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太平洋島嶼地域を覆うもの [2018年03月18日(Sun)]

言い訳がましく聞こえるかもしれませんが、自分はもともと研究目的ではなく、現地の住民と一緒になって現地の人々が目指す発展・開発に協力したいという考え方があり、15年ほど前に太平洋島嶼国と関わるようになりました。


開発協力分野では、アジアやアフリカには当時すでに沢山優秀な日本人が活躍しており、ニッチだった太平洋島嶼国にたどり着いたということかもしれません。

15年前は自分はまだアフリカでもう一度開発協力を行うという意思がありましたが、マーシャル諸島で一般の住民から首脳クラスまで関わって活動し、生活した中で感じた「近さ」、これはきれいごとだけではなく、現地の困難な話やドロドロしたものも含みますが、その「近さ」を実際に経験したこと、開発協力分野で太平洋島嶼国がニッチであり(飢餓などなく、楽に生活しているように見える)、日本側の人材が薄かったことが背景にあり、今に至ります。

研究目的ではなく始まった、ということにつながりますが、太平洋島嶼国関連の書籍や論文のようなものには主観とともに誤りも少なくないため(これは現地に入れば入るほど分かってきます)、太平洋島嶼国で活動する際には、他人の影響を受けずに、先入観なく、現地を理解するために、“偶然”も含めて、現地で人々と生活したり、話し合いをする中で自然に耳に入ってくる情報と感触を最初にスポンジのように取り入れるということを続けてきました。「辻占」のようなものかもしれません。

やがて気になる話は頭に残り、そこから当事者と話したり、信頼できる文献などを読んで理解を深めるというやり方です。

以前、フィジーにいた時、フィジーの民政復帰前後、2014年前後だったと思いますが、共同通信の方と意見交換したことがあります。

現地の生活で言えば、マーシャルが6年以上、フィジーが3年、パラオは出張ベースで何度も訪問していましたが、フィジーでは多くの国際機関と太平洋諸島フォーラムがあり、自分は幸運にも外交官としてこれらの機関や政府と仕事ができましたが、日本のプレゼンスが当然ながらマーシャル諸島と比べて低いことから、太平洋島嶼国と国際社会の関係、その枠組みの中の日本、ということを意識するようになりました。

上記の共同通信の方との話では、国連の枠組が強い力を持っていること、日本は、、、という話をした記憶があります。


今、自分が強く意識しているのは、日本国内からではなく、例えばフィジーの高度1万メートルあたりから見た、日本の地域での期待される役割、あるいは位置づけ、というものです。

以前ここで少し触れましたが、10年ほど前、マーシャル諸島で、日本がマーシャルの教育改善に本気を出そうとするアイデアがあったところ、いくつかの方面からネガティブな反応があり、日本はまた太平洋島嶼国を取る気なのか、という声が聞こえてきたことがありました。最近過去の新聞記事を読んでいたところ、2008年のある南太平洋の新聞記事に、欧米諸国のある国の大使による似たような発言(西側のテリトリーに日本と中国のアジアが影響力を持とうとしている)が掲載されていました。

ともかく日本の考え方を脇に置いて地域を見ると、いろいろなサイズと色を持ったフィルムのようなものが、いくつも太平洋地域を覆っているのが見えてきます。例えばミクロネシア3国における米国コンパクトもレイヤーの1つになります。

学者の先生方には「今更か?」と呆れられるかもしれませんが、島嶼国の視点から始まり、流れ流れて、ようやくJohn Foster Dullesにたどり着きました。War or Peaceを読んでいるところですが、自分が抱えていたいくつかの疑問の答えがここにあるかもしれません。
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