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中国の経済戦略ツール(太平洋島嶼地域)2 [2018年03月11日(Sun)]

で、中国が太平洋島嶼国で、観光分野のADS(Approved Destination Status)を戦略ツールとして使っているのは、今だけではなく、15年ほど前からありました。


今と少し違うのは、中国の影響力を全体に一方向的に拡大というよりも、明確に台湾がターゲットであったところでしょうか。パラオの件も、台湾といえば台湾なのですが、その先の意図が見え隠れしています。


SPTO(南太平洋観光機構)は太平洋島嶼国が主導し1983年にPIFを通じて設立され、ECとかEUとか、欧州の支援を得て、地域観光促進に取り組んでいた。これにはニューカレドニアとタヒチも加盟しています。

しかし2000年代に入り、欧州の支援が減ることになり、SPTOは財政危機に対し何かしなければならない、という状況におかれました。

そこで2002年ごろ、SPTOは豪州とNZに加盟を誘います。しかし、両国とも拒否。

ついで2003年、SPTOは中国と台湾に加盟しないかと誘います。両国とも加盟の意思を示し、まず中国の加盟が認められました。しかし台湾については保留されていました。背景には太平洋島嶼国側が、台湾の加盟を認めると、中国からADSが得られない、将来の観光振興が望めなくなる、という理解があったようです。

そして2005年10月24日にPNGポートモレスビーで開催された観光大臣会合(議長国はPNG)で、台湾のSPTO加盟を認めないとの決定がなされました。これを受けて、中国政府はSPTOに対し、2006年から2010年まで、年10万米ドルの拠出を発表、SPTOで唯一の域外国の正式加盟国となり現在に至ります。中国は正式加盟国なので、SPTOの理事会にも人を送り込むことができ、地域の観光開発政策に関わることができるようになりました。

PIF総会は翌日開かれ、議長であったPNGソマレ首相が記者発表の席で「我々太平洋島嶼国にとって友人は豪州とNZだけではない。中国や日本もいる。」と発言しています。(当時のPIF事務局長は豪州の故グレッグ・アーウィン)

2005年10月当時、自分はマーシャル諸島のマーシャル高校で現地雇用の外国人教員を始めていたときでした。同僚にはフィジー人の教員が3名いました。

当時のマーシャルからの視点では、PIFはあくまでも南の話で、北のミクロ三国は様子見という感じだったと思います。

SPTOの件は、経済優先で、中国市場の将来性が背景にあり、議長国のPNGに加え、トンガ、フィジーの考え方が反映されていたように思います。

なお親台湾国のパラオはSPTOに加盟していません。

しかし、わずか年10万米ドルの拠出金により、地域機関の一角がとられ、現在につながっているとは。当時の日本の受け取り方はどういったものだったのでしょうか。

ただ一つ思い出せるのは、当時の日本に対する豪州とNZの見方は、今とは異なり、「あまり目立つことはするなよ」という感じだったと思います。

(終わり)
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