どうでも良い話 [2025年01月19日(Sun)]
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今朝、人が落ちていく夢で目が覚めました。一緒に下山していた同行者の男性が、風で飛ばされた誰かの帽子を掴んだものの、バランスを崩し、いったん帽子の持ち主の女性に腕をつかまれて助けられたはずが2人とも闇に落ちていってしまいました。声も残っている。嫌な気分。
これを書くと元も子もないのですが、このブログは誰でも読むことができるため、ここに書く島嶼国関係の内容は、感覚的に実際に理解している内容の2割程度に抑えています(場合により、割合を上げて書くこともあります)。 本当の話が必要な方がいましたら、直接連絡をいただければと思います。内容と目的により、協力させていただきます。 また話が変わりますが、2週間ほど前、時々顔を出すバーでのこと。そこにいた20代前半の女性が「寿命があと2年だとしたら何がしたいですか」と聞いてきました。20代前半の人には非現実的なのだと思いますが、50代前半の自分には実際にあり得る現実的な話で、結局答えは見つかりませんでした。 その20代前半の人は、やりたいことが山ほどありました。山あり谷あり、未来があるのは良いこと。 自分は、途中で終わったとしても、やり切った、そう思えるように生きたいといったところでしょうか。その瞬間、心の平安が得られればなと。 人の限られた時間を踏まえて日本・太平洋島嶼国関係を考えてみると、そこにはゴールがあるわけではなく(日本の国益、友好関係、各国・人々の幸福追求というのは変わらないと思う)、永く続いていくもの。その時代時代で役割を担う人が一生懸命取り組むことで、自然に時間を超えてパスされていくのでしょう。 現地でも、人は歳をとっていくし、ポジションも人も変化していきます。社会構造も自然環境も変わっていきます。 体の細胞のように中身が入れ替わりながら同じ形を維持するのではなく、いや、似ているのかもしれないけれども、大きな枠は同じような形を維持しながら中身は変わっていくのが自然。 そうすると、今の自分ができることを行い次世代にしっかりパスし、新しい人たちが古い人たちを気にせず、新しいセンスで試行錯誤しながら新しい関係を作っていくのが自然な流れなのだと思います。 |




