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後半戦、攻めることができるか。 [2020年08月17日(Mon)]

あっという間の夏休みでした。
休み中は、フィジーのUNWONENから連絡があり、ちょっと対応したくらいで、基本的に仕事のことを考えないようにしていました。

ウィズコロナの社会がどういったものになるのか、誰もが試行錯誤の状況だと思います。新型コロナの怖さについては、1月、3月、6月、現在と見ていくと、見方が変わってきています。

また変わっていくでしょうが、現時点では、少なくとも、映画「コンテイジョン」とか、2012年ごろのNHKの新型インフルエンザのドラマとかの強い致死率を想定したものとは異なっています。

しかし、本当の第2波がくれば、致死率が上がる可能性があるかもしれないので、その時には考え方をリセットし、新たに強い危機感を持つ必要があるかもしれません。

一方、現実的に、人の生活、生業、マクロではない世帯経済を考えれば、経済を回さなければならず、今のウィルスに対しては、感染拡大をどこまで許容できるかの探り合いの状況に思えます。

2〜4週間活動を止めれば、感染拡大傾向を止めることは可能でしょうが、物資が配給制の社会とか強力な社会主義社会とか1984の世界でなければ、生活がもたないでしょう。

指標が何で、その指標の上限がどこにあるのかわからないのが問題ですが、指標と上限があるとして、その上限までは経済を回し、上限を超えたら活動を減速させるような、アクセルを踏んで、緩めてを繰り返していかないと、生活が成り立たないように思います。

それを繰り返しながら、ニューノーマルと言われる社会に遷移していくのと、より危険かもしれない第2波への備え・蓄えをしていくということなのではないか、この休み中、そのようなことを考えていました。


その休み中、茨城の実家には帰りませんでしたが、3密を避けて、今年を乗り切れるだけの日の光を吸収しました。

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休みに入る前に、ムカデの話を書きました。当時、30年前には携帯もネットもなく、情報を調べることができませんでしたが、ググってみると、ムカデと毘沙門天の繋がりや、鉱山との繋がりが出てきました。

当時、数年前に亡くなっていた父方のおじいさんは、日立鉱山の労働者。自分が勉強していた実家が元々そのおじいさんの家でした。寡黙なおじいさんで毎晩キセルをふかしながら、どぶろくを呑んでましたね。

母方のおじいさんも鉱山労働者でした。母方のおじいさんの方は、自分が大学に入ってから亡くなったのだったろうか。よく関東大震災の時の話や、日立は工業都市なので、戦争中の米国による艦砲射撃や防空壕の話をしてくれました。

鉱山と毘沙門天は繋がらなそうですが、全国に毘沙門天を祀る寺社があるとのこと。都内の有名なところに行こうかとも思いましたが、ちょっと違う感じがして、現地には行けないものの、京都のある寺社から「むかで札」をいただきました。

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明日から再スタートになります。
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