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ナカムラ元大統領逝去 [2020年10月16日(Fri)]

日本国内でも報じられていましたが、一昨日10/14の朝、パラオのナカムラ元大統領が亡くなりました。

自分がパラオに関わり始めたのが2009年の10月ごろでした。誰かのフィルターがかかったバイアスを嫌い、日本の方の繋がりではなく、当時は海洋保護区がテーマだったので、現地の資料から名前を辿り、直接現地の方々に助けていただくことで、人のつながりが広がって行きました。

ペリリュー島に強い関心があったため、何回目かの渡航時、現地ペリリュー出身の友人に話をして、助けていただきました。

まずはペリリューの筆頭酋長に挨拶し、自分の背景や目的を伝えて許可をいただき、次いでナカムラ元大統領に挨拶に行きました。そのとき、どれだけ緊張したことか。

その後も何度かお会いしましたが、ある時、あるイベントに関して粗相をしてしまったことがあり、襟を正して謝罪に行ったことがあります。その時には、謝罪を受け入れていただき、その調子で努力を続けろと激励していただきました。

さらに強く残っているのは、「パラオのような小さな国が自立していくためには、頭を使い、****していかなければならない。援助に頼ってばかりではダメだ。」とおっしゃっていたこと。常にパラオの自立を考えておられたと思います。


自分がパラオに関わる以前、まったくパラオに関心がないころ、マーシャルで専門調査員をしていたときのことです。当時、マーシャルはまだ国際捕鯨委員会(IWC)に加盟していない時期でしたが、ファックスで届く公電に捕鯨関連の情報もありました。

そんなある時、2007年前後だと思いますが、国際捕鯨委員会でパラオが日本の立場を支持する発言をしているというものがありました。読んでみると、パラオはむしろ日本よりもより強いメッセージを出していました。その時のパラオのコミッショナーがナカムラ元大統領でした。

捕鯨関連で胃がキリキリする中、ナカムラ元大統領の言葉にどれだけ勇気づけられたことか。そして、自分が持つパラオに対する認識(当時マーシャルから見て、パラオは伝統を捨ててグアムのようになりたいのだと思われていた)が少しずつ変わっていきました。

日本とパラオの友好関係は世代を越えて続いていきます。

安らかに。
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