日本の文化とか歴史とか [2016年05月27日(Fri)]
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初めての海外が協力隊でザンビア2年というものでしたが、当時、赴任先の高校にトーマスというウェールズ人のVSOボランティアがいました。そこには現地に馴染みつつ、自分は何者か、自分の根っこは何処にあるのか、これまでの自分の歴史をおそらく無意識に大切にして生活している姿がありました。 また、ザンビアからの帰り、大学・大学院時代の同級生でスリランカ人とイギリス人を親に持つ通称「斎藤」とロンドンで再会した時、街を歩きながら、「彼らはアメリカ人で、いつも大げさに話す。あのグループはオーストラリア人で、いつも群れている。あの人たちはマレーシア人で、よく『ね』って語尾につける。ところで、なぜ日本人はアメリカ人と同じ英語を話そうとするんだ?英語を話す日本人は態度までアメリカ人のようになる。」と言われ、軽くショックを受けたことがあります。もう20年くらい前の話ですが。 だから今も、自分は茨城訛りのたどたどしい英語(日本語もたどたどしい?)を使うのだ!(と小声で主張してみる) 日常生活では母語を使って、道具として英語を使っている場合、面白いことも起こります。たとえばザンビアでは、自分のところはニャンジャ語でしたが、昨日も明日もニャンジャ語で「マイロ」というので、英語で明日という時に、「yesterday」と言うことがあり、会話をしていて昨日の話なのか明日の話なのか、よくわからなくなることがありました。 で、英語ですが、島で仕事をしていても、やっぱり英語はきれいな方が絶対的に良いです。というか、多少下手でも英語で考えを伝えられないと相手になめられます。一方で、日本人的な部分は残すべきだ(はっきりyes, no言わなかったり、プッシャーにならなかったり)、そう思います。 といったこともあり、「やっぱり自分は日本人だよな」と再確認していたのですが、一方で日本の文化や歴史を実感をもって理解していないことに気づきました(遅い!)。 相手とやりあうには、もう一度土台をしっかりさせないといけない、そんな感じです。 |




