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フィジー首相講演会&レセプション [2025年11月18日(Tue)]

先週11/14(金)の19:00より、フィジーのランブカ首相による講演会とレセプションを開催しました。
急遽決定したため、ご案内が直前となってしまいましたが、なんと120名ほどご参集いただき、大変実りある内容となりました。

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首相は講演会の後、レセプションでもスピーチを行いましたが、特にレセプションでは途中から原稿なしで大切な話をしてくださいました。

自分はちょっと感動して泣きそうでした。下記には載っていませんが。


また、レセプションでは参加された皆さんが一人一人首相に挨拶に来られ、首相も多くの日本人と交流したことを大変喜んでいるようでした。

事務局としては、極めて多忙な中でどこまでできるか不安でしたが、望外の結果となりました。

危険なことに、このような直前の対応ができることがわかってしまいました。

フィジーの重要性などは別の機会に譲るとし、今日も少しだけ余韻に浸らせてください。
ナンディ〜スバ〜ナンディ [2025年05月09日(Fri)]

今朝7時にナンディの宿を出て、国内線で9時にスバ着。
会議まで50分あったのでホリデイインで朝食…。ホテルのレストランは注文から出てくるまで時間がかかるのでエクスプレスブレックファーストとコーヒーを注文。しかし、35分経っても出て来ない。出発まで3分という時に出て来たので速攻で食べて、目的地へ。

フィジー開発銀行(FDB)でCEOのワンガンバザ前駐日大使に会い、今後の取り組みや、CEOの革新的なプラン、上流の政策議論と実際の現場の課題への対応をつなぐ考え方について意見交換しました。FDB面白いかも。

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ちなみに万博でのフィジーナショナルデーは9/25。東京でも何かやりましょう!

ついで、今年3月に招聘した南太平洋大学のMayren (FSM), Gavin (Samoa), Moana (Tonga) 、昨年7月に招聘したフィジータイムズのセラフィナ、立命館太平洋大学所属の協力者マリニとランチ。こういったネットワークを大切にしたいものです。

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その後、夕方の国内便でナンディに戻り、SPTE (South Pacific Tourism Exchange) のレセプションに参加しました。そこではマーシャル、ナウル、キリバス、サモア、トンガ、フィジー、NZの友人と合流し、マーシャル産のパンダナスウィスキー(Bob Whisky、ポップウィスキーと読む)とパンの木の実のウォッカ(Ma Vodka、メ・ウォッカと読む)を楽しみました。

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謎のキャラクターはチル・ポップ。ポップはパンダナスのことでチルは3なのかChillなのかよくわからない。

面白い時間でした。
フィジーのランブカ首相と [2024年07月18日(Thu)]

今日、7月18日、東京の某所で、フィジーコミュニティのみなさんとランブカ首相に会いました。一緒にカバを飲んで3時間。
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ランブカ首相に、「2012年にフィジーのQVSクラブ(クイーン・ヴィクトリア高校のOB用施設)で会いました。」というと、盛り上がり、首相から「良いね」もらいました。

とても良い雰囲気の会でした。

太平洋島嶼国ウィークスは明日が最終日です!
駐日フィジー大使館 [2024年03月05日(Tue)]

今朝は飯倉の駐日フィジー大使館でワンガンバザ大使、ケレラ次席に面会しました。
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先月、フィジーでは入れ違いでお会い出来なかったのですが、ようやく昨年8月以来?で実現しました。

直接対面で話すとどんどんアイデアが湧いてくるし、いろいろな話が繋がって行きます。
[2024年03月02日(Sat)]

今朝、虹を見ました。
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朝7時、早めに動いて良かった。フィジーでこんなにきれいな虹を見たのは初めてです。

自分の中では、横浜で見た初日の出と共鳴しています。

今回の出張では、いく先々で、「先日まで大雨だった」と言われましたが、太陽を追いかけるかのように天候に恵まれました。感謝。

人に繋がりも再構築でき、これを活かしていこうと、策を練っているところです。


そういえば、滞在先のフィジーのホテルのエレベーターのボタン。

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いつも何気なく右側を押してドアを閉じていましたが、よく見るとどちらも開く。
フィジー! [2024年02月29日(Thu)]

およそ1年3か月ぶりにフィジーに来ました。今、休憩中です。昨晩は、寝不足と移動の疲れでよく眠れました。
火曜の夜にサモアのアピアで元留学生たちと夕食をとり、結局寝られずに午前2時にホテルを出て、直行便で現地時間午前6時少し過ぎにフィジーのナンディに着きました。2時間弱のフライト。

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その足でナンディのある場所で、フィジーのタワケ海軍司令官に再会。8時から12時の範囲とざっくりとしたものでしたが、現地で1時間半ほど待ち、8時半に会うことができました。

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その後、午前9時前に陸路でスバを目指し、4時間ほどで到着。このときバックシートで横になり、2時間ほど睡眠。

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その後、急な連絡にもかかわらず、時間を調整していただき、現地日本大使館に挨拶に伺いました。

他にフィジー国内だけではなく、米国、日本、パラオ他とそれぞれ異なる内容のやり取りをして、1日目は終了。

今朝は、自分がどこにいるのか少し混乱したものの、シャツとハンカチにアイロンがけして正気を取り戻し、いくつかミッションを済ませました。一つ、マルタ騎士団に貢献できて嬉しかった。安心しました。

また、一昨年の12月以来、久しぶりに南太平洋大学のサンドラ・タートさんに会いました。2009年以来やり取りをしているので、10年以上の繋がりになります。お互いの近況を報告し合いながら、ある同じ目的のために自分とサンドラさんがそれぞれ異なる方向から取り組んでいることがわかり興味深いものがありました。

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共通の友人の奥さんが昨年亡くなり、その話もありました。この年齢になると、死に対する捉え方が若い時分とは異なります。悲しみというよりは、役目を終えられたのだなというか、いずれ自分もという感じというか。いずれ誰もが通る道。

すでにフィジーで3日ほど過ごした感じもしますが、着いたのは昨日の朝という…。

そうそう、フィジーのあるホテルに滞在しているのですが、ここは過去に何度か利用しているところで、フィジー人従業員のサービスが格段に良くなっています。
フィジー:改めてPAP/NFP/SODELPA連立決定 [2022年12月23日(Fri)]

ブレーキングニュースでの発信は来週になりますが、先程SODELPAが正式にPAP/NFPとの連立を選択しました。
次は大統領の議会招集、秘密投票による首相選出、新政権誕生となります。

外交上の影響は表には制約がありますが、日本にとってはマイナスにはならないと思います。
全く異なる視点/フィジー [2022年12月23日(Fri)]

フィジーの状況は黙って見守るとして、SNSを追っているとランブカ元首相のPAP支持者の間では、インド系政権を倒した2000年の民間人スペイトのクーデターに対する見方が180度違うのかもしれません。
PAPが政権を作れば、スペイトを釈放するという話が出ていたり、そのクーデターを治めた当時のバイニマラマ軍司令官が悪人扱いされています。

ソデルパ元党首のケパさんを駐英高等弁務官にし、その後大統領にするという約束があったとの現地紙報道もありました。

新政権が発足すれば、職員の契約を簡単に切ることはできないと思いますが、政治任命は当然変わるでしょうし、あらゆる部分で徐々に変化していくのかもしれません。
フィジー政権交代へ [2022年12月20日(Tue)]

今日の夕刻、ソデルパがPAP、NFPとの連立を選択し、フィジーの政権交代が決まりました。正式には議会招集後、議員による首相選出で決まります。
現地のソデルパ支持者の間では、2006年のクーデターで先住民系住民が権利を失い、16年の圧政からついに解放されたとして、お祭り騒ぎだそうです。

果たして、彼らの中に、2006年以前の社会を知っている人がいるのかどうか。

まずは熱狂に浸る。

フィジーでは独立後、1970から1987までだカミセセ・マラ政権、1987にインド系政権ができると当時のランブカ軍司令官(軍は先住民系酋長の権利を守る役割があった)が2度のクーデターで倒し、マラ政権が復活、1992にランブカ氏があとをつぎ、1999年までランブカ政権。1997年には民族別の議席を確保する1997年憲法を公布。

そういった流れの後、2000年に選挙によってなぜインド系のチョードリー政権ができ、なぜ民間人スペイト率いる武装集団によるクーデターで倒れ、インド系住民が厳しい状況に置かれる事態が発生したのか、その後になぜガラセ政権ができたのか。なぜ2006年に無血クーデターが起こったのか。2006年以前の社会がどうだったのか、いずれ振り返る時が来ることでしょう。
ブレーキングニュース、アップしました:フィジー連立協議終了へ [2022年12月20日(Tue)]

先ほど、コメント付きで記事をアップしました。SODELPA内では、フィジーファーストにつくかランブカ元首相側につくかで意見が割れており、態度が煮え切らないガボカ党首は理事会の支持を失い党首の座から降りたことになっています(しかも2024年まで空席になるとか)。

現在現地から流れてくる情報では、SODELPAの理事会に、故ガラセ首相の未亡人が現れたとのこと。フィジーファースト打倒を望む人々の間で、これで流れがランブカ元首相支持に大きく向くと期待されています。結局のところは、2006年のクーデター以前の状況に戻そうという考えなのでしょう。

https://www.spf.org/pacific-islands/breaking_news/20221220-1.html
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