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マーシャル11/16(3) [2022年11月18日(Fri)]

11/16、田中特命全権大使に公邸での昼食会にお招きいただきました。
自分がいた頃は、臨時代理大使が館長を務め、当初は駐フィジー大使が兼轄、のちに駐ミクロネシア連邦大使が轄していましたが、特命全権大使駐在に格上げされてからは、今回初めて大使館の方とお会いしました。

いわゆる大使館の格上げについて、苦労した日々を思い出します。臨時代理大使当時、マーシャル政府は大使として対応してくれましたが、外交の場では、米国大使、台湾大使とは差がついてしまっていたので、今は苦労というか悔しさというか、そのようなものは無くなっているものと思います。

一国に集中されている中で少しでもお役に立てればと、自分の立場で、マーシャルの過去のさまざまな政治的経緯や人の話、他の島嶼国との比較、地域におけるマーシャル、先進国側から見たマーシャルなど話しました。

貴重なお時間をいただきありがとうございました。
マーシャル諸島11/17 [2022年11月17日(Thu)]

おそらくラニーニャの影響で大雨続き。あちこちで道路が冠水しており、そういった写真を撮れば、島の危機だなどと煽ることもできるのでしょう。


今回は自分が協力隊のマーシャル高校の理数科教師の短期隊員で派遣された2003年9月以来の繋がりがあるママリンに全ての調整をお願いしました。

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短期隊員は即戦力として正規隊員の派遣の隙間を埋める役割があるため、語学含む現地研修なしにすぐ仕事でした。確か9月4日に到着し、7日(月)からすぐ授業。その初日、9年生4クラスあり、その中にママリンやダスティンなどがいました。

全体で400人以上は見てきましたが、それぞれ30代半ばになり、さまざまな人生経験を重ねています。仕事や教育機会を求めて、あるいは家族の問題で6割以上アメリカに移住していたり、幸せな家庭を築いている人もいれば、離婚して酒に溺れている人もいます。

ママリンやダスティンがマジュロに残っていてくれて助かりました。

あと、こちらにきて別々の機会に、初めて会った人たちから、プロジェクトプロポーザルの書き方を教えて欲しいと何度か聞かれました。

おそらく、世銀、ADB、国連機関、米、豪、他のドナーによる援助の機会が増えているのだと思います。自分のやり方になりますが、物語を書くのではなく、まずは社会経済にかかる基本情報、課題、長期目標、短期目標、実施内容、コストの概算、やりたいことに関連するキーワード(フードセキュリティ、女性のエンパワーメント、経済活動強化による自然文化保護、持続可能な島嶼社会、気候変動への適応など)など、箇条書きで書き出したらいいのではないかと伝えました。彼らにとっては、英語で膨大な文章を書かなければならないことが、資金へのアクセスの大きな障害となっているようです。

そんなこんながありながら、無事出国しました。

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ローラ

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クワジェリン環礁
マーシャル諸島11/16 (2) [2022年11月17日(Thu)]

また昨日は、マーシャル外貿省で、タメラさん、タニヤさんと。
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マーシャルは借地料問題で中央庁舎が使えず改修もできないため、各省庁がマジュロ市内に分散しています。外貿省は大統領府もある国際会議場にありました。

本当は以前から知っている外務次官と話したかったのですが海外出張中とのことで、たまたま知り合った日本担当にタニヤ事務官にお願いしてタメラ次官補との会議をセットしていただきました。

人材流出など、もう何十年も前から言われていますが、国の中枢に必要な人数は限られているので、しっかりと教育を受けている人の母数が増えれば良いと個人的には思っています。

3年前も感じましたが、マーシャルの今の20代〜30代には、自分がいた頃の15年ほど前の20代〜30代に比べて、有能な人が多い気がします。この15年、マーシャルでは政治的混乱が続いてきましたが、そういった時代だったからこそ、人が育っているのかもしれません。

15年前は、飼い慣らされたfree&easyな雰囲気でした。

政治レベルも2015、2019と選挙があるたびに3分の1程度、新しい人や若い世代が議席を獲得するようになりました。来年11月の選挙で、もう一波くれば、この15年待ち続けた新しい時代にようやく転じることになるでしょう。
マーシャル諸島11/16 [2022年11月17日(Thu)]

昨日、11/16、まずは海上警察(Sea Patrol)でジョージ・ランウィ警察長官、ハリス・カイコ副長官と情報共有。2019年5月以来。
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ランウィ長官と(カイコ副長官撮影)

すっかり忘れていましたが、つい先日までマーシャルは2年半以上鎖国状態だったのでした。

自分も今年の3月まで在宅中心で、人に対面で会う機会もかなり限られていたことを思い出しました。

ジョージさんは自分が専門調査員だった2006年来の知り合いで、コロナ禍の時には少し気になっていました。元気そうで良かった。一説には、カヴァを飲んでるから元気なのだとか。

今回かなり勉強になったので、一歩先に進められるよう頑張ります。
マーシャル諸島11/15 (2) [2022年11月15日(Tue)]

多くの元教え子が米国に移住してしまった中(気候変動の影響ではなく、経済や家族問題が主な理由)、何人かマジュロに残っていました。
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ママリンとダスティン。2人とちょっとおしゃべりしてから、マーシャル語が口をつくようになりました。

そして、ララ。

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ママリンの一番下の妹で、最初に会ったのは3歳の時、最後にあったのは9歳のとき。ちっちゃなときからとてもお喋りな女の子で、そのイメージのまま大きくなり、今回、彼女のお陰でネットワークを拡げることができました。

まだ若いので、留学とかして、どんどん経験値を高めていって欲しいです。仕事が速く、リーダーになれる強さを感じます。

前回来たのは2019年の12月、その前が同年5月。当時はマーシャルではあらゆるものが壊れかけて、政治も混乱して、経済も落ち、暗いイメージが強かったのですが、少しずつ変化があり明るさが戻ってきた印象です。
マーシャル諸島11/15 [2022年11月15日(Tue)]

今日はまずキノ・カブア官房長官と。
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対面で会うのは2010年以来、じっくり話したのは、大使館にいた2007〜8年以来だと思います。今後に繋がる良い意見交換ができました。

次いで、大統領府の商業投資観光室で、ゾヤさん、アナスタシアさん、ララちゃんと。

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自分のボランティア時代の生徒だったママリンに助けられ、その妹のララに助けられました。今後、同室と仕事ができればなと思います。
マジュロ到着 [2022年11月14日(Mon)]

昨晩、午後6時〜8時でガードマオ州の方々とミーティングをし、9時にホテルに。荷物をまとめ、シャワーを浴びて、午後11時に空港へ。
午前2時の便でグアムまで2時間。乗り継ぎ3時間でアイランドホッパーが午前8時発。

グアムからチューク、ポンペイ、コスラエ、クワジェリン(クワジェリンでなんらかのトラブルで1時間遅延)、マーシャル時間午後8時にマジュロ到着。ホテルには午後9時着(パラオ時間午後6時)。

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途中、ちゃんとした食事がなく、睡眠も30分くらいずつで、報告書も少し書いては着陸、離陸の繰り返しで、疲れました。

ただ、到着してみると、故郷のような感じで、普通でいられます。

部屋でWifiが使えないので、この後部屋で作業して、明日の朝、ロビーで送信できればというところ。

朝から会議なので、ネット環境が悪いのが辛い。
今日3/1はブラボー実験の日 [2022年03月01日(Tue)]

今日、3月1日は、マーシャル諸島共和国で重要な日の一つ、1954年3月1日に米国によってビキニ環礁で行われた核実験、「ブラボー実験」の日です。
コンパクト改定交渉を迎えている今年はより意味のある日となるでしょう。

15〜6年前、まだ自分が現地にいた時代、1回目のコンパクト改定後のブラボー実験の日の式典で、当時の米国大使が「実験に参加していただいたマーシャルの人々に感謝する」と述べ、住民から大きな反発を招いたことを思い出します。
トメイン元大統領逝去 [2020年10月15日(Thu)]

10/13、マーシャル諸島のリトクワ・トメイン元大統領が亡くなりました。1939年10月14日生まれでしたので、81回目の誕生日を前に。

弔文案を書いていたのですが、何か泣けてきてしまい、手に付きません。

2003年に自分がボランティアでマーシャル高校の生徒とイベントに取り組んでいた、自分がまだトメインさんを知らないときでしたが、自分の隣で優しく挨拶をしてくれたのが最初でした。数日後、ウォッジェの酋長、親日家で、当時国会議長だったと生徒に聞いて知りました。お孫さんが教え子にいたり、その子が自分が支援していたバンドのメンバーだったりしました。

自分が専門調査員として大使館で働き始めた後、政変を経て、2008年1月大統領に就任。当初は、中国との関係強化、一部酋長の利益のために大統領になったように見えました。周辺からはいろいろネガティブな評価がありましたが、自分はボランティア時代から知っていたので、本心は違うと信じていました。当時、自分のボス、臨時代理大使が本省に積極的に働きかけ、同年3月に日本政府の招聘で訪日することとなりました。大統領として最初の外遊だったと思います。その滞在中、天皇陛下に謁見し、帰国すると明らかに雰囲気が変わっていました。これが切っ掛けで更なる政変が起こるわけですが。

2008年4月、マーシャルに帰国後、大統領と臨時代理大使と自分と大統領補佐官とでランチをしながら感想を聞いたときのことを思い出します。「天皇陛下が予定を大きく超えて、話を聞いてくれた」「マーシャルとの関係をよくご存じで、とても関心をお持ちだった」「天皇陛下と時間を過ごせたことで、自分の役割が明確になった。国民のために政治を行う」、トメインさんはそうおっしゃっていました。

地域会議でも、それまで寡黙でニコニコ頷くだけだったマーシャルが物を主張するようになり始めたのも、トメインさんからです。もっと評価されるべき政治家だと思います。

その後も何度かお会いしましたが、政変の中、裏に回りキングメーカーとなっていたものの、病気のため昨年の選挙には出馬せず、時代が変わりました。

自分がウォッジェに行ったら、腕に油を塗った独身女性を一斉に走らせて、自分が捕まえることができた人と結婚させてくれると約束してくれましたが、残念ながらウォッジェを訪問する機会はできませんでした。

安らかに。
日本政府、マーシャル諸島水供給プロジェクト承認 [2020年10月05日(Mon)]

なんと!15年進まなかったマーシャル諸島マジュロの水供給プロジェクトが動きました17百万米ドル(約18億円)のプロジェクト。マジュロの貯水容量が4割増える計画だそうです。

https://www.rnz.co.nz/international/pacific-news/426882/japan-to-expand-water-supply-in-marshall-islands-capital

2006年、自分が専門調査員でマーシャルに赴任した時には、すでに問題が発生しており、2009年に退任する前まで、手を変え品を変え、何とかできないものかと苦心していた案件です。給水パイプは交換されているのだろうか。2006年当時、給水パイプはすでに30年ほど経っており、漏水がひどく、新しい貯水槽を作って増える容量と漏れる量が同じじゃないか、それならばパイプを替えるのが先だ、といった議論もありました。

2014年頃には、ミクロネシア連邦に赴任しマーシャルのインフラ案件を担当していたキリバスの豪州大使館の友人(豪州外交官)が、もうすぐ何か動きそうだと言っていましたが、動かず(おそらくマーシャル国内政治のせいでしょう)。その後、何の音沙汰もありませんでした(おそらくマーシャル国内政治のせいだったのでしょう)。

自分が赴任した当初の問題は、例えば、日本側の質問に対してマーシャルからの誠実な回答がないように見えていたり、コストが想定と異なっていたり、その過程が不明確であったり。

こちらは日本のODA、すなわち国民の税金であるので、マーシャル側にポイントを説明しつつ、誠実な対応を求め、いろいろありました。敵も作りました。怖い思いもありました。どこまで書いて大丈夫だろうか。

島のODAでは土地問題が発生することが度々あります。国は良いと言っているが、地主と話がついていないとか。プロジェクトが見えてくると地主が増えるとか。それで代替案を求めたりとか、現地政治が裏で関係していたりとか。


直接の結果ではないですが、2007年末〜2008年1月に政変があり、その後、マーシャル政治は今年のデービッド・カブア政権成立まで混乱が続きました。まさにその政変の端緒から巻き込まれたところがありました。政権が変わると優先度が変わり、マジュロの話のはずが、クワジェリン環礁のイバイに移ってしまったり。

今の政権には、ケーサイ・ノート元大統領、キャステン・ネムラ元大統領がおり、ようやく主流に戻ってきたということかもしれません。

ここには書けませんが、本当にいろいろありました。当事者は何人かもう他界していますが、いろいろな場面を思い出します。

ともかく、ずっと心に引っかかっていたものが、一つクリアになりました。カブア公共事業大臣(元駐日大使)、アルフレッド財務大臣、ネムラ外務大臣なども動いたのでしょうか。

実際に生活していると、飲み水は買えますが、生活用水が不安定なのはかなりストレスです(トイレの水は海水)。家に雨水のタンクがある家であれば良いですが、無い場合もあります。隊員時代は、タンクの無い部屋に住んでいたので、雨が降るとまさに恵みの雨で、何とか水を集めようとしていました。

当時も今も、マジュロでは計画断水があるようなので、日本の支援により、住民の生活が向上することを願います。水の供給が安定すれば、じわじわと保健衛生面でも良い効果が表れていくでしょう。
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