PNG Sir Rabbie Namaliu逝去 [2023年04月06日(Thu)]
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3/31、パプアニューギニアのナマリュー元首相が亡くなりました。
私がマーシャルでの短期ボランティア(2回)、現地教員を経て、マーシャル大使館の専門調査員への採用が決まったのち、外務省大洋州課での赴任前研修が1か月ほどありました。2006年2月〜3月のことです。 マーシャルにいた(現地になじんでいた)感覚のまま、研修が始まったわけですが、その年の5月に開催される第4回太平洋・島サミット(PALM4)の準備会合などのために、グレッグ・アーウィンPIF事務局長(故人)、アンディ・フォントイ次長(当時)、そして共同議長国PNGのナマリュー外相(当時)が来日され、外交の右も左も天も地もわからない中、リエゾンを任されました。 私にとっての外交経験はナマリューさんのリエゾンから始まったと言えます。太平洋島嶼国といえばマーシャルという認識しかなかったときに、ナマリューさんの武士のような雰囲気と(〜トクトクとよく言っていました)極楽鳥が描かれたパプアニューギニアの国旗(外相滞在先の帝国ホテルにあった)のカッコよさに痺れたことを思い出します。 飯倉公館での外相会議に同行した時には、麻生外相(当時)がスムーズに出迎えられるよう「今、〜交差点を曲がるところです」などと無線でやり取りしていました。一部の官僚は冷たく私のような若造を馬鹿にしていましたが、メディアもないところで麻生さんは満面の笑みでナマリューさんを迎え、肩を抱き、自分が頭を下げるとにこやかに手を振ってくれ、これが外交の現場なのだと認識させられました。数日お世話になったハイヤーの運転手にも、最後にがんばれと声をかけていただきました。 その後、マーシャルに赴任し、PNGに関わることはほとんどありませんでしたが、生の外交の現場を経験させていただいたことが、おそらく今も自分の要素として残っています。ナマリューさんは堂々として武士のようでした。 ご冥福をお祈りいたします。 |




