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リスタート [2021年01月06日(Wed)]

昨年11月のパラオでの選挙後、政権移行チームに友人がいますが、他のみんなも変化の過程で忙しい状況が続いていたようだったので、時期を待ち、しばらく放置していました(こちらも内部で積もり積もった仕事があるので)。

現地のクリスマス休暇も終わり、1/21の大統領就任が見えてくる中、そろそろかなと思い連絡をしたところ、待ってましたとばかりに嬉しい反応が続きました。

ちなみに、自分は2009年以来パラオに関わり、フィジーの日本大使館にいるときも地域機関担当であることも利用し水面下で関わったりしましたが、ほとんど現地の日本人の方と接触がありませんでした。これは自分が協力隊時代に受けた経験が大きく影響しており、現地で生活している日本人の方々に迷惑をかけたくないということや、自分自身、直接現地の人たちと話し人脈を作ることで、フィルターを通さずに自分の目と感触で現地を理解したいという考え方が背景にあります。

パラオにはこれまで50〜60回渡航し(そのうち40回程はこの5年の話ですが)、共に働くことで何というか、仲間になったというところがあります。

今まで普通に会えると思っていた、その友人らに急に会えなくなって1年、普段は情を排していますが、今日なんかも普段ならできるだけ手短に話を終わらせるところ、冗談や互いの状況確認やらで、いとおしく感じました。


現地では海外との人の往来が基本的になくなり、民間部門、特に観光業関連は壊滅的な状況とのことです。海外の観光客向けのホテル、旅行代理店、レストランは閉じざるを得ません。お世話になった方々も多いのですが、何も貢献できず、正直辛いところがあります。

他方、パラオ人の多く(労働力の8割弱)が関連している政府部門では、時短はあるものの、給与は支払われているとのことで、コロナ前とあまり変わらずに仕事もあり、忙しいと言えば忙しいそうです。

その中で感じられたのは、コロナが常在する今の日本や多くの国々と、コロナフリーを維持している特異な国々(主に太平洋島嶼国)との間に、この感染症に対する感覚においてギャップが大きくなりつつあるのではないかということです。変異型が流行すれば変わるかもしれませんが、今の日本では、3月、4月のころの感覚を越えて、曲者な風邪の一種といった感覚ができていると思います。一方、コロナフリーのパラオなどでは、依然として、昨年の1月〜3月の感覚。肥満が多く、糖尿病など生活習慣病が多く、高度医療設備が脆弱な島嶼国では、新型コロナは大きな脅威のままです。

日本を含め、どこの国も、財政も経済も苦しくなっていますが、太平洋島嶼国においても、観光無しの民間部門発展が可能なのか、可能でないならば海外からの政府系資金による社会主義的な経済・財政構造に変化させざるを得ないのではないか、など、パラオの友人と話しながら頭の別のところで考えていました。

コロナ禍の只中にある日本と、コロナフリーの太平洋島嶼国。気候変動でも感覚にギャップがありますが、それ以上の感覚のギャップができるかもしれません。

コロナ禍が長引けば、それだけ難しい状況になるでしょう。


このような状況を機会ととらえ、日本と太平洋島嶼国間の火を消さないように、頭を使い、工夫し、力を合わせて取り組んでいきたいと思います。

今日は、その第一歩となりました。
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