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東京 5/7 [2026年05月07日(Thu)]

先ほど午後7時前、帰宅しました。
移動中の機内では出来るだけ対応可能な業務を行い、空港からはラッシュアワーなのでタクシーで移動。タクシーの中は業務可能なのでありがたい。しかも通信が良いので、単位時間あたりの処理量が多く、ストレスも少ない。

荷物を整理し、ちょっと休憩。
予定では [2026年04月19日(Sun)]

予定では4/18夜10時前にサモアのアピアを出て、4/19午前1時過ぎにNZオークランド着。
次が午前10時頃のフライト、アピアで通しでチェックインできるので空港近くのホテルで朝7時過ぎまで寝て、8時30分頃チェックアウトすればよいというものでした。

出発時刻は20分程度遅れましたが、到着が午前2時過ぎ。何か到着ゲートが違うだのイミグレ要員がいないだので2時半過ぎまで降ろしてもらえず、やっとこさ降りていつもと違うイミグレと税関を通り、入国。でも何か違う。シドニーとかブリスベンとか記憶が混ざりつつ、リノベーションしてるから変わったんだなと。

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で、ホテルについてチェックインしようとするといつもと違う。フロントの人に「自分は今どこにいるのだ?」と聞くと「クライストチャーチ」。

オークランドの天候が悪かったため、クライストチャーチに代替着陸してました。

空港に戻り、地上職員に聞くと、あっちでオークランド行きの手続きして、といわれカウンターに行くも、4時くらいまで開かない。まだ3時。

聞いてみると成田までスルーだった預け入れ荷物もピックアップしなければならず、空港職員に説明して荷物を取り、もう一度税関を通る。

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4時半過ぎにカウンターで手続きを始めたものの、国内線〜国際線の乗り継ぎで、バゲージスルーでないと間に合わない日程だったので、スペシャル何とかデスクに移動させられ、カウンターのお姉さんと(朝から大変そうだったので)冗談を言いながら、チケット再発行。すでに5時過ぎ。

荷物を預けて、6時半発のクライストチャーチ〜オークランド便に乗る。

8時半頃につき、国際線ターミナルまで15分歩いて、普通に間に合いました。国際線ターミナルに着いた時刻が、ホテルに泊まる予定だった時間と同じで、ここで追いついた形。ニュージーランド航空ありがとうございました。

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セキュリティを通り、NZ航空ラウンジでシャワーを浴びて整えて、搭乗口へ移動。まさか帰りも空港でシャワーを浴びるとは。

同じ境遇でオークランドまで移動した人が100人以上いて、その中にはお年寄りも小さなお子さんもいました。みんな徹夜。でも誰1人文句も言わずに、しょうがないよねと。みなさん忍耐強いです。

結局、クライストチャーチ〜オークランド便で30分、オークランド〜成田便で30分寝ただけで、宿題に取り組んでいます。

明日からも綱渡りの日程なのだけれど、どこまで行けるでしょうか。
調子が良いのか悪いのか [2026年04月16日(Thu)]

4/14に7〜8年ぶりに会った人と飲み、その流れで1人で行きつけのバーに駆け込み、4時過ぎに帰宅。
4/15から出張のため、8時に起きて準備しつつも、自己反省モード。いくつになっても変わらないが、今回はもうダメかと思いました。

午後3時過ぎに空港に向かい、久しぶりの出張なのでちょっとぎごちない感じでしたが、夕方には食欲も戻り、いろいろ仕事しながら搭乗時刻。

深夜便なので寝て起きて寝てでトランジット。ラウンジでシャワーを浴びて整え、3時間あったので、プレゼン資料作りやさまざまな対応。

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来週以降の日程に変更があり、フライト情報を何度も調べて、最もまとまった仕事時間を確保できるものを選択。

それで午後10時にホテルにチェックイン。荷解きをして、明日からの活動準備。今回逃したら半年以上、機会を作れない状況でした。

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腹が減るくらいなので、体調はまずまず。
明日からうまくいきますように。
物忘れ、忘れ物 [2026年02月14日(Sat)]

以下すべて現地時間。

というわけで、2/11午前10時台のフライトでモーリシャスを発ち、経由地に午後9時着。空港直結のホテルに投宿。3時間ほど集中して仕事をしたのち、頭がパンクしそうだったのでとりあえず寝る。

出発便は午前10:40なので、2/12 午前4時に起き、シャワーを浴びて7時半まで仕事し、8時過ぎにチェックアウト。

歩いていると、変なお姉さんが強引に途中にあった自動チェックインの機械に連れていき、チェックイン終了。チップを要求されて30ユーロ払う。押しかけサービスで稼いでいる人でした。それよりも、フライトが9:25になっていて、自分が勘違いしていたことに気づく。実は、この押しかけお姉さんのおかげで助かりました。

10数時間のフライトの後、昨日2/13の午前7時前に羽田着。すべてスムーズに進み、家に着いたのが午前8時半。夜の成田発のフライトに乗るため午後3時前までは時間あり。

そこで、11時からハイブリッド会議があるので、少し仕事して1時間ほど仮眠しようとしたところ、無い。パソコンもチャージャーもない。家に入ってすぐ出したっけ?と思いつつも焦る。

そう、帰ってきた飛行機内の座席に置き忘れたのでした。。。

まず、航空会社の連絡先を探し、電話をするが、結局ウェブ対応とのこと。しかし、実際にはさっきのフライトなので対応しておらず、旅行代理店の緊急対応に相談、いろいろヒントをもらい、改めて各所に電話したところ、やっと人と話せました。

急ぎ、羽田に戻ったのが午前9時半過ぎ。助言を受けたカウンターに行くと、その航空会社のサービスは終了し、夜にならないと戻らない。でも、成田に午後5時にはいかなければならないのでアウト。

そこで羽田出発階の総合案内所に話してみると、すぐに航空会社のところに連絡してくれて、10分ほどでPCとチャージャーが忘れ物として保管されていることがわかりました。そして、20分ほどしてPCとチャージャーが戻る。10時ちょいすぎ。

今度は11時からの会議に備えて場所探し。1時間ほどで会議が終了し、空港内のシャワー施設でシャワーを浴び、直接成田に行くか家に戻るか考えたところ、荷物の入れ替えが必要ということで、急ぎ家に戻りました。

家で1時間弱、整えて、午後2時過ぎに家を出て、成田に午後4時半着。チェックインをすませ、吉牛で並盛を食べ、1時間仕事をし、お寿司とお酒で一服し、セキュリティをとおり、無事、現在の行程が始まりました。

いつも、財布、携帯、パスポートと呪文を唱えながら忘れないようにしていますが、これにPC、チャージャーを加えなければなりません。

以前、グアムのセキュリティのところにPCを忘れ、翌日日帰りでグアムに取りに戻ったり、パスポートを都内のホテルに忘れて取りに戻ったり、いろいろ失敗があります。いずれも運よくいろいろな人に助けられて、危機を避けられましたが、今回もそう。人のありがたみを感じます。

時代の変わり目 [2026年02月09日(Mon)]

何年も前から、例えば服を買うとして、今の若い人たちはブランドに振り回されることなく、生地の質や機能性で選んでいると感じることが増えました。コストに見合った質があるかをよく見ているなと。
一方で、自分の世代はバブル崩壊直後の世代ですが、その世代の前後から上では、質ではなくブランド名に影響されやすい傾向がある(あった)ように思います。

今回の選挙を見ても、さまざまな候補者の演説を動画で見ていましたが、ふわっとした印象を与えようとするものは響かず、与党側であろうと野党側であろうと、しっかりと具体的で中身のある内容を伝えていた人に支持が向いたように思います。

人を批判する話をされるのは、人の愚痴を聞いているようで疲れるし、そんなこと言うなら、あなたは具体的に何がしたいのか、何ができるのかを聞かせろ。そしてそれが本気なのか、選挙用のファッションなのか見極められる。

今回の選挙では、何かそういった印象に流される空気感というか、バブル期の名残りというか、ふわっとしたもの、頭上にあった雲のようなものがすっきりと消えたような感じがします。書いていて気づきましたがこの内容もふわっとしていますが。

中身のない時間を食うだけの議論ではなく、現実を直視し、実質的な議論、そして行動することが必須の時代に移行した。

オールドメディアと言われますが、テレビのニュース番組とワイドショーの境目が曖昧になって10数年でしょうか。今や玉石混交いろいろな情報に触れられる時代にあって、偏った内容や印象づけを人々は見抜きます。

何年も前から話していることだけれど、バイアスや誰かのフィルターを通すのではなく(丁寧で真摯な解説は求められる)、中立で淡々と事実を紹介していく報道番組が有れば、観る人も増えるのではないか。見ている人にメディア側の判断を押し付けるのではなく、見ている人が判断できる内容を提示する。そういった番組はラジオやネットとも親和性があるでしょう。

おそらく今は時代の変わり目。
体調管理の難しさ [2026年02月07日(Sat)]

昨日夕刻、経由地に到着。接続の良いフライトが取れなかったためここで1泊。
時差ボケ解消を狙い、眠気を抑えて夜9時まで粘り寝落ちしたものの、午前0時過ぎに目が開いてしまいました。

水分補給し、いくつかメール対応をして、2時過ぎにまた寝ようとしましたが一向に眠れず、途中夢うつつの状態が時間ほどあったものの結局朝7時を過ぎてしまいました。

あきらめてシャワーを浴び、腹は減るので朝食をとり、散歩し、いくつか業務対応を行い、荷造りしてチェックアウト。時間はあったのにまた眠れませんでした。

しっかり眠れると頭も冴えて、仕事も進められますが、眠気が残ると仕事の質が落ちます。電源を落とすようにしっかり8時間寝てみたいものです。今の自分にとって、夜しっかり眠り、希望を持って朝起きることができるなら、これ以上の幸せはない。
怒涛の2月、3月 [2026年02月06日(Fri)]

2/3,4と国内出張を終え、2/6から怒涛の日程が始まりました。これから7つの出張が繋がっています。
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紙の上では可能なのですが、どれか1つずれると大混乱。スケジュールを立てる過程でも何度も修正が入り、中にはストライキで運休となったり、スケジュール変更のリスク回避のために中東経由を避けたりありました。

3月のイベントや執筆も進めながらなので、どこでしっかり睡眠を取れるのか、短時間で決めていけるよう頭をクリアにできるか。

どこまで持つかわかりませんが、とにかく心と体の健全性、建設的なマインドを維持できるよう努めます。

総選挙については、出発前日に期日前投票を済ませました。さてどうなるか。
模様替え成功 [2026年01月25日(Sun)]

明日、椅子が届けば、部屋の模様替えが完了します。新年になりもうすぐ1カ月、出だしは不調でしたが、良いきっかけになることを期待しています。
こころなしか、スピーカーからのサウンドも良くなった気がします。

昨年は家はただ寝るだけの場所になっていて、米を炊いて時々味噌汁はつくるけれども、あまり包丁を使いませんでした。生活感が落ちていました。

今月も大したことはないのだけれども、正月のお雑煮だけは毎年昆布と鰹節からとって作るようにしていて、今年は味噌汁も粉じゃなく出汁を取ってから作ることが増えています。

その流れで、昆布と鰹節で出汁を取ってから鶏肉のカレーを作ってみたらうまい。毎週作るようになっています。

鰹節はミクロネシア連邦産。ミクロネシア連邦産の鰹節かなり良い。昔、三重の天白さんで鰹節を購入しましたが負けていないと思います。本当にうまい。


昨日、種ともこの初期(1986年から1988年)のアルバム4枚の話を書きましたが、調べると7枚目、1991年のKISS OF LIFEまではよく聴いていました。1991年はボブ•ディランを聴き込み、60年代のアメリカとイギリスの音楽を追いかけ始めた年でした。

それでSpotifyを見てみると、確か前はなかったと思うのだけれど、種ともこのゴールデン・ベストがあり、初期のアルバムの中の曲が結構入っていました。アンプに投げて聴いてみるとCDよりも音が良い。マスタリングが違うのか。ただ4枚のアルバムのあの流れが良いのが聴けないのは残念。うれしいひとことも、音楽も、KISS OF LIFEもない。そういえば、その頃、矢野顕子も聴いていました。

2026/1/26の今、こんな感じ。

当時はネットがなかったけれど、振り返れば1986年から1991年は激動の時代で、東西ドイツの統一、天安門事件、ソ連崩壊、湾岸戦争、バブル時代とその終焉。環境問題はまだ主流化の手前。今の情報が溢れる時代に同じことが起こっていたらどうなっていたのだろう。

ベネズエラの件があったこともあり、世の中の空気感がその激動の時代に似ている感じがしています。その時代も自分もそうだし人々も乗り越えてきたのだから、これからの不安定な激動の時代もなんとか乗り越えていけるのだと思います。ただ流されるのではなく、強く、意思を持っていくために勉強と努力が必要。
片付け [2026年01月24日(Sat)]

基本的に睡眠障害で、今日も午前2時に起きてしまい二度寝ができずにベッドに横になったまま朝を迎えてしまいました。2〜3時間は寝ていますが、思考が整わない。
気だるいまま朝食を作り、シャワーを浴びたところでふと思い立ち、部屋の模様替えを始めました。今、夜10時。

昨年は1週間以上続けて日本にいることがほとんどなかったため、1年間、部屋との関係が雑になっていました。そういったこともあり、今月は事務能力を丁寧にしなきゃと課題を認識しつつ基盤を整えようと出張を控えています。

断捨離というほどではないけれども、自分がもしあと数年だけだったらと想定した時に何が不要かなど考えながら(まだ未練があるが)、少しずつものを捨てる。

考えてみると自分のものなど今必要なもの以外は捨てていいのか、子供がいれば思い出のものは残すのかなと思いつつ。

CDやブルーレイがそれなりに溜まっているけれども、家では購入した配信版やspotifyをBluetoothでアンプに繋げて大きなスピーカーで聴いているので、CDを再生することはほとんど無くなっているなと。

それで片付けようとすると、意外にネット経由では聴けないものがあり、メディア・バーン・ライブとか、その確認もしつつ。

中学高校の時に種ともこが好きで、初期の2枚目から5枚目まではよく聴いていたのだけれどネット経由では見つからず、買い直したCDを再生しながら休みながらの作業。

まだ昭和でレコードからCD、アナログからデジタルに変わる過渡期でした。聴いてみると、今でいうアンビエントなものが好きだったんだなとか、当時の歌は極端に言えば童謡に近いな、メロディと言葉がわかりやすいと思ったり。

今年に入ってすぐ、大学の同期が大晦日に亡くなったという連絡がありました。言葉を失い、心の置き場も見つけられず、少し引きこもり気味になり、ずっと引きずっていました。大学時代、同じ学科の同期の繋がりは深く、社会に出てからは会う機会がほとんど無かったのですが、なんとなく、みんなそれぞれの生活を抱えながら元気に生きていて、またいずれ会うだろうと信じていました。思い出すと泣けてくる。家族を残して逝ってしまった。早すぎるよ。

いずれ誰もが橋を渡っていくのだけれど、その時には納得して渡れればなと思ったりもする。
去年の宿題 [2026年01月17日(Sat)]

油断すると咳とか頭痛とか風邪の症状がぶり返す状況で、金曜から家でゆっくりしています。
それで、昨日今日で昨年末やり残した基礎作業をやっと終えることができました。他にもまだまだ終わりが見えませんが、一つ一つクリアしていきたいところです。

今日は甘いものも食べるようにして、少し元気が出ました。
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