほかにADBや世銀、マレーシアなどから資金を調達していたと思います。

このモデルは、過去5年間にフィジーの発展をもたらしました。しかし、仮に本当にGDPの成長が鈍化してしまうと、債務のGDP比が高くなってしまいます。

中国経済や韓国経済といった外的要因がどれだけ影響あるのかわかりませんが、地域の安定のためにも、この経済トレンドの変化が本格化する前に、何か方策が必要かもしれません。

フィジーの国際社会におけるプレゼンスが強化されていったこととは反対に、フィジーの足元ではジワジワと変化が起こっているのかもしれません。
コンロテ フィジー大統領 [2019年10月24日(Thu)]

現地フィジー・サン紙の記事です。

https://fijisun.com.fj/2019/10/23/president-konrote-attends-the-enthronement-ceremony-of-japanese-emperor-naruhito/

フィジーのコンロテ大統領が天皇皇后両陛下に謁見された際の1枚の写真が掲載されています。


これも古い話になりますが、自分がまだフィジーにいたころ、2014年9月にフィジーが総選挙を実施し民政復帰がなったあとだったと思います。民政復帰したとはいえ、当時はまだ豪、NZを中心とする先進国側は、その後のフィジーとの関係修復について躊躇しているような状況にあったころ。日本とフィジーの関係もまだ十分に回復しておらず、両国関係がギクシャクしていたころのこと。

選挙以前から、花谷特命全権大使(当時)は、政府要人を公邸での夕食会や昼食会に個別に招待し、両国の相互理解の深化と信頼醸成を図っていましたが、ある時、コンロテ雇用機会生産性産業関係大臣(当時)を招待されたことがありました。2014年9月〜2015年3月の期間だったと思います。

自分は当時書記官として同席させていただいていましたが、コンロテ大臣(当時)は大変明るく率直でかつ親日的な方という印象を受けました。

コンロテ大統領は、2006年12月のバイニマラマ軍司令官(当時)によるクーデターの際には、倒されたガラセ政権の閣僚でしたが、退役少将で、フィジー国軍時代にはレバノンでの国連平和維持活動で活躍し、多くの勲章を受章されています。

出身は、フィジーの本島にあたるビチレブ島のスバから北北西約500km、ツバルの南西約250kmのところにあるロトゥマ島になります。ロトゥマ島には1万人以上の人口がおり、先住民ではありますが、いわゆるiTaukei(イタウケイ)と呼ばれるフィジー先住民系ではありません。ロトゥマ語という固有の言語や文化があるところです。人々の容姿はポリネシア系に見えます。


そのコンロテ大統領ですが、2015年に議員互選により、大統領に選出され就任されました。フィジーの歴史上、初めてイタウケイではないフィジー人が大統領になったと話題になったものです。


フィジーは英国領当時、総督(Governor-General)がいました。フィジーでは、総督は、歴代フィジー先住民系の大酋長から選ばれており、1970年の独立により総督のポストが無くなり、大統領が置かれるようになってからも、GCC(Great Council of Chiefs)により大統領は同様にフィジー先住民系の大酋長から選ばれてきたようです。

(*フィジーでは、大統領は儀典上の役割を担い、政治は首相が権力を有しています。)

GCCは議会の上位に位置付けられていましたが、選挙で選ばれる議員による議会とは異なり、伝統的権威、すなわちフィジー先住民系の大酋長が集まる機関でした。

話が終わらなくなるので、短く切りますが、バイニマラマ首相が2006年に、1年間の猶予期間ののち、無血クーデターを起こし、ガラセ政権を倒しました。そこにはその数年前から続く、いろいろな話があります。

しかし、一つの理由には、国民の5割超がイタウケイ(フィジー先住民系)、4割弱がインド系(19世紀に東インド会社により農民として移住することになったインド人の子孫や、近代にビジネスで移住するようになったインドのグジャラート州出身の方々など)、その他が欧州系、アジア系、ロトゥマ人、ブラックバードと呼ばれ英国によりソロモンなどから労働者として強制移住させられた人々の子孫などからなり、宗教もキリスト教、ヒンズー教、イスラム教などがあるなど、フィジーは多民族多文化国家であるにも関わらず、国がイタウケイのさらに大酋長系エリート層優遇で運営された結果、変化する世界情勢に対応できなくなった、これではフィジーの繁栄は実現しないという危機感がありました。

そして、ターゲットは民主的な枠組みではない先住民系大酋長エリート層の枠組みともみなされたGCCに置かれ、2013年9月に公布された新憲法においてGCCが廃止されました。また大統領はGCCではなく民主的に選ばれた議会により選ばれることとなりました。

当時、2012年〜2013年の間、同憲法は草案が長い期間にわたり議論されていましたが、担当していた確か南アフリカかケニアの学者が、民主的な議会の上に、選挙に寄らない有識者などによる貴族院のようなものを作るという案をまとめたことから、同草案が破棄され、最終的にフィジー側で新憲法草案がまとめられ、公布されました。

公布されたのち、同憲法はバイニマラマ政権を確保するためのものであり、憲法改正が大変難しいものであると、日本を含めさまざまなところから否定的な声が出ていました。

しかし、一連の変革が、2006年クーデター前の先住民エリート層優遇の国家から、多民族多文化国家への国家改革であるという視点でみると、同憲法は出自に関わらず国民は皆平等という考え方でまとめられています。例えば、以前の憲法では、議会には民族ごとに議席配分がなされており、先住民系が過半数を確保しやすい形となっていました(先住民系も一枚岩ではないし、進歩的な方々もいるため、歴史上インド系首相が誕生したこともあります)。

伝統的権威や文化に敬意を払いつつも、他の出自のフィジー人も皆平等に権利を有する国に変え、先住民系でないフィジー人もフィジー国民として国の発展への参加を求める改革で、フィジーは今もその流れにあります。

しかしながら、先住民系にはインド系住民に先住民として有している土地などの権利を奪われるとか、伝統社会が崩壊するとか、フィジーがフィジーではなくなってしまうという強い懸念があると聞きます。

一方で、同じ先住民系であっても、例えば出自が平民である人々にとっては、実力があれば政府のポストに就くことができ、雇用機会も増え、同様にインド系や他の出自の人々も実力次第でポストを獲得できるようになったとして、これを評価する人もいます。



このような経緯を踏まえてみると、コンロテ大統領は初めて議会から選ばれたイタウケイではない大統領であり、ある意味で新時代のフィジーを示す存在かもしれません。
フィジー! [2019年07月11日(Thu)]

パラオとの違いに、戸惑いがありましたが、2日ほどで、フィジーにフィットできました。体が馴染む感じです。
マーシャルに9年ぶりに行った時には、半日で馴染んだので、少し時間がかかりました。

先程、フィジーの外交中枢部に行く機会がありました。

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まあ、話題はラグビー・ワールドカップで、妹がチケットを取って日本に行くとか、政府の誰かがいつ日本に行けるかとか、間に国連総会があるので、どうするかとか、だったりします。

そういえば、昨日ニュージーランドからマオリ・オールブラックスが到着し、土曜にフィジー代表と対戦するとのことで、盛り上がっていました。


それで、日本の自由で開かれたインド太平洋ビジョン(FOIP)についてですが、フィジー外交部は大変よく理解していることがわかりました。

先方から、中国の一帯一路構想とはぶつかるものではないし、フィジーの発展にとても有益なので、我々は明確に同ビジョンを支持しているとの話がありました。

自分の方から、ブルーパシフィック・アイデンティティやSDGsとも密接に繋がってると思うんだけれどというと、その通りだと。だからフィジーの政策にも一致し、矛盾しないと。

昨年のPALM8の際の日本との二国間会談で、パラオ、ミクロネシア連邦、マーシャル、PNG、フィジーがFOIPへの支持を表明しました。

その中で、自分が直接確認した範囲では、今のところ、フィジーとパラオがFOIPをしっかり理解し、強く支持しています。フィジーの方が日本よりもFOIPを推進したいかのような印象を受けたほどです。

太平洋島嶼国は、おそらく各国とも、まず具体的に自国の発展にどのように寄与するのか、国の政策や他の開発パートナーとの関係に影響しないかなど、慎重に分析する必要があるのだと思います。

日本、パラオ、フィジーでパートナーシップを組み、地域セミナーを開催していけば(それこそ「タラノア」方式の対話とかで)、地域に理解を広めることができると思います。
フィジーの台湾ファーム [2019年07月09日(Tue)]

フィジーは台湾と国交がありませんが、台湾ICDFが専門家を送り、技術支援を行っています。
あまり目立つことはやりにくいでしょうが、台湾技術ミッション農場(台湾ファーム)では、他の国とは異なる取り組みが行われていました。

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ドラゴンフルーツの花(閉じている)

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グアバ。ひとつひとつ丁寧に。

そう、フィジーは他の島嶼国に比べて、民間経済がしっかりとあり、国内の市場(いちば)でフィジー在住の方々がよく買い物をしています。

パラオでは、人々の収入はある程度あるので、ガーデニングとかNCD対策・食の改善という視点、観光客が利用するレストランやホテルやジェラート屋さんに卸すという感じ。

マーシャルでは、低環礁島で生活する上での栄養バランスの改善、NCDs対策、養豚と農業を組み合わせたゼロウェイスト、循環型農業を進めています。

フィジーでは、国内のマーケットに、現地の方が、いかに質の良い商品作物を卸して、良い収入を得られるようにするかが、大きな目的となっていました。またフィジーでは冬があり、気温よりも日照時間の変化で、夏にしか収穫できないフルーツもあるそうです。

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団長のドミニクさんと。
自分は台湾ICDFフリークか?

現場の専門家の皆さんは、いかにフィジーで良い商品作物を栽培することができるか、さまざまな研究を行っていました。政治に関係なく、本当に現地の人の役に立とうと取り組んでいるその真剣さを実感しました。

ドラゴンフルーツは、自分は20年ほど前に、スペインの南の海岸辺りから(街の名前はCから始まったと思う)、アンダルシアのガダルカナル村に向かう途中、道端で「サボテンの実」と言って売っていたものを買って、ハマって食べ続けたのが初めてでした。色はサボテンで中身はキウイのような色でしたが、おそらくあれはドラゴンフルーツの仲間ではないかと。

フィジーには、一般家屋の敷地内にわずかに生えていたりするようですが、花が咲かず、実もつけないそうです。そこで台湾ファームでドラゴンフルーツ畑を作り、最適な栽培方法を研究し、希望するフィジー人に苗を提供しているとのこと。8か月ほどで、花が咲くくらい成長するらしいです。

また、同農場では、日照時間の問題をクリアするために、冬の今の時期には、日没後に電気をつけているそうです。そして実際に収穫できているとのこと。

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ドラゴンフルーツは、夜に一回だけ花が咲くそうですが、その時に、人が刷毛を使って受粉を助けなければなりません。

ただその夜の光景は、サガリバナにも劣らない、一度は見てみたい光景です。

近くのホテルに、ツアーとして売り出せばいいのに。

その村のあちこちに、このようなドラゴンフルーツ畑が広がっていたら、壮観でしょうね。
ギャップ [2019年07月09日(Tue)]

というわけで、フィジーにいます。
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パラオでの感覚が残ったまま、フィジーに来たわけですが、自分のフィジー時代に感じて、忘れていたことを、思い出しました。

パラオでは、普通に阿吽の呼吸というか、すべて言わなくても、相手が察してくれることがあるのですが、フィジーはそういうのが難しい。特にサービス業に関わる素朴な現地の人ほど、そういったことがあります。

簡単に言えば、融通が効かない。おそらく教えられたことだけやる、もしくはただ言う、ということがあります。

フロアが何かのトラブルで濡れていても、何も言わないとか、細かなことが多々あるのですが、パラオの感覚を持ったまま来てしまったので、余計に目についてしまいました。

道を開けないとか、このまま行ったらぶつかると思っているとぶつかるとか。こんな感じがありました。トリッキーなところもあります。

以前、サモアは、社会が固く、民間部門の発展が容易ではないように思うと書いたように思いますが、人の雰囲気で言えばサモアは太っ腹、コラソングランデな良い意味でリアルパシフィックな明るく落ち着いた大きさがあります。

フィジーは民間部門が発展していますが、少し発展速度が速すぎるのかもしれません。

サモアの人の甘えたくなる陽な懐の深さも好きですが、フィジーの人の寡黙な優しさも好きですね。インド系の人も先住民系の人も。

と言いつつ、今日はトンガ人の友人に助けてもらいました。
フィジー内政 [2019年02月19日(Tue)]

現在のフィジー議会の構成(全51議席)は、与党フィジーファースト27議席、議会野党24議席(ソデルパ21議席、NFP3議席)です。

感覚的にですが、先住民系フィジー人(イタウケイ)の1〜2割とインド系の7割以上(モスリムとビジネス系は9割以上)が、フィジーファースト支持、先住民系フィジー人(イタウケイ)の7割〜8割がソデルパ支持、残りのイタウケイとインド系2〜3割(いずれもインテリ系)がNFP支持とみることができます。

昨年11月の選挙では、フィジーファーストを支持するイタウケイが減り、またインド系住民の票もNFPに多く流れたようです。

与党フィジーファーストとしては過半数を確保したものの、3名が議会を休めばタイになってしまうため、過去4年間よりも、活発な議会における議論が期待される状況になりました。議会制民主主義の発展のためには良い状況といえるかもしれません。

そのイタウケイの人々の強い支持を受け躍進したソデルパですが、2014年9月の選挙前には、その性格が先住民系フィジー人、特にエリート層(酋長系)の権利を確保するための政党であり、中には過激なインド系住民排除派も含まれていました。

今回、ランブカ元首相・元陸将がソデルパから出馬することになり、多くの議席を獲得することとなりましたが、一枚岩のフィジーファーストに比べて、既に内部で分裂が生じているのではないかという話があります。

ソデルパ内部は、大きく見ると、ベテラン組のランブカ支持派、若手のインド系住民との融和派、若手の先住民系優先派(やや過激な思考も含む)に分かれているようです。ランブカ氏はどういう立ち位置かというと、かつてはインド系政権を倒すためにクーデターを2度起こしましたが、実際には世界情勢をよく認識しており、インド系住民を含む民主化を支持していると考えられているようです(ただし、先住民系の権利は守れと)。

昨年末ルベニ議長が他界し、先日与党がナイラティカウ前大統領を議長に指名する意向を示したところ、議会野党の集会でランブカ氏は話し合いの結果、これを支持するとしました。しかし、集会に参加していなかった議員はこれに反旗を翻し、別の議長候補を推薦したようです。


議会では、ナイラティカウ議長が就任したことで、雰囲気が変わったという話があります。これはジェンダーの観点から失礼な話かもしれませんが、ルベニ議長の時には女性ということもあり、議員の中には態度が悪く、レベルの低い発言が散見されたそうです。まるで小学校の女性教師と児童のような雰囲気だったという人もいました。

もしかすると、これからの4年が、フィジーの民主主義の発展にとり、重要な時期になるのかもしれません。

ちなみに、ランブカ氏は、中国との関係は近すぎると批判する立場にあるとのことです。
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