今日のパラオでのパイロットツアーで、ストーンパスを歩きました。これまで何十回とあるっているんですが、今日ふと思いました。

海岸にある軽いサンゴ石ではなく、玄武岩でストーンパスやプラットフォームを作り始めた人は、きっとすでにそういった習慣や技術を持っていた人なんじゃないかと。
そう思わせるくらい、バベルダオブ島全体にストーンパスが網目のように張り巡らされています。
また人工の丘も100個以上あり、これもパラオで手法が作られたのではなく、すでに作り方を知っている人々が作ったのではないか。
科学的にいつ作られたのか議論になっていると思いますが、インドネシアにはグヌン・パダンという遺跡があります。
ストーンパスよりもポンペイのナンマドール遺跡やコスラエのレラ遺跡が直観で似ているとわかりますが、年代としてはインドネシアの方が非常に古く、その土地から移住してきた人が作った可能性(あるいは作り方を教えた可能性)はないのでしょうか。
同様にパラオでストーンパスを導入した人もインドネシアから移住してきた人たちという可能性はないのでしょうか。
そういった話をパラオのケビンとジョンとしていたところ、パラオと同じ地名がいくつかインドネシアにもあるんだとか。
玄武岩は硬くて重い。